鍛冶師
石造りの壁に覆われたロッチノアの街。
その外壁付近は日差しが高い壁によって遮られ、どこかじめじめとした湿気を感じる。壁際というところはあまり人気がなく、それ故に街の中でも土地の値段が安いそうだ。
それに伴い治安も街の中心部に比べれば悪くなっていくそうだが―――その場所だけは違った。
「熱気が凄い」
時刻は昼を少し過ぎたあたりだろうか。屋台で買った軽食を口の中に放り込みつつそんな風に呟く。
ちなみに食べているのは何かの肉の串焼き。タレが絡みいてなかなかに美味しい。安かったけど、それは魔物の肉であるためだそうだ。魔物を好んで食う人間は少ないけど、実はちゃんと調理すれば美味しく食べられる魔物も割といる。
まあ、私は調理とか関係なく食べるけど。それはさておき。
太陽は少し空の上から傾いだだけだというのに、既に日陰となっているその壁際。他の、湿気を含んだ空気感のある場所とは違ってそこだけは、代わりに物理的な熱が肌に纏わりついていた。
私とクリスであれば、その熱気の中に魔力が混じっていることも分かる………魔核を燃料にした炎が使われているのだろう。
「悪くない。質の良い武具の加工が行われているようだ」
「何だクリス、お前に武器やら鎧やらが分かるのか?」
「私はかつて多くの戦いに聖獣として参加したのだぞ。あの人との記憶がすり減っても、行軍で得た知識は消えない」
「………先代白翼の聖女って他にどんなことをしたの」
「教えてやろう、ラリナ。先代の白翼の聖女の功績は、雷嵐の鷹の討滅だけではないのだ、当時はまだ南の方も魔物が多く現れる森が放置されていた。皇都に近い中央部もそうだ。神殿と結びつきを強めつつあった帝国上層部は、その縁を活かし、白翼の聖女に幾つもの強大な魔物の討滅を命じた」
………封王以外にも強力な魔物はいる。クリスがそうであったように。それを帝国は聖女を便利に使って退治させていたわけだ。
今の聖女の力を我が物として扱う風潮はその辺りか生まれたんだろうな。
「千の眷属を従える牛歩の魔物、亜龍でありながらも真の龍にすら届きうると称された九首の毒蛇、無双の大英雄の屍に憑りついた悪しき霊体―――」
「今となっては英雄譚に語られるものばかりだな」
「そうなんだ」
「………チビ、お前は今度しっかりと本も読め。とはいえ現代に伝わっている英雄譚では、退治したのは聖女ではなく帝国が選別した勇者であったりと改変点も目立つが」
「権威のために歴史を書き換えたのだろう。よくやる事だ」
そんな事を話しながら、私たちはこの壁際に立ち並んだ店の中で、一際大きな建物へと足を踏み入れる。
外ですら伝わってきた熱気が扉を潜ったその瞬間に更に温度を上げて肌を舐めていく。
耳に聞こえるのは鉄が鉄を叩く音。そして火が爆ぜ、空気を灼く、そんな音。
―――鉄を叩くのは、毛むくじゃらに鋭利な爪を持つ男だった。
「ほーう。獣人の鍛冶師とは珍しい」
師匠が顎の下に手を当てながらそう笑う。
知識にあるシベリアンハスキーのような毛並みをした獣人の男は、潰れた片目の上にある耳を動かし、その後にこちらへと隻眼を向ける。
その隻眼がすぅっと細められる。見ているのは恐らくは、師匠の識別証。
「紫階級?その隣は赤か。変わった取り合わせだな」
「おう。弟子だ」
「どっちがだ?」
「赤い目の方だな」
隻眼の獣人が私に視線を合わせる。そして鼻を動かした。
「………全員奇妙な匂いだが、まあいい。何のようだ」
「装備を得るために」
クリスが一歩前に出る。獣人の視線がクリスに吸い寄せられた。
「お前に作るのか」
「違う。ラリナ―――この、忌み目の少女に」
「………?」
そりゃあ、私も装備を補修か購入するつもりではあるけど。なぜわざわざクリスがそんなことを宣言したのかよく分からず、首を傾げる。
獣人の鍛冶師はクリスの言葉を鼻で笑うと、鉄を叩く作業へと戻る。
目線を合わせぬまま、適当に作業の合間に言葉を返した。
