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第十八話 傷だらけ


 優奈は、ミリカと2人で、無事に脱出できたのだろうか。

 リュウショウは、ここが『なんなのか』どこまで知っていたのだろうか。

 佐々木は、……優奈たちが逃げた先にいるのだろうか。

 いたとして、……どうするのだろうか。


 そんなことを考えていると、廊下の先で《鬼》が吠えた。


 『ガアアアアアアアッ!!!!』


 空間が震えるほどの叫び声。

 どこかで聞いた気がする。

 ……そうか、ここへ来て、最初に聞こえてきた《怪異》の声はコイツだったのか。

 

 同時に左側から、――ジャングルと化した歩道から、バサバサという音が聞こえてくる。

 《猿の怪異》が木々の間を飛び回っているのだろう。


 だが、《鬼》も《猿》もコチラに手出しはしてこない。


「……ずいぶんとアイツが怖いみたいだな?」


 後ろを振り返ると、少し離れた場所で《顔のない少女》が、鬱蒼と生い茂った木々を見て立ち止まっている。


「……おーい、さっさと来いよ」

『……はいっ、まって』

 トテトテ、とでも表現すれば良いのか、慣れていない可愛らしい駆け足で近寄ってくる《少女》。

 

 顔がないことを除けば、その仕草は愛くるしいのだろう。


 転ばずに近寄ってきたのを確認し、再度振り返ると、《鬼》はまた姿を消していた。

 どこに行ったは知らないが、たぶんアイツはもう怖くない。


 この子がいれば――。



 俺は、いや――俺たちは出口に向かって廊下を進む。

 『ここから出して』と少女は言った。

 しかし、あのゴミ部屋から出したにも関わらず、少女は未だ、消えていない。


 成仏すると思っていた。

 漫画やら映画なんかの創作物じゃよくある話だ。

 非業の死を遂げた誰かの、最期の願いを叶え、満足させると成仏する。


 これもそういう類だと思っていた。


 だが、現実ってヤツはそんなに簡単じゃないらしい。

 少女は消えもせず、俺の数歩後ろをついてくる。

 ――まぁ、怪異に襲われずに済むからありがたいんだが。


 ………………まてよ?

 本当に連れていって平気なのか?

 という疑問が浮かぶ。


 この団地はフェンスに囲まれていた。

 全容を見たわけじゃないが、まず間違いなくあのフェンスでグルッと一周、全てを囲んでいるだろう。


 なんとも嫌な予感がする。


 本当にこの《少女》を出していいのか?

 出れるのか?

 もし佐々木たち、《組織》が、待っていたら?

 俺は『しちゃいけないこと』をしようとしている?


 

『ねえ、どうしたの?』

「……うおっ!?……っ、ビビらせんなよ」

『……?ごめんなさい』


 いつの間にか、触れるほどそばに寄ってきた《少女》が、コチラを見上げていた。

 ……いや、顔のあるべき場所に《影》が覆っていて、見上げているかはわからないのだが。


「……いや、俺が悪かった。考え事してて、歩くのが遅れたんだよな?」

 『……』

 《少女》は、何も言わない。

 表情が見えないので、感情を察することができない。ハイコンテクストなコミュニケーションに甘えていた自分を自覚させられるようだ。


『ねぇ……、どこにいくの?』

「……どこに行きたい?」

 思わず質問で返してしまう。


 『……わかんない。でも、――ここじゃないどこかに行きたい』


 ゾクっとした。

 全身の毛穴が一瞬で開き、汗が湧き出るような不快感。理由はわからない。

 ただ、《少女》がただの怪異に見えた。



 

 無言のまま歩き、廊下の端につく。

 左手には3段の階段、たった3段。

 これを降りたら歩道に続く。

 ジャングルみたいに草木が生い茂った様子も、すぐそこで終わっている。


 右手側には普通の林があり、それを抜ければフェンスがある――はず。


「壊れたフェンスが向こうにあって、俺たちはそこを超えてきた。そこを、……そこを抜ければ、外だ」



 俺は右手をあげ、林の方を指差す。

 《少女》は体ごとそちらを向いて呟いた。


 『……そと』


 本当に連れていっていいのだろうか?

 

 そんな、恐怖にも似た疑問が頭の中を充満していく。

 もし、この《少女》が『人類全てを恨む呪い』みたいな化け物だったら?

 俺のせいで世界が滅ぶ?

