第2話 ナスの街、もう一人の少女
市街地は、すでに紫の楽園と化していた。
ビルの外壁にはツルが這い、電柱はナスのような実をつけ、辺り一面、全て紫に変色していた。
道路にはナスゾンビ化した人々が、立ち尽くし、その全身は光沢のある紫の皮膚で包まれ、ウーウー唸っていた。
「これ、ほんとにゾンビ映画みたいになってるな……」
御園葉は駅前のロータリーに立ち、紫色に染まったスコップの柄を握り直す。
飛行型長ナスの群れに襲われて以来、数時間が経過していた。
彼女の体力は尽きかけ、制服の袖は裂け、身体には、あちらこちらに小さな切り傷。
だが、その表情に焦りはなかった。
「水分補給……」
自販機でペットボトルのお茶を買うと、一気に飲み干す。
——その時だった。
ガキィィン!!
背後から鋭い金属音。振り返ると、車を吹き飛ばして、ナスのツルが御園めがけて突き出されていた。
スコップで防御するも、ツルの一撃は重く、御園は吹き飛ばされた。
「ぐっ……っつ!」
壁に叩きつけられ、肺の中の空気が一気に抜ける。
視界がぐらりと揺れた。
ツルが地面を這い、彼女の足に巻きつこうと伸びてくる。
「……くそ……ナスのくせに……意外とやるじゃん……」
体が動かない。
体力も限界、スコップも手放した。
このままじゃ——
——パァンッ!!
紫のツルが一瞬で破裂し、弾け飛んだ。
何かが御園の身体を引っ張り、物陰へと滑り込ませる。
「動くな。反応されるぞ」
静かな、だが鋭い声。
その声の主が、御園の前に立つ。
——女子高生だった。
長い銀髪に、黒のジャージ。目元にはバンダナのような紫外線防護布。
手にはカマ。腰には王冠を被ったナスのキーホルダー。
「……誰?」
御園がかすれた声で問うと、その少女は淡々と答えた。
「天宮ルカ。畑部元部長。重度のナスアレルギー。多分あなたと同じ、抗体持ち」
御園の目がわずかに見開かれる。
「抗体……? 私以外にもいたのか……」
ルカは頷き、手早くツルに巻かれた御園の足からツルを切り離す。
「アレルギー反応がある者だけが、ナスの支配を受けない。今、生き残ってる人間の中で、私たちは“拒絶因子”を持つ特異体と見なされてる」
「……やはり、私は……“選ばれし存在”ってことか?」
「うん、まあ……端的に言えばそうだけど、そう思ってるとこが、ちょっとヤバいよね」
微妙な空気が流れた。
が、次の瞬間、ルカはまっすぐに御園の目を見据えた。
「あなた、武器持ってたよね。スコップ。使えるの?」
「使える。農業力検定、二級」
「……何それ」
「……自作した」
また空気が微妙に揺れた。
だが、ルカは小さく笑う。
「変な子。でも、強そうね、私の拠点に来て」
御園は頷き、落ちたスコップを拾い上げる。
「一緒にナスを掘り返そうぜ!」
ルカが笑いを堪えながら言う。
「……なにそのセリフ?ひと狩いこうぜ!みたいに言わないでよ!」
こうして、御園葉は初めて“仲間”を得た。
ナスに支配された世界。
だが、戦える者たちがいた。
拒絶因子を持つ者たち——通称。
彼女たちは今、ナス母艦への反撃作戦を立ち上げようとしていた。