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鍛冶師ノーツ







一時間もすれば獣人の鍛冶師はやってきた。

頭の上の獣の耳をゆっくりと動かしつつ、大きな音をたてて椅子へと座る。

店の奥は物が少なく、結果的に整頓されたように見える、そんな部屋だった。木製の室内は簡素な机と革張りの複数人かけの椅子があり、それ以外は最低限の調度品だけだった。

格と威圧を与えるためだけのものだろう。全体的なバランスは良いが、どこか無機質な感じのある部屋だった。まあ、ある意味では鍛冶師らしいと言えるのだろうか。


「それで?お前は俺に、何を作らせたいんだ」


獣人の鍛冶師は、そうクリスに問いかける。

クリスが手の中に弄ぶ白銀の鱗。見様によっては虹の色彩を纏うそれは、この世にたった一つしかない強大なる魔物の鱗。


「鎧だ」

「………鱗一枚で、か?」

「そうだ。そして作ってもらうのはただの鎧ではない。使用者と共に成長し、何があってもその身を守ることが出来る、そんな鎧だ」

「は。そんな鎧があるものか―――いや。あっても、俺達鍛冶師が作るものかよ」


足を机の上に投げ出して、獣人の鍛冶師がそう吐き捨てた。


「武器も鎧も、全ては打った俺達の手を離れていく。だが、銘打ったその武具は、使われることで価値を生み出し、俺達の名を上げることに繋がる。………手を離れた先で勝手に成長する武具なんぞ、鍛冶師は求めていない」


だってそうなれば、最早鍛冶師など不要になるからだ、と。

獣人の鍛冶師が心の底で思っていることに、私は思い至った。

手入れの必要もなく、更新することすらなく、ただ成長していく武具。なるほど、人のような装備と、そう言い換えれば聞こえは良いが、実態は鍛冶師として、そんなものを作れれば理想ではあるが―――それと同時に、そんな武具を作った時点で、鍛冶師として三流である。


「迷宮の中には魔剣と呼ばれるものが数ある。かつての名のある鍛冶師が打った名刀名剣の、成れの果てだ。俺は、数多の冒険者が求めるそれを、心の底から嫌っている。だってそうだろう?かつての強者たちが相棒とした武器がそのまま武具として名を遺すではなく、迷宮の魔力によって変わり果てたものを有難がるなんぞ、鍛冶師として最悪だ」


大地の、或いは建造物の中に現れる異界、迷宮。

濃密な魔力が満ちるその空間の中では時空は歪み、ダンジョンと呼ばれる迷路を形成する。その過程で、魔物に破れ散って言った人間のその装備が、魔力に当てられて変質し、特殊な力を得たもの。それを、魔剣と呼ぶ。

魔剣は名前の通り剣の姿をしているものもあれば、弓であったり盾であったり、鎧であったりすらする。重要なのは、魔力によって特別な特性を得たという点であり、また魔力が内包されたことによって、伏魔と同じように剣そのものの頑丈さも増している。

冒険者垂涎の品であり、本当に稀少な能力を持っていたり、かつて名の知れた豪傑が使用していたような高価なものは帝国が欲しがることすらある、迷宮探索の当たり(・・・)の品の筆頭である。


「お前は変わった魔術を使うようだな」

「………あ?」


鱗に視線を落とすクリスがそう呟いた。


「鍛冶の槌に魔力を満たし、鍛え上げた鉄の中に僅かに魔力を混ぜていく。叩くたびに空気に霧散する魔力だが、しかしその一部が剣の中に混ぜ込まれていく」


それは宛ら、魔剣のように。


「獣人の鍛冶師よ。お前は、世にも珍しき―――自身で魔剣を打つことが出来る鍛冶師であると、自覚しているのか?」


………固有魔術だ。

先程、獣人の鍛冶師が行っていた鍛冶の中で察知した特殊な魔術の気配。私の黒雫と同じ、再現性の低い魔術。

しかし、私と違って彼は、それを自覚していなかったとしたら?


