冒険者ギルド、ロッチノア支部
宿屋のベッドはふかふかしていた。
ちなみにクリスは私のベッドに勝手に入り込んできていたので、折角三つあるのに暑苦しい想いをして寝ることになった。離れろよお前。
文句を言ってもどこ吹く風のクリスにジト目を向けつつ、軽く欠伸をして脳に酸素をまわしつつ服を着る。
着るものは村で買ってきた、町娘の服装だ。簡素なチュニックに短めの革製のボトムス。冬だというのに短めなのは、私の足には義足が取り付けられているためだ。形状を変化させることはできるけど、いざという時に戦えるようにあまり形状を弄りたくない。
この踵は私の最大の攻撃手段である。なまくらになっては困るのだ。
「準備は出来たな?」
「問題ない」
「いつでもいいよ」
師匠の言葉に頷き、私とクリスは外套のフードを被る。
フードを外すと人からの視線が集まるというのは昨日の時点なんとなく分かった………ちょっと熱くて外套を脱いだだけで私の方に視線を向けてくる輩が一気に増えたので、私たちが耳目を集めるのは間違いないんだろう。
見た目の問題というやつだ。美醜では無くて、この義足が物珍しいというのもあるだろうけど。
足についてはどうしようもないけど、顔だけは隠した方が良いと判断したので、素直に外套を羽織るのである。
宿の鍵を閉め、それを受付の店員(昨日、私たちを値踏みしてきた人)に預けると街の外へ。
冬の乾燥した空気が運ぶ冷たい香りを感じつつ、向かう先は昨日の話の流れの通り冒険者ギルドだ。
ロッチノアの街の冒険者ギルドはかなり大きめ。それだけの大きさが必要だと分かるくらいにギルドへ訪れる人もまた多く、年季の入った古びた扉はひっきりなしに開閉を繰り返していた。
「冒険者も多いが、依頼人やギルドからの素材を買い取る業者も多いな」
「見て分かるものなの?」
「立ち振る舞いの時点で違うだろう?よく見てみろ、チビ」
「………」
ああ、本当だ。歩き方、視線の配り方で見た目以上の情報をくれる。
商人であっても武器を携帯している人間はいるものだ。自衛のために武器を手にするものは多い。逆に武器を持っていなくても、明らかに振る舞いに隙が無いものもいる。
観察は、大事だ。
冒険者ギルドの扉を潜れば視線が集中する。私とクリスではない、師匠に、だ。
「あ?」
師匠は肌の色と身長でとにかく目立つ。だが、一喝すれば、その威圧感と首元にある紫色の識別証でその視線は殆ど散っていく。
一部、幾つかの色を含んだものは残るが、余程の馬鹿でない限りは近付いてくることはないだろう。幸運なことに今回、馬鹿はいなかった。
「紫階級の方とは………!本日は依頼を?」
師匠が訪れたカウンター。
最初に対応しようととしてくれた若い女性がすぐさま後ろに引っ込み、代わりに奥から二十代後半くらいの別の女性が現れて対応を始める。
「それもあるが、一党のチビを昇格させたいのと、一人を追加で冒険者に登録させたい」
「そちらのお子さんお二人でしょうか?」
「ああ」
「現在の階級は………ええと、見せて貰ってもいいかな?」
顔を覗き込んできた女性に、胸元の階級を現す識別証を渡す。
赤色のその金属の板と、私の瞳に視線が向かい、あら?というような表情を浮かべる。
「忌み目………?」
「文句でもある?」
「い、いいえ。そう言う訳じゃないのよ?ただ、最近はこのアンジェリコ伯爵領は運気が向いていなくて………その。あなたみたいな忌み目の人たちはそのストレスの捌け口にされやすくてね」
「ふぅん」
興味無さそうに頷く。というか実際興味がない。
私の気の無い返事に苦笑した受付の女性は、クリスの方にも話かけて幾つかやり取りをした後、同じ色の識別証を取り出し、クリスに渡す。
「半年以上赤階級だったということですが、依頼としてはどのようなものを?」
「儂らは拠点の街を持っていない旅の冒険者だ。元はネストリウス公爵領から龍退治の依頼を受けてここまでやってきた。エンバス渓谷を抜けてきたので既にこやつらの戦力は並みの冒険者より高いぞ」
「え、あの蝎虎の谷を、ですか………?」
驚愕の表情を浮かべる受付の女性。
………まあその蝎虎、横にいるけど。
「なんだ、ラリナ」
「いや別に」
視線を元に戻す。
