第3話 アレルギーズ集結
連れて来られたのは、かつて「市立農業センター」と呼ばれていた施設だった。
今や外壁はナスのツルに侵食されていたが、内部は信じられないほど整備されていた。
電力は自家発電、換気と給水設備も自作で維持されており、まるで秘密基地のようだった。
御園は言葉もなく、その様子を見回していた。
「ここが、私たちの拠点よ」
天宮ルカが背中越しに言う。
御園は静かに頷いた。スコップは常に背負ったままだ。
「君以外にも数人、耐性を持つ者が集まってる。正式名称は“拒絶因子保持者”——でも、私たちはこう呼んでる」
壁に描かれた文字が目に入る。
《A.L.G:アレルギーズ》
「……センスあるのか、ないのか微妙」
「私もそう思ってるけど、言い出したのがこいつだから」
そのとき、奥の通路から声が聞こえた。
「な〜んか言ったぁ? この“アレルギー界の星”の私に対して?」
現れたのは、赤髪の小柄な少女。エプロン姿で、手には肉厚の包丁をぶら下げている。
エプロンには派手な刺繍で《調理部魂》と書かれていた。
「紹介するわ。料理部部長、堂島みつば。茄子嫌いを拗らせすぎて、今では“茄子を見るとみじん切りにしたくなる体質”になった」
「むしろこれは進化だと思ってるわよ?」
堂島みつばはにこっと笑って包丁を構える。
「茄子なんざ、みじん切りどころか原子分解してやるわよ」
そう言って包丁を振り回す。
御園は無言で一歩引いた。
「あと一人、変わり者がいるわ。農薬マニアで——あ、来た」
音もなく現れたのは、青い作業着に身を包んだ少年。腰には複数のスプレータンク。
手には『自作除草剤配合表2025』と書かれたノートを持っていた。
「……なるほど。新入りか」
彼は御園を一瞥すると、ノートをめくりながら呟いた。
「君は、ナス属植物に対して即時型アレルギー反応を起こす体質だね。つまり、レベルC-7か……なるほど、実戦に向いている」
「……彼は?」
「彼は笠原ケイ。除草剤と毒物の知識に特化した変人。農薬で小説書いてコンテスト応募して落選した経験あり」
「落ちたとは言わないでくれ、凡人には理解出来なかったんだ」
「作品のタイトルは《ひげとおっさんの愛~毒物を添えて~》だったんだ」
「そりゃ落ちるわ」
御園は苦笑したが、不思議と心のどこかが和らいだ。
——ナスの支配に抗う者たちが、ここには確かにいる。
そして皆、ぶっ飛んでいるから肩を張る必要がない。
「さて、紹介はこの辺で終わり」
ルカが壁のスクリーンに映像を映す。
紫の空を漂う、巨大な大長ナス型母艦。
そこから地上へと無数のドローン風長ナスが射出され、都市が紫に染まっていく様子が映っていた。
「今から72時間以内に、あの母艦を破壊しなければ、地球全土が“ナス圏”に覆われる。植物としての生態系ではなく、知性体としての生産圏。つまり、地球はナスのための“農場”になる……と、いう予想よ!」
御園が手を挙げる。
「72時間以内の根拠は?」
「SFマニアの私の勘よ!」
「なるほど……」
御園の手が、無意識にスコップの柄を握った。
「信じるんだ!?……まぁ良いわ!72時間以内に、宇宙ナス母艦をみじん切りってわけね」
堂島みつばがにやりと笑う。
「いいでしょ!インデペンデンス・ナス。アニメ化いけるんじゃない?」
ルカが真面目な顔で言う。
「ナス母艦へのルートはわかってる。だけど、その手前に“茄子群体”っていう……まあ、簡単に言うと色んなナスの軍団が待ち構えてる」
そう言って、ケイも目を光らせる。
「ナスまみれね……」
御園は天井を見上げ、小さく息を吐いた。
「まさか……私の人生が、こんなにナス中心になるとは……」
ルカが一歩踏み出し、全員を見回した。
「《アレルギーズ》、任務開始。72時間以内に、母艦突入を果たす。これは人類の反撃ではない」
彼女ははっきりと言った。
「——これは、私たちアレルギー持ちによる、ナスへの“逆進化宣言”よ」
皆が頷いた。
そして御園は、静かにスコップを背負い直した。
「ナスども。来いよ……駆逐してやる!!」