最終話 怪談
「よ、元気してた?」
床を引きずるように椅子を退かし、その上に座った優奈が机の上に何かを投げた。
「?」
「ほら、貰った分、返すよ。色つけて、ね」
たった数100円程度のことなのに、ドヤ顔でウインクをされた。
「ああ、……ありがたく貰っとくよ」
俺は放られたタバコをポケットにしまう。
「……ニュース観た?」
「もちろん。今も読んでた」
そう言って俺はスマホの画面を優奈に向ける。
『反社会組織壊滅』という見出しが、どこのニュースサイトでも大きく取り上げられている。
といっても、もう2、3日もすれば別のニュースがその席を奪うだろう。
芸能人の不倫とか、そんな話題の方がこの国では人気なのだから。
「ポチッとな」
優奈は呼び鈴を鳴らし、メニュー表に目を通し始める。
「とりあえずー、コレとコレ、……あとコレもお願いしますっ!」
「……そんなに食うのかよ?俺はいらねーぞ?」
喫茶店というより、ファミレスのような感覚で注文をしていく優奈に釘を刺す。
「大丈夫、1人で全部余裕だから」
「……一応、アイドルなんだろ?」
「ん?――ああ、……もうやめるから良いんだよ」
湿り気のないカラッとした笑顔で、優奈はそういってタバコに火をつける。
あの《団地》から生還して1週間。
このたった7日で、優奈はなにかが吹っ切れたらしい。
詳しく聞くつもりはないが、どうやら優奈も自ら口火を切る感じでもない様子。
なんとなく、窓の外を見て過ごす。
「……それで、捜査の方はどうなの?」
「知らねーよ。……なんの接触もないし、うまくやったんだろ?」
「……それって《マチ》が?」
運ばれてきたハンバーグを、口に運びながら優奈は止まった。
「……行儀悪いぞ」
「あ、……」
戻すのではなく、口に運ぶ。
優奈らしくていいと思う。
「……何笑ってんだよ」
「いや、……まぁいい。話戻――」
「ん、……ミリカきた!こっちこっち!」
お嬢様風のワンピースを見に纏ったミリカが、店の入り口に立っていた。
彼女は、激しく手を振る優奈に気付き、笑顔を浮かべながら寄ってくる。
「急に来られたので、ビックリしました!」
「ん、……悪かった。あの日はほら、連絡先交換できなかっただろ?」
だから、ガラにもなく地下アイドルのライブに参加して、2人にこうして会う約束を取り付けたわけだ。
「……ああ、スマホ壊れてたもんね」
「ホラーあるあるですね。不思議な力で外界との連絡が謝絶されるっていうのは――、あ、すみません。アイスティーください」
「かしこまりました」
店員さんが離れたのを見て、ミリカは口を開く。
「警察関係のファンの方から聞いたんですけど……」
どんな前振りだ。
でも、今はそういった生の話が聞きたかったのでありがたく拝聴する。
「あの《組織》関係者は、全員が不審死か行方不明になったそうです。警察は今、その捜査に全力を尽くしていると……」
「捜査状況は?」
下手に聞かれないよう、俺も声を落とす。
「なにも証拠が見つからないそうです。『まるで魔法で起こされた事件みたいだ』と聞きました」
「……でもさ、アレって、『マチダの体を乗っ取った、《マチ》が起こした』んじゃないの?」
ちなみに言うと、俺はその辺の記憶がない。
気づいたら、見たことも聞いたこともない場所で寝ていたらしく、警察に保護されていた。
保護当時、俺は財布もスマホも、何一つ持っていなかったらしい。
いや、実際は――タバコだけ持っていたとか。
「……とにかく、マチダさんは安全だと思いますよ?どんな《チカラ》かはわからないですけど、霊的なものを操作する機関なんてないでしょうし」
「あったらマジでゲームやら漫画の世界だな」
店員がやってきたのが見え、全員で口を噤む。
「……変な目で見てたね」
「優奈が変な顔してたからだろ……」
「優奈先輩、やましい事してますって顔してましたよ?」
「なっ、2人してっ」
不意に立ち上がった優奈に驚き、喫煙席にいた客全員の視線が集まる。
……。
「はあ……ったく、なんでこんな炎天下の中、外でくっちゃべらなきゃなんねーんだか……」
「はいはい。悪うござんした!これで満足?!」
「まあ、まあ……。でも、こうしてお外の方が周りの目を気にしなくて済みますから……」
俺たちは冷房で管理されたオアシスを出て、外の人気ない公園にやってきた。
――やってこざるを得なかった。
「……ほかのバイト参加者はどうなったんだ?」
俺の質問に、2人は首を振る。