「他を当たれ、俺は忙しい。店構えを見て分かるだろう、俺の店はこの一帯で最も大きい。それだけ、俺の腕が良いということだ」
「傲慢だな」
「事実を述べて何が悪い。少なくとも、鍛冶と戦い、双方を掛け持ちしているドワーフより遥かに俺の方が腕が良い。いいや………鍛冶を専門としているドワーフにだって負けるものか」
鉄を叩く甲高い音が響く。
一度、二度。叩くたびに、形が変わる。炎の中に入れられて、更に硬さを増す。師匠が確かに業物だ、と感心したようにつぶやいた。
「俺はこの鉄を打つという行為に心血を注ぎ、尊厳と誇りをかけて仕事をしている。良い鍛冶師の作った武具は、腕の良い人間に使われるべきだ。そこの黒い女ならともかく、赤色階級の子供に作ってやる装備などない。鎧も、剣も―――ナイフの一つですら、な」
獣人の鍛冶師の腕に魔力が集まる。何かしらの魔術が発現し、鉄が更に硬度を増す。
………固有魔術だ。
鍛冶に魔術を扱う―――ただの鍛冶師ではない。
「やはり、傲慢だ」
だが、と。クリスが笑った。
「それでいい。ここが一番いい音がしていた。これを加工できるのは恐らくはお前しかいないだろう」
クリスが両手を合わせる。
そして胸元に手を当て………その胸の中から、何かを取り出した。
「………空間魔術だと?」
さしもの獣人の鍛冶師も鉄を打つ手を止め、クリスのその魔術に魅入られる。
空間魔術。以前に魔術についての知識のすり合わせを行った際にも言ったように、この世界の魔術は五つの属性がある。火、風、水、土―――そして空だ。
魔力を魔力として扱う無属性の空の魔術は、基本的には属性の無い魔力をそのままぶつけたりといった、原始的な使い方しかできない。或いは身体の中に魔力を張り巡らせる、伏魔のような使い方が主だろう。
だが、それを魔術に対して天賦の才があるものが扱うと、何も無い空間に魔力を用いて場所を生み出す、空間魔術というものを扱うことが出来る。使い手は限られ、自在に扱えるものは更に数が少ない。
大抵の場合は長い時間と高いコストを支払い、魔道具としてその魔術を付与して扱うのだが、そのいろんな物が入る文字通り魔法の鞄とでもいうべきそれは、法外な値段で取引される、冒険者どころか国家レベルですら欲しがる伝説級の魔道具だ。
それを、片手間にやって見せたクリスに驚愕の視線を向けるのも、当然と言えた。
クリスの胸元から取り出されたのは、白銀の鱗。それには、見覚えがあった。
「エンバス渓谷の王、蝎虎の名を持つ怪物の、その額の鱗だ」
………怪物の姿をしていた時のクリスの鱗。
「―――何年生きた魔物だ?」
「五百は生きている。この世にある最後の一枚、唯一の一枚だ」
「こいつ、素材の稀少性で鍛冶師を釣ろうとしているな」
師匠が半眼で突っ込む。
「どうだ。これを逃せばもう二度とこんな素材は扱えないぞ」
「………ぐ」
「ねえ、効いてるみたいなんだけど」
何を見せられているんだ私たちは。
「ちょっと、待っていろ。これを仕上げる」
毛むくじゃらに鋭い爪の指で、店の奥を指さすと、再び剣を打つ作業に戻る獣人の鍛冶師。
何やらよく分からないが、話は纏まったらしい。
「ふ、どうだラリナ」
「なにを勝ち誇ってるんだろうねこの馬鹿」
「まあ良いではないか。本人が言っていたように、あいつが一番この街で腕がいいということに間違いはないだろう。それが槌を振るってくれるというのであれば、言葉に甘えるのが一番だ」
「そういうもの?」
「ああ。一流の鍛冶師は一流の相手にしか品物を売らない、それは事実だからな」
―――実際、漂ってくる魔力の熱気、そしてそれ以外の魔術が付与された武器。
それらが最も鋭く、脅威として感じられるのはこの店の品物ばかりで、ここにあるものと比べれば、他の店の品物は二流三流が精々だった。
腕がいいのは間違いない。師匠の言葉もある事だし、お言葉に甘える、というやつだろうか。
少しばかり機嫌のよさそうなクリスに腕を引かれながら、私たちは店の奥で獣人の鍛冶師の仕事が終わるのを待つことにした。