 

 そんなの、ありえない。

 と、ここへ来る前の俺なら思っていただろう。


 でも――。



「マチダっっ!?……ああ、よかった」


 誰かの声がした。

 その偽名で、俺を呼ぶのは――。

 

「ま……マチダ。……ねえ、それ、……どういう状況なの?」

「優奈先輩っ!危険です、下がって!」


 林の中から光が漏れ、優奈とミリカの声が響く。

 2人はどうやら無事らしい。

 しかし、なぜまだここにいるんだ?

 逃げなかった、いや、逃げられなかったのか?


『……だれ?』

 《少女》の戸惑うような声。

 

「俺の、……バイト仲間だ。ちょっと待ってくれ」

 俺は戸惑うように後退りした《少女》に説明をする。


「大丈夫なの……?」

「優奈先輩、あまり近寄らない方が――」

 木の影から2人が出てくる。

「それよりなにがあった?なんで2人とも、まだここに残って――」


「――うわっ、マジでいたのかよ!?」


 男の声。


 優奈たちの後ろから眩い光が現れ、草木をかき分けて向かってくる。


「……佐々木、おまえ――」

「――よう、カス太郎。生きてたのか?残念だな、死んでればよかったのに」


 佐々木とその部下2人が、汗もかかずに涼しい顔で笑う。


「すっげ。アレが……《亡霊》?俺、正直ウソだと思ってましたよ」

「わかる。俺も詐欺だと思ってま――いてっ、」

 佐々木が部下に拳骨を落とす。

 

「お偉いさんが大枚叩いて雇ってんだ。思ってても口に出すな」

「……うす」「すんません……」


 そんなやりとりをしながら3人は、《顔のない少女》に怯える様子もなく近づいてくる。

 まるで、最初から知っていたみたいに――。

 


「マチダ……。その、……大丈夫……なの?」

 優奈が怯えたような声で、俺の背後を見ている。

 ああ、そうか。

 優奈たちは《少女》を知らないんだ。


 俺が、説明もしなかったから。


「……ん?……どうした?」

 振り返ると、《少女》が、俺の背後に隠れて震えていた。

 『ふう……ふう……、ふ……えが……』


 異様に荒い呼吸。

 頭を隠すように覆っていた《影》が激しく揺れている。

「……なんだ?どうした?『え』ってなんのことだ?」


 聞いても返事がない。

 でも、――明らかに異常事態だ。


「マチダさん、危険です!」

「逃げようよ!今ならきっと――」


「逃すわけねぇだろ!おい!――そいつが《元凶》ってやつか?って、テメーに聞いてもわかんねぇよな。まあいい、――退け」

「は?……佐々木、お前いまさら出てきてなに偉そ――」


 佐々木の拳が俺の左こめかみをぶち抜いた。

 痛みよりも衝撃で俺は体勢を崩す。


「っ、てぇ……な」

 追撃に備え、顔の前で手を壁にするが、どうやら必要なかったらしい。

 

「くそっがっ!いつだって偉そうなのはテメーだろうがっ!ガキの頃と同じ関係じゃねえんだよ!!いつまでも人のことナメてんじゃねーぞっ!!つーか放せっ!邪魔すんなっ!!」


 激昂した佐々木は、羽交締めのような形で、2人の部下によって止められている。

 

「佐々木さん、落ち着いてくださいっ!()()を優先しないと――」

「やばいっすよ!あの『黒いの』、さっきから様子が変ですっ!」

 

 ――黒いの?

 《少女》のことか?


「はぁ?!あんなもん、最初から変だろうがっ!つーか、いい加減放せって!」

「「っ、すんませんっ」」


 ……佐々木の言い分も一理ある。

 実際、《少女》は存在そのものが変だ。

 その変なことに、ここは溢れている。

 

 俺は殴られて熱くなった頬を押さえながら、そんなことを考えてしまう。

 


「『元凶』とかって言ってたけど、……お前らさ、ここの何を知ってんだ?」

「だーかーらーああ!テメー、いい加減ナメた態度やめろや!何度言ったらわかんだよカスがっ!テメーは昔っからよおお!!」

 

 佐々木は、脳の血管が切れるんじゃないかってくらいに、青筋を立てて怒鳴りつけてくる。


「さ、佐々木さんっ、マジで落ち着い――」

 



『もうやめてっっ!!!』



 《少女》の叫び声で俺は振り返る。

 悲痛な叫び。もがき苦しみ、絶望の淵から轟くような、そんな悲しい叫び。

 

 顔を隠すように覆っていた《影》が、霧のように広がり、侵食するよう、辺りに充満していく。

 道路で見た、あれに似ている。


「マチダ、それって……」

 優奈の声が震えてる。

  


 ――マズい。

 たぶん、この場にいる誰もがそう思っただろう。

 


 

 


 

 

 

 

 

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