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第三話 待ち合わせ


 佐々木から《怪しいバイト》を紹介されてから数日が経った。

 続報というか、詳細について何も伝えられないまま時間だけが過ぎ、俺は佐々木の話を忘れかけていた。

 ――あいつが訳の分からない話を持ってくるのにはもう慣れた。


 この調子で母親の残した借金もなかったことになればいいのに。


 そんなことを考えていたある日。

 電気代節約のため、エアコンもつけず生ぬるい夜風に当たりながらベランダでタバコを吸っていると、スマホに着信が来た。

 画面には『非通知』の文字。

 これは佐々木からの連絡ということだ。


『今すぐ準備しろ。家まで迎えに行ってやるよ』

 挨拶もなく、要件だけが伝えられる。

「はあ?いますぐ?……いやまて、家までくるな!通りまで出るから――」


 ブーーーッ!!

 と、言い終わる前に、大音量のクラクションが聞こえた。

「くそ……。もう着いてやがったのか!」

 俺は通話を切り、悪態を吐きながら玄関先へ向かう。

「よー!迎えに来てやったぞ?感謝しろよ」

 扉の向こうから大きな声が響く。

 

 わざとだ。

 近隣に迷惑をかけ、俺を孤立させたいのだろう。

 本当に――嫌味なヤツだ。


 俺は扉を開け、顔だけ外に出す。


 ピチピチの服に、革のクラッチバッグ。

 嫌味ったらしい金の時計に太い金のネックレス。

 相変わらず趣味の悪い、成金丸出しスタイルの佐々木が満面の笑みを浮かべて、そこに立っていた。

 


「……着替える時間だけくれ。1分で済ます」

「1分だな?わかった。手ぶらで降りてこい。必要なものはこちらで全て用意した」

 佐々木の言葉を遮るように扉を閉め、俺は大急ぎで服を着る。

 タバコとスマホ、財布に鍵。それだけを持って外へ出ると『いかにも』と言った風体の男たちが3人、腕を組んで待っていた。

 佐々木の姿は見えない。

 ――つまり奴は、俺の嫌がる顔が見たかっただけなのだろう。

 と、推測して辟易する。



「ども、お久しぶりっす。《タホ》です。俺のこと、覚えてますか?」

 佐々木とよく似た服装の男が、小さく頭を下げた。

 こんなガラの悪い知り合いは、佐々木以外に思いつかない。

 

「……タホ?」

 それが名前なのか名字なのかも分からず、俺は首を傾げる。

「同じ中学に通ってたんすよ。佐々木さんたちが三年の時、一年に居たんすけど、覚えてないみたいっすね」

 覚えているとかいないとかよりも、そもそも見分けがつかない。

 全員が同じような真っ黒の服装に、テカテカした髪型。揃いも揃って同じような刺青をしているのだから、クローンにすら見えてくる。

「佐々木さんとアンタがやりあった時、俺もボコ――」

「タホ!くだらない事に時間使ってんなよ?そいつはどうせただの債務者だ。さっさと行くぞ」

「は?テメーが仕切んな。ちっ、……まぁ、その通りだな。おい、行くぞ」


 後輩だと名乗った男に命令され、俺はアパートを後にする。

 佐々木にせよ、このタホという男にせよ、いつまでも中学時代のことを引きずるのはやめてほしい限りだ。

 

 

 通りに出ると、大きな黒塗りのバンが二台並んでいて、前の助手席から佐々木が顔を出しコチラを見ていた。

「おーし、揃ったな!行くぞー」

 バカみたいな掛け声と共に腕を上げる佐々木。

 それに、1人の男が反応した。

 さっき、タホに文句を言っていた男だろう。


「……ちょ、ちょっと待ってくださいよ、佐々木さん!これじゃ人数足りてねーっすよ!あと1人どっかで拾うって話じゃ――」

「ああ、そうだな。こっちから1人出さなきゃ数が合わねー。よし、《リュウショウ》、お前が参加しろ。これで数は合うよな?」

「そっすね!さすが佐々木さん!名采配っ!」

 中学の後輩と名乗ったタホ?が佐々木の太鼓持ちをしている。

 

「……は?え……意味わかんねえっすよ!なんで俺がそんな危険な――」

「ホントはもう1人呼ぶ予定だったのに、誰かが遅刻したせいで呼びに行く時間なくなっちまったなぁ?誰だっけ遅刻したのは……タホか?」

「いやいや!俺じゃねっすよ!――お前か?」

「え?いや、その、……俺じゃないです」

 一番若そうな、影の薄い男が全力で手をこの前で振っている。

 

「じゃあ誰だよ?!ええ?誰が遅刻したんだよッ!?」

 佐々木のバカみたいな大声が閑静な住宅街にこだまする。

 本当に迷惑な奴だ。

 

「……俺です」

 リュウショウと呼ばれた男が、おずおずといった様子で手を挙げたのだが、なんだこれは?

