表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/21

第十六話 非業

「……なあ、いるか?」


 誰もいるはずのない、ゴミに満たされた部屋で俺は1人声をあげる。

 …………。

 ……。


 当然ながら、返事なんてない。

 窓から入る月の明かりを頼りにし、部屋の中を探索する。


「ちっ、……足の踏み場もろくにねぇ……」

 カビだのなんだのすら死滅して、どこもかしこも乾燥しているらしい。何年も、何十年も人が入らないとこうなるのかと恐ろしくなるくらいだ。


「……昭和?」

 何年かは読めない。

 落ちていた缶詰の賞味期限がそれってことは、食われたのはもっと前だろう。


 こんな部屋で1人、子どもが閉じ込められていたなんて、――想像もしたくない。

 虫すら湧かなくなった部屋の中、俺は1人打ちひしがれるような思いで探索と思考を続ける。



「なあ、お前は、……私生児ってやつなのか?」

 返事が来ないことを想定しつつ、思いついたことを声に出してみる。


 …………。

 ……。


 なーんの音もない。

 

 窓側、ベランダの向こうから優奈がなにかを投げて、窓に石かなんかの当たる音がした。

 直接見たわけじゃないけど、アイツの考えることはなんとなく分かる。

 カツンっ!という音が何発も聞こえて、次第に聞こえなくなった。


「……なぁ、俺はなにをしたらいい?お前は俺になにをしてほしいんだ?」

 

 少し、問い詰めるような語調で独り言を繰り返す。

 向きを変え、テンポを変え、声色を変え、暖簾に腕を押し続ける。


「はあぁ……、完全に無駄足だったな」

 俺は窓の外を見てため息をつく。


 どれくらいの時間そうしていたかは分からないが、少なくとも優奈が諦めて立ち去るくらいには時間が経ったらしい。


 ――もう帰ろうか。


 無事に帰れるかは知らないが、幸いなことに優奈やミリカの叫び声は未だに聞こえないし、窓から見える範囲に《怪異》の姿も、《異常》な光景も見当たらない。


 ――今になって思うと、ここは『それっぽいもの』の集合体だったのかもしれない。

 

 詳しくないから元ネタがあるのかは分からないが、ここで起きた《怪異》はどれもこれも《ディティール》が甘かったような気がする。


 物語に出てくる《怪異》っていうのはもっと……、こちらの命を狙うとか、生態や目的が見えるものだ。

 人を恨んだり、呪ったり、そういう傾向が見えてくるはず。

 だというのに、ここのヤツらからはそんな気配、しなかった。

 ただ脅かし、誘導するようなものばかり。

 本当に、誰か被害に遭ったりしたのだろうか。


 ミリカはコートの下に青あざや擦り傷を作っていたが、あれも逃げた際に転んでできたものと言っていた。


 『――』


 ふいに聴こえた《声》で、俺は振り返る。

 


 小さな子ども。

 細く、皮と骨以外の全てを削ぎ落としたような子どもが、こちらを向いて立っている。

 顔は黒く塗りつぶされて、男が女かも分からない。

 ワンピースのようなシルエットの服で、かろうじて女の子なのだろうと分かった。

 


「……おまえ、いや、……キミは俺になにをしてほしいんだ?」


 自分の口から出たとは思えないくらい、情けのない震え声で訊ねる。


 『ここから出してほしい』


 聞き覚えのある声。

 拾ったスマホから聞こえてきた声に聞こえる。

 

 ――そういえば、あのスマホは誰のものだったのだろう。

 なんて、場違いなことを考える。


 『出して、出して出して出してッ!!!!』


 その大声に反応するように、頭があるはずの位置に浮かぶ《影》が大きく揺れた。

 狭く、密閉された部屋の中に反響する絶叫に近い大声。俺は思わず耳を塞ぐ。


 『私を、ここから出してッ!!』


 手のひらで耳を押さえるくらいじゃ防ぎきれないほどの絶叫で、脳が揺れて吐き気を催す。


「……たのむ、頼むから騒がないでくれ」

 俺は懇願するように手を前に出し、縋るように頼んでしまう。

 

 『わたしは、ここから出たいだけ。ママに会いたいだけなの――』

 声のトーンが、ほんの少し下がった。

 つまり、――会話が、……できるのか?


 俺はいざという時を考え、窓を開けてから話しかけることにした。

「……なぁ、俺に何を望んでいるんだ?」


 返事はない。

 肩付近にまで広がった《影》が、沸騰した水のように跳ねているだけ。


「名前、……キミの名前は?」


 傍聴し、湧き上がるような様だった《影》が収縮していく。

「……教えてもらえるか?」

『……なにを?』


 ようやく返事が来た。

「俺がキミをなんて呼べばいいか」

『っ、わかんない!意味がわかんない!知らないよ!わかんないよっ!!!!』


 音の壁、といえばいいのだろうか。

 それに押されて俺は宙を舞った。


 俺が飛ぶと同時に、爆発するような音を立てて砕けた窓を越え、俺はベランダに叩きつけられる。


 味わったことのない痛み、衝撃、身体の至る所が痺れて感覚が遮断された。


「はっ……はあっ……ぐっ、」

 倒れたまま、身体を動かすこともできない。


 『わたしを、ここから出してっ!!もうイヤ!こんな場所にいたくないっ!!』


 叫ぶ声が近づいてくる。


 『もういや!クサイ!きたない!あつい!さむい!ここはダメっ!!誰かたすけてよっ!!』


 すぐそこ。

 外と中を繋ぐ窓の縁で、少女は喚いている。


「……越えられないのか?」

 あの部屋から出られない?

 《鬼》のようなやつは、あそこへ入れなかった。

 《少女》はあの部屋に閉じ込められている。


 『出してよッ!!』


 いつの間にか再生していた窓が揺れる。



「……いっ、てえな……」

 何本の骨が折れたのだろう。

 もしかしたら、ただの打撲かもしれない。

 満身創痍の身体に鞭を打ち、俺は立ち上がる。


 新品同様となった窓に触れ、その向こうに佇む《少女》に声をかけた。

 ここまで来たらもう、意地みたいなもんだ。


「……俺になにができる?何をしてほしい?」


『わたしをここから出して!』

「どうやって?」

『……。』

「……わからないってことか?」

『わからない!わからない!……わたしはここしか知らない!この部屋しか知らない!』

 

 少女は……、その頭の影を大きく震わせながら叫び続ける。


『ママは出るなって言った!だから、わたしは約束をずっと守った!守ったのに!守ったら――出してくれるって言ってたのに!!』


 聞いているだけで心が荒み、誰かを呪いたくなるような話だ。

 同情なんて、共感なんて、しなければよかった。

 俺なんかよりもずっと、この少女は苦しんでいる。


 たぶん、死んだ今も――ずっと。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