「と、とはいえ保護者として紫階級の………それも”黒天”の二つ名を持つジーヴァ様がいらっしゃること、そちらのラリナさんの熟した依頼の情報がないこと、クリスさんが今日初めて登録したということで申請だけでの昇格は流石に認められません」
「ふむ、さもありなん。では昇格任務か?」
「はい。ギルドの方で選出した監督官を引き連れた上で、こちらの指定した依頼を達成して頂きます。証拠の品を持ち帰った時点で、監察官と共に情報を整理し、昇格の合否を決めたいと思います」
「結果は分かり切っていると思うが、まあ良いだろう」
受付の女性はカウンターの下から紙を取り出すと、それを私とクリスの前に差し出す。背伸びをしながらそれを覗き込めば、それは俗に言う依頼表というやつだった。
冒険者が仕事を取る際に使用するもの、普段は一階の依頼ボードに貼り付けられているというあれである。
「亜龍の、討伐?」
「ええ………アンジェリコ伯爵領に邪龍が住み着いたことはご存じ、ですよね?」
「儂らはそれを斃しに来たのだからな」
「そうでした………ええと。その邪龍はギルドの調査では間違いなく龍種に属するもの、つまり本当の龍なのです。そして―――」
「龍が居るところにはそのおこぼれに与ろうと、矮小なる龍のなりそこない共が集まってくる。それが、亜龍だ」
受付の女性の言葉の続きをクリスが引き継いだ。
「亜龍………ワイバーン?」
「ああ。龍は本来、魔物と呼ぶにはふさわしくない生態をしているが、亜龍は別。あれらは龍の形を真似ただけの、まごうこと無き魔物である」
分類としては幻想種として扱われるワイバーンは、世代交代型の魔物であるらしい。
蜥蜴やら鶏やらの魔物が変じた龍もどきがさらに力を蓄えたもの―――が、種として成立し、弱体化したもの。空を飛び、獲物を刈り取る、偉大なるなる龍の、その偽物。
だが、卵生で生まれる奴らは兎に角数が多く………自身のモチーフ元と言える龍が現れた時に、そのおこぼれに与ろうと群れを成して侍るように周囲に現れる性質があるようだった。
「………あ。そうか」
この街に来る最中に遠目に山の麓に見えた空飛ぶ影。あれらがワイバーンなのだろう。
位階としてはⅡからⅢ、しかし数が多いのが問題で、今回の邪龍討伐においても取り巻きのように周囲に群がるワイバーンたちによって少ないとは言えない被害が出ているそうだ。
昇格任務でワイバーンの討伐が指定されたのは恐らく、少しでも数を減らしたいというギルド側の思惑もあるのだろう。
「ワイバーン討伐とは、本来の橙昇格の任務と比較して随分と難易度が高いようだが」
「申し訳ありません、現在はそれ以外認められていないので」
「………ふむ。そうか、まあいい」
体のいい仕事の押し付け。
そんな気配を感じた。或いは、それだけギルド及びこのアンジェリコ伯爵領に余裕がないということか。
私はクリスと共に依頼用紙に名前を書くと、受付の女性に突き出す。
「いいよ、別に。首を持ってくればいいんでしょ」
「えっと、そうですね………魔核を始め、それ以外も持ってきてくれれば、ギルドで買い取りますけど」
言外に、まあ無理だろうという感情が透けて見えていた。
「では監督役の冒険者様を用意出来次第………」
「時間がかかっては困るぞ。儂らはこいつらと共に龍退治に来たのだ、足止めを食っては肝心の龍殺しが出来ん」
「………で、では明日までに間に合わせますので、それでいいでしょうか?」
「おう。しっかりとやってくれ」
私やクリスと、師匠で受付の対応が大きく異なる。これが階級による信用ということか。
確かに、ある程度は階級を高く持っていたほうが楽そうだな。ことあるごとに舐められるのでは日常生活でも面倒の方が多そうである。
「ではまた明日の早朝に来る。いくぞ、チビ共」
「うん」
「ああ」
魔核の換金を済ませた上で、私たちは冒険者ギルドを後にする。
「下に見られてたね」
「明日も続くぞ?まあ、度肝を抜いてやれ」
「………そこまで興味ないけど、まあ普通にやるよ」
さて。昇格依頼については決まったし、師匠も私たちが依頼用紙に記入している間に龍についても情報を知れたらしいので。
次は新しい装備の購入のため、武器屋や防具やに向かうことに決まった。




