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第九話 過去


「……水、あったよ」

 優奈がそう言って渡してきたのは、ペットボトルの水だった。

 そんなもの、どこに?と、思ったが、なんてことない。佐々木たちの用意したドラムバッグに入っていたらしい。

 


「……アイツらって、準備いいんだな」

 俺は、少しだけ感心した。

 地面に座り込み、水で口を濯いでポケットからタバコを取り出す。

 

 優奈はそれを、物欲しそうな目で見ていた。


「ん、」

 俺はタバコを箱ごと投げ渡す。

「ありがとう。……つーか、平気なの?――見たことないくらい吐いてたけど」

「ん?……ああ、ちょっと。…………色々思い出して、気持ち悪くなっただけだよ」


 ちょっとじゃないでしょ。

 優奈が、煙と一緒に小さく漏らしたが、俺は聞こえないふりをする。


 ――他人の苦労話なぞ、何も面白くないからだ。

 優奈も、気を利かせてか、深くは追求してこない。



 2人分の吸い殻を、空になったペットボトルへ入れ、さっきまでの吸い殻をポケットに入れていたことを思い出し、それも入れる。


「え、吸い殻をポケットに入れてたの?……熱くない?」

 優奈が目を丸くしている。

「フィルターんとこで折ってるから熱くねぇよ」

「うわー、なにそのライフハック、キモいね」

 うるせぇ。ポイ捨てよりはマシだろうが。


「よし、んじゃあ今度こそ帰るか」

 俺は立ち上がって身体を軽く捻る。

 

「うん……。まぁ、そうだね」

 後ろ髪を引かれるような、腑に落ちない様子の優奈。

 ――さっきの『少女の声』が気になっているのだろうか。

 《アレ》は俺の操作を受け付けず、勝手にスピーカーになっていたので、優奈にも聴こえてしまっていた。


「ねぇ、……私たち、このまま出てって良いのかな?」

 優奈は、あの声の主を同情しているような口ぶりだ。


「……はぁ、あの《少女の声》が苦しんでるように聞こえた。って感じか?」

「まぁ、うん。なんか可哀想に聴こえなかった?マチダだって、そう思ったから、あんなに……」

 吐くほどの嫌悪感を抱いた。

 しかし優奈は気を遣っているのか、明言はしない。

 

 

「そういうのは、主人公タイプの人間に任せればいいんだよ。――俺たちの仕事じゃない」

 

 あいにく俺は、そんな人間に会ったことがないので実在するかは知らないが、仕方ない。

 ――つうかそもそも、『霊の救い方』なんか知る由もない。

 

「……まぁ、それもそっか」

 優奈は無理やり納得したように頷き、口を閉ざした。

 


 さて、こうして問題は立ち戻る。

 


「草木に侵食された、不気味な歩道をいくか――」

「――不気味な団地の廊下を進むか。でしょ?正直、不気味さで言ったらどっちもどっちじゃない?」

 優奈はお手上げといった様子で、小さく手を挙げる。

「《鳥居》のある道路から離れるって意味じゃ廊下を行くのが安全な気もするな」

 《団地の化け物》は、もうずっと気配すらない。


「じゃあ、廊下で」

 俺は頷き、ほんの3段ほどの階段を登り、団地の廊下に立つ。

 

「これはどうする?マチダが持つ?」

 もう、撮影がどうとか言ってられないので、ヘッドライトはどっちが着けても問題ないだろう。

 

「ライトを着けてない側が先に行くんだよな?」

 そう言って俺は渡されたライトを優奈に返す。

 

 『もしも』のことを考えたら、俺が先を行くべきだろう。

 そんなこと、起きないのを願うが――。

 

「……でもさ、撮影するわけじゃないし、前に行く人間がつけるべきじゃない?」

 優奈はそう言ってライトを再度渡してきた。


 結果、俺がライトを着けて前をいくことになる。


「マチダはさぁ、最初、あんなにビビってたのに、なんで今は平気なの?」

「ん?いや、ビビってたっていうか、警戒してただけだよ。訳もわからず死ぬとか嫌だろ?――今は、なんかもう色々諦めついたから」

 

