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第二話 誘い


 洒落にならない、うだるような暑さで目を覚ます。

 布団や寝巻きが寝汗でベタつき、熱帯夜を象徴するような気持ち悪さで部屋が充満している。

 日焼けした古い扇風機が、カタカタと音を立てて、今にも壊れそうだ。

 

 

「……かはっ、」

 悪態を吐こうにも、喉が乾燥し張り付いているので声が出ない。

 窓を開けて寝たせいだろう。


 俺はエアコンを睨みつけてため息をもらす。


 『ブブブブブ』

 寝相のせいで充電器から外れたスマホが、部屋のどこかで鳴っている。

 ――こんな夜中に誰だ?


 そう訝しんだが、徐々に覚醒した脳が答えを出し、俺は慌ててスマホを探す。

「クソ、やっぱりアイツか……」

 

『おせーよ!カスが!さっさと出ろ!』

 通話ボタンを押すと同時に罵声が飛んでくる。

「……寝てたんだよ。つーかこんな時間――」

『――うるせータコ!いちいち言い訳すんなボケ!』

 

 その声量に苛立ち、スマホを耳から離して画面を見ると、時刻は深夜2時を回ったところだった。


『なあ、おい!聞いてんのか?』

「……ああ、聞いて――」

『――返済日は過ぎてんのに、先月分のお支払いがまだみたいなんですけど、どうなってんのかねぇええ!?』

 電話の向こうで、《佐々木》が吠えている。

 相変わらずのやかましさ、誰かコイツを黙らせてくれ。

 


 ――佐々木は、俺の中学時代の同級生だ。

 当時コイツと付き合っていた女が、何を思ったのか俺のことを『嫌い』と言ったらしい。

 悪童として知られていた佐々木は、それ以来俺に敵意を、いや害意を向けるようになり、一度大きく揉めた。

 それ以降、もう十年以上経ったというのに、コイツは俺を心底嫌っている。

 

 ――当然、俺も大嫌いだ。

 


『払うもん払わねぇなら、わかってんだろうなあ?ああっ?!』

 なんとかって《組織》に属したことで、佐々木の横暴を止められる人はいなくなった。

 

 

『テメーんとこの色ボケババアが作った借金!今もこうしてドンドン増えてんの分かってんのか!?』

「……ああ、わかってる。でも言ったろ?先月は雨が多くて、現場に入れない日が続いたんだ、少し待ってくれ」

『どうやらそうらしいなぁ!』


 ――分かってるなら、こんな深夜に電話してくるな。

 

 そう言えたら、どれほど楽だろうか。

 俺はタバコの空箱を握りつぶし、自然とため息が漏れた。

 

 いつからか、ため息が癖になっている。昔はこんなんじゃなかったはずなのに。

 無意識のうちについた大きなため息は、電話の向こうまで届いていたらしく、佐々木が嫌味ったらしく笑う。


『相変わらず辛気クセぇカス太郎くんに、今日はいい話を持ってきた!感謝しろよ?』

 

 催促、というか、嫌がらせを兼ねた暇つぶしの電話だと思ったら、どうやら違うらしい。

 佐々木の声色はさっきまでと違い、何やら楽しそうで――俺は嫌な予感がした。


『俺たちは古い仲だよな?だから特別に、『払いのいいバイト』を紹介してやろう。スキルや経験なしで一晩で100万稼げる。どうだ、イイ話だろ?』

 

 ――むちゃくちゃに怪しい。

 非合法なことを生業とする、非合法な集団から斡旋されたバイト?

 そんなもんマトモなわけがない。

 

 そう考えた俺が、しばらく返事をせずにいると、佐々木は勝手に話を続ける。

 

『あ、お前今、怪しんでんな?……でもよ、100万っていっても、もっと稼げる場合もあるし、上手くいかなきゃ多少下がることもある。いわゆる出来高制ってやつだ。楽に稼げると思ったのならテメーの勘違いだからな?』

 

 なんだかずいぶんと、それっぽいことを言ってやがる。

 

 《一晩で100万》という怪しさを隠すためか、《佐々木の紹介》という胡散臭さを誤魔化す為かは知らないが、喋れば喋るほどきな臭くなると、気づくべきだろう。

 

 佐々木は、自分で思っている何倍も賢くないのだから。


 

「……内容は?」


 

 どうせ言わないんだろ?

 お前らみたいなもんのやり口は――。

『――撮影だ。『エロい水着姿の女が心霊スポットで肝試し』みたいなことをする。お前の仕事はその姿を密着して撮ること。使えるシーン、ま、ようは抜けるシーンが多ければ払いも増えるっつーわけだ』


 ――意外だ。


 と思った。思わされた。

 考えていた何倍もマトモで、金額に多少の違和感はあるが、普通っぽい仕事に聞こえてしまう。

 佐々木にこんな話術があったのか。


『元グラドルとか、現役の地下アイドル、風俗嬢もいるから楽しめると思うぜ?お前が女に興味あるかは知らんねぇけどな!かっかっかっ』

 いやな笑い方だ。

 演技のような、馬鹿にするような。

 まさか、それで煽ってるつもりなのか?

 

 『――まぁ、正直に話すと《100万》ってのは運が良ければって話なんだけどな。誰とペアになるかで大きく変わる。でも一晩で数十万はカタイ仕事ってのは間違いねぇ。さあ……どうする?』


 怪しい、という感想は拭いきれない。

 しかし俺は、さっき潰した空箱とコンセントすら刺していないエアコンが視線に入り、額の汗を拭う。

 夏はまだ始まったばかり、これから気温はどんどん上がると天気予報も言っていた。


 

『まあ……、嫌なら別の奴に声かけるまでだ。さあ、お前はどうしたい?』


 声色でわかる。

 佐々木は今、電話の向こうで汚い笑顔を浮かべているのだろう。

 容易に想像できる。

 


 闇バイト、なんて言うほどのことではない気がしてきた。仮にもし捕まったとしても、罪状は不法侵入かなにかになるのか?

 法律に詳しくはないが、割に合う気がしてしまう。

 

 佐々木の言うことが本当だったのなら――。

 



 


 

 なぜか、その時の俺はそう考えた。

 そう考えるよう誘導されていたのに、金の重さに勝てなかった。

 この決断を、俺は。



 ――今も後悔している。

 

 

 

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