「なにもわかりません。ファンの方にそれを聞くのも、……藪蛇というか――」
「――危険だもんね。……自分勝手だとは思うけど、調べたりしない方がいいと思う。たぶん、世間的には、あの日あの場所で……何もなかったんだから」
そう、なんだと思う。
あの場所は今も廃墟で。
誰も立ち入らない、不可侵の領域。
そこには誰も行ってないし、行ってないのだから帰ってこないなんてこともない。
佐々木たちのスマホでも見たらなんらかの情報が割れそうだが、たぶん……それも見つからないだろう。
アイツら、《組織》はプロだ。
「全員が、救いようのない悪人だったら――」
「――良かったのにってか?」
「……そこまでは――。ううん、そう思うよ」
そういった優奈の目は真っ直ぐにどこか遠くを見ていた。
「……まあ、話聞けて良かったよ」
スマホの天気予報では、そろそろ夕立が来るらしい。そう言って俺はベンチから立ち上がる。
――バカみたいに暑い。
木陰から出るべきじゃなかった。
夕立なんて一才感じないほどの熱気と日差し。
気が滅入る。
「……マチダはさ、これからどうすんの?」
「?……いや、普通に生きてくよ。……《マチ》のおかげで借金が消えたからな。ようやく――」
――人並みの生活が送れそうだ。
被害にあった人たちがいるのに、こんなこと言うのは不謹慎かも知れないが、正直ワクワクしている自分がいる。
でも、――その前にしなきゃならないことがある。
俺は2人と連絡先を交換して帰路についた。
優奈は当分の間、こちらでバイトでも探して生きていくらしい。
ミリカは、……たぶんアイドルを続けるのだろう。
「……聞きそびれたな」
俺は昔からこういうことがある。
……だから人に興味がないと思われているのだろう。
「まぁ、事実なんだが……」
帰路、というのが帰り道という意味なら、さっきのは嘘になる。
俺は家に向かわず、聞いたこともない駅名の書かれた切符を買った。
――道中で、スコップや食料も買わないとだ。
もう少し金を貯めてからの方が現実的だったか?
いや、……急いだ方がいいだろう。
《マチ》の遺骨を、いつまでもあんな場所に放置しておけない。
光の鎖で繋がったからなのか、体を乗っ取られたからなのかは知らないが、なんとなくどこにあるかが分かる。
そして、それを見つけて欲しいと《マチ》が望んでいたこともわかる。
《マチ》は、もう俺の中にもいないのだけれど。
2時間ほど乗り継ぎ、電車は目的の場所へ着いた。
といっても、ここからさらに長々と歩くことになるのだが……。
完全に日が落ちた。
辺りは真っ暗だし、どこの店もやってない。
完全に早計だった。
もっと計画立ててくるべきだった。
そんな後悔をしながら、駅前のベンチに座ってスマホで宿を探していると、目の前に車が止まった。
ピンクの軽。
その助手席の窓が開く。
「……もしかしたらって思ったら、……マジで?」
分かりやすく目を丸くした優奈が、ハンドルに腕を乗せている。
「……お前こそ、なにしてんだよ」
――こんなところで。
お互いに疑うような目を向け合い、言葉が出なかった。
「……とりあえず乗って」
自転車でパトロール中のオマワリが、訝しむような目でこちらを見ていた。
俺はお言葉に甘えて、優奈の車に乗り込む。
「……うわ、まんまじゃねえーか」
内装、匂い、わけわかんないぬいぐるみ。
意外性のかけらもない。
「ウザ。……で?なにすんの?なんで団地に戻るの?忘れ物?」
「……まぁ、忘れ物に近いな」
――《マチ》の遺骨を、ちゃんと供養しようと思って……。
そう伝えると、優奈は黙った。
黙ったまま、車を山の方へ向けて走らせる。
「工具がないんだよな。ピッケルとかってどこで買うんだ?」
「…………は?準備とかしてないの?!」
「思いつきだからな。……やめとくか」
「ここまで来るの、どんだけ大変だと思ってんだ!」
「……いや、勝手に来たんだろうが。――つーかよく分かったな。今日来るって」
「……帰り際、変だったからね。わかるよ、それくらい」
『〇〇県山中にある、昭和後期に作られ、権利会社の倒産により廃墟となっていた建物内で、複数の男女の遺体が発見されました。肝試しに来ていたという、二十代の男女からの通報で事件が発覚した模様です。地元警察は、なんらかの組織的犯罪に巻き込まれたと見て、捜査を――』
「ね、マチダ。いいバイト紹介しようか?」
「はあ?……勘弁してくれ」
終わり。