「ああ??」


毛むくじゃらの顔を歪ませる鍛冶師の前に、クリスが鱗を放り投げる。


「それは、並の鍛冶師では形を変える事すら出来ない。ただの熱と力では百の歳月を超えても削る事すら出来ない。魔術による変質、それが必要なのだ。打てるのは、恐らくお前しかいないだろう。最悪の場合は、私自身が打とうと思っていた―――だが、お前が居た」


大きさの割に重い音を立てて机の上を滑る鱗。

あれは怪物としてのクリスの額を守っていた最も強度の高い鱗であり、非常に高い魔術の素養を秘めているクリスの体表の一部であったが故に、物理的耐性と魔術的耐性の双方を併せ持つ。きっとクリスが言う通り、ただの鍛冶師では加工することなんて出来ないはずだ。

クリスも元は自身で装備を作るつもりでこの鍛冶屋街を訪れたのだろう。そして、本人が言っていた通り、逸材を見つけるに至った。

ああ………こうなると、こいつはしつこいだろうなぁ。


「欲しいのは何だ。金か、それならば工面しよう。幸いにして冒険者として登録を済ませた、金を稼ぐ当てならある。名声か?それならば、尚更に問題はない。なぜならば、ラリナは」

「………ちょっと?」


クリスが立ち上がり、私の首に手を回す。

クリスの頬が私の頬にくっついた。もちっとした感触が肌に触れる。


「こいつは、誰よりも強くなる。英雄英傑、そう呼ばれる存在になる」

「………」


勝手なこと言うな。まあ、強くなるという点については否定しないけど。


「この街は大きい。だが、お前はこんな場所で終わるような鍛冶師ではないはずだ。お前が打つ武具の数々は、一級品であると、この私が保証する」

「お前に保証されたからって何だってんだよ………」

「鍛冶師として名を挙げたいのだろう。で、あれば先見の明も必要だ。既に名のある冒険者や騎士たちは皆、既に抱えている鍛冶師がいるだろう。そこに分け入るのは難しい。相応の実績もないのであれば、尚更にな」

「………」


ぐるる、ぐるる。

鍛冶が唸る。獣の様相そのままに。

そして机から足を降ろすと、机の上の鱗を手に取った。角度によって虹色に輝く巨大な鱗を。


「魔剣を打つ術も、教えてやろう。私は魔術が得意だ。天賦の才があると呼ばれるほどに。お前のその魔術を見て、私もまた覚えた(・・・)

「………」


目を細める。

知ってはいたけど、クリスの魔術の才能はイカれてる。視ただけで再現性の低い固有魔術を模倣できるだって?

帝国の最精鋭ですらそんな芸当が出来る者はいないだろう。長い時を生きたことによる経験と知識、魔術及び魔力への理解。

師匠とは別の意味で、クリスは私の遥か先に立っている。


「―――駄目だ」

「まだ足りないか?」

「ふん。いいか、時間が足りん。要望の品を今すぐに用意することはできない。採寸、この鱗に合う性質の材料、着用する本人との相性。考えるべきことは山ほどある」

「………鱗への理解は私が一番深い。色々と助言を与えることも出来るだろう」

「要らん。俺が自分で見つける。俺が、俺だけの手で、この鱗をこの世で最高の鎧にしてやる―――いいだろう。その全部で、取引に乗ってやる」


鱗を手のひらに握る鍛冶師の男。


「俺の名は、ノーツという。お前たちは、何者だ?」

「クリス。そこの忌み目の少女は、ラリナだ」

「儂はこいつらの保護者のジーヴァだ。ま、なんにせよ話がまとまったのであればそれで良い………この武器を貰おうか」


師匠が片手で握っているのは、二本の巨大な斧だ。とはいえ、鍛え上げた逸品という訳ではなく、用途はただ木を切るためだけにあるような、武器ではなく金物としてのそれだった。


「アンタなら文句なしに武器を売れるんだが、残念だな、無手主義者か」

「うむ。儂によって武具はただの消耗品よ」

「まったく、全員鍛冶師泣かせなことで」


再びソファの背もたれに身体を預けたノーツが牙を剥きだしにして笑う。


「一週間はかかる。それまではガラクタで我慢しろ」


かくして。

私たちは、腕の良い鍛冶師を見つけ出すことが出来たのだった。

採寸やクリスが幾つかの言付けをノーツに残し、私たちは鍛冶屋を出る。私たちの身体には、クリスと師匠が見繕った最低限の防具を纏っていた。









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― 新着の感想 ―
交渉成立、どんな鎧が誕生するか楽しみですね。(これで最初裸族だったラリナちゃんが戦闘中に裸に剥かれる可能性がなくなってしまうかもしれないのは、些か寂しいですが)
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