 俺の背中に張り付き、すぐ後ろをついてくる優奈の疑問に答える。


 上の階の廊下と違い、ここは月の光が全く入ってこない完全な暗闇。

 ヘッドライトの明かりだけが頼りだ。


「……マジでいきなり扉が開くとかやめてよー」

「フリみたいになるから、口には出すなよ……」

「あ、そうだね。ごめん」

 優奈の小さな震えが背中越しに伝わってくる。

「謝らなくていいけど……」

 彼女は俺と真逆で、最初は余裕そうだったのに、今はもう見る影もない。


 ――まぁ、あんな目に遭えば当然か。


 走り抜ける元気がなくなったため、俺たちはゆっくりと廊下を進んでいく。

 足元には空の傘立てや、靴箱のようなものが散乱しているし、窓についた面格子には朽ち果てた傘が掛かっている。


 まるで全住人が夜逃げしたみたいに、生活の香りみたいなものが残されていた。

 

 

 

 



 『もっと脱げるー?もっともっともう脱いじゃいなよおおおお……』



「はっ?……なに今の、声?」

「しっ、静かに――」


 不気味な声が聞こえ、俺はすぐさまヘッドライトの明かりを落として優奈の手を引き、その場にしゃがみ込んだ。

 声は、道路の方から聞こえてきた。

 

 つまりきっと、――人の声じゃない。


「……」

 優奈が両手を口で塞ぎ、肩で呼吸をしている。


 『もうさ、脱いじゃおうよ!水着なんかよりいいってえ!そっちのが売れるよ!ね?ヤッちゃおうよおおお!てゆーかヤラせてよおおおお!!』


 聞こえてくる言葉は、下種な人間の下卑たものだ。

 だが、それは人間の声とは思えない。

 低く、くぐもっていて、潰れた喉から漏れ出るような音。

 そんな気色の悪い声と同時に、ジャラジャラと金属が擦り合うような音も響いている。

 

 なにかが、すぐそこを――徘徊しているような音。

 

「人……の声じゃないよね?」

「……わからん。少し覗いてみる」

 興味本位、というわけではないが、知らないままは気持ちが悪いので立ちあがろうとした俺の腕を、優奈が掴む。

 

「……なんでそんなに、危険の方に行きたがるんだよ!アホ!バカ!大人しく待てばいいじゃん!」

 《道路のナニカ》に聞こえないよう、できるだけ抑えた声量で優奈が……キレた。


 俺は腕を引かれ、中腰のまま固まる。

 雑草や木々の隙間から、道路がちょうど見えた、いや見えてしまったからだ。

 

 そこには、月夜に照らされた《真っ黒な影》がヒトのような形をして、動いている。


 『怪異』だなんてさっきまで知ったような口を聞いていたが、ついにソレを直視してしまった。

 俺は膝が勝手に笑い出したのに気づき、恐怖で冷や汗が吹き出す。

 ――ああ、本当に実在してしまったんだ。

 


「……気持ち悪い」

 そう、形容するしかなかった。


「見ない方がいいって!」

 思いっきり引っ張られ、俺は床に手をついて倒れる。

「……何が見えたの?――あ、やっぱやめて、聞きたくない」

「いや、俺もうまく説明できない」


 質量を持ったように動く、立体的な影。

 それは人間によく似た形をしていて、なにかが絶対的に違かった。人とは確実に違う、全身が軟体動物のように柔らかく動くソレ。

 なにかを引き摺るように後ろ手で引いていたような……。


 

「……消えた?」

 言われて耳を澄ますと――確かに、なんの音も聞こえない。

 

 あの不気味な声も、金属が擦れるような音も、引き摺るような不快な音も、全てが消えている。

 まるであんなものは夢だったみたいに。

 



 


 『みぃつけた』

 


 

 


 

 

 



 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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