 まるで安い演劇みたいな謎の会話が繰り広げられている。

 俺は何を見させられているのだろう。


「そうだな?じゃあ遅刻したお前が責任とって『バイト』に参加しろ」

「で、でも、俺は遅刻じゃなくて、そもそも教えられてた時間が――」

「――うるせぇ。何お前?俺の決定に逆らうの?」

 なんの話かは知らないが、佐々木の一言でドスを効かせた声と共に、話し合いは終わったらしい。

 佐々木とタホは、早々に前の車へと乗り込んで行く。

 

「アンタは後ろの車だ」

 影の薄い男が指をさし、俺は後方のバンへ誘導された。

 

 リュウショウは、拳を強く握りしめたまま肩を落とした背中をこちらに向けている。

 事情は分からないが、佐々木たちも一枚岩ではないらしいということだけはわかった。

 

「んだよクソっ、アイツら、俺を――仕組んでたのかよ……」


 よく聞こえなかったが、彼の漏らした独り言は絶望に打ちひしがれるような声色で、俺はそれがどうにも気になった。

 そんなに参加したくないのか?聞いていた話では、彼らのような人間が好きそうな下世話な仕事だと思うのだけれど。


 

「どうも」

 と、小さく発しながら車に乗り込む。

 3列シートの後部座席には、3人の男が座って仲良さそうに談笑していた。

 

 1人は頭に赤いバンダナを巻き、1人はくたびれたサラリーマンのような雰囲気。

 そして、真ん中に座っている男は、大柄で頭が少し薄く、少しだけ若そうに見えた。

 

 ――さっきのクローンたちが《半グレ三人衆》なら、彼らは平成の《オタク三人衆》と言ったところか。

 

「ピピピっ、あなたは新人さんですね?よろしくどうもですぅ」

 ――ピピピ?どんなキャラだ?

 

 最も手前に座っていた、バンダナがそう言って頭を下げる。

 俺は中列に座りながら、身体を後ろに向け、「みなさんは経験者なんですか?」と、丁寧に訊ねようとした。しかし、その前に助手席のドアが荒々しく開き、リュウショウが怒鳴る。


「くそっ!おい!テメーは知ってたのか!?」

「リュウショウさん、……ドア閉めてくださいよ。ほら、佐々木たちの車、もう出ちゃいましたよ」

「うるせぇ!答えろ!俺が嵌められてんの知ってたのか!?どこまで計画してたんだ!?最初から仕組んでたのか!?」

 汚らしく唾を飛ばしながら、リュウショウは運転手の男の胸ぐらを掴んだ。


 前列の2人以外、俺も含めてみな息を殺して様子を伺う。狭い車内は、一瞬にして殺伐とした空気に満たされてしまった。


「……リュウショウさんのせいで遅れたら、佐々木さんがもっと怒りますよ?」

「っ、ああああっ、!……クソがっっ!!」


 リュウショウによって力強くドアを閉じ、車全体が少しだけ揺れた。

 運転手の男は何事もなかったかのようにアクセルを踏み、車はどこかへと走り出す。


 本当は、後ろの奴らに色々と聞きたかったのだが、――横目で見る限り、三人とも萎縮していてそれどころではなさそうだ。



 誰もが何も言えない空気の中、車は走り続ける。


 なぜリュウショウとやらは、佐々木たちと揉めていたのだろう。

 特にすることもないので、俺は車の外を見ながら、あのやりとりを思い返してみる。


 佐々木の、あの安っぽい演技。

 ――あれはまるで用意していた台本を読んでいるみたいだった。

 

 本来、リュウショウは雇い主側だったはずなのに参加者側に回され、それに激昂していた。

 ――なにをそんなに嫌がっているのだろう。


 なぜリュウショウがあれほどまでに激昂したのか、なぜ佐々木が後輩と思しき彼を嵌めたのか。

 俺たちはこれから何処へいくのか。

 何も分からないまま、車は山道へと進んでいった。

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