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第1話 紫の雨と、スコップの少女

 ——紫の雨が降ったのは、月曜日の昼下がりだった。


 校舎の窓から見える空は、どす黒い紫色に染まっていた。天気予報にはなかった異変に、生徒たちはざわめき始める。


「なにこれ……雨?紫じゃない?」


「環境汚染やばすぎ!!」


「ちょ、それよりスマホ圏外! Wi-Fiも死んでる!」


 教室内の空気が不穏に変わっていく中、窓際に座る一人の女子高生は、誰よりも静かだった。


 御園 みその・よう、高校二年。


 長い黒髪に切れ長の目。感情をほとんど表に出さず、「クール」と称されることが多いが、その実、中二病を拗らせた思考をしていると噂されている少女。


 彼女は窓の外をじっと見つめながら、ぼそりと呟いた。


「……降ってくる」


「え、何が?」  

 隣の席の男子が振り向くが、御園は答えず、立ち上がった。


 次の瞬間、空が裂けた。


 雷のような轟音と共に、空から“何か”が落下してくる。巨大な球体。いや、表面に光沢のある、まるで——


「茄子……?」


 そう、ナスだった。

 巨大なナスが、回転しながら街へと降り注いでいた。


 着弾。爆音。そして、紫色のツルがそこから放射状に伸び始め、建物、道路、人間を包み込んでいく。


「うわああああああ!!」


「キャーーーー!!」


 悲鳴。校舎の外、グラウンドで逃げ惑う生徒たちの足元から、無数のツルが這い上がり、人間の肌に食い込むように巻きついていく。触れた瞬間、彼らの肌が青紫色に染まり、瞳は濁り、無表情で歩き始めた。


「な、なにあれ! ゾンビになってる!? ちょっと、冗談でしょ!?」


「先生が……ナス人間に……!!」


 教室はパニックになった。だが、御園だけは冷静だった。


 彼女はカバンから、銀色の折りたたみスコップを取り出すと、くるりと開き、肩に担いだ。


「これは……来たな」


「ちょ、どこ行くの御園さん!? 外やばいよ!?」


「茄子は……水と光と高温を好む。今日の天候と一致する。つまり、これは侵略だ。今こそ私の時代」


 言ってることは滅茶苦茶だったが、妙な説得力があった。


 その時、ツルが教室の窓を破って侵入してきた。

 御園は迷わずスコップを振り下ろす。鋭い金属音と共に、ツルが真っ二つに断ち切られた。


「スコップは最強の近接武器。折りたたみでも、十分に威力がある」


 完全に何者かのセリフのようだったが、その姿は妙にカッコよかった。


 御園は教室のドアを蹴り開け、廊下を走り出した。

 次々と迫るナスのツルをスコップで叩き落としながら、階段を駆け下りる。


「……こんな強い茄子の匂い、初めて。かなり熟れてる」


 まるで食レポのような感想だった。


 校庭へ出ると、世界はすでに紫一色だった。


 空から降り注ぐ無数のナス。ツルに捕まり、動かなくなった生徒たち。

 その中で、御園はただ一人、堂々と立っていた。


「なぜ私が無事なのか、気になるか?」


 誰に言うでもなく、そう呟いた彼女は、自らの腕をツルに巻かせた。


 だが、何も起きない。


 御園は静かに、制服のポケットから病院の診断書を取り出した。


 《重度茄子アレルギー・摂取禁止》


 「私は……茄子に拒絶される女……!」


 まるで厨二病だが、今この瞬間、それは人類最大の希望だった。


 その時、空が震えた。


 空中に浮かぶ一際巨大な大長ナス——否、母艦。

 そこから放たれる重低音の咆哮。空飛ぶ小型の長ナスの様なものの群れが、御園を狙って降下してくる。


 御園は口角をほんの僅かに上げた。


「ナスども、聞こえてるか……? お前らがこの星に根を張るというのなら、私はスコップで全て掘り返してやる」


 彼女はスコップを構え、紫の雨の中へと走り出した。


 ——人類の反撃は、ここから始まる。

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