街へ
からからと回る車輪の音を聞きながら、薄く目を閉じる。仄かな灯りだけを視界の中に移しながら、魔狼の森を出てからの旅路で無意識にまで染みついた警戒を続ける。
まあ敵対意志の気配はない。しいて言えば隣の視線が気になるくらいだろうか。
「ねえ、おねえちゃん」
「………なに?」
声をかけてきたのは、母親の腕の中に抱かれたままの少女だった。
好奇心旺盛という言葉を瞳に落とし込んだかのような煌く瞳で、その少女は私の方を見つめている。
栗毛の髪色は母親と同じだろう。瞳は青色で、そちらは旦那である若い男の血を引いている。
「おねえちゃんたちは、ぼうけんしゃなの?」
「そう」
「ぼうけんしゃって、たのしい?」
「………たの、しい………?」
少女の言葉に首を傾げる。
恐る恐ると言った体で、娘を抱いた母が囁いた。
「困る事でしたら、娘………ミルラの事は無視していただいて構いませんので………お休みになられるのであれば、尚更っ」
「別に困りはしないけど。ちょっと、考えてただけ」
景色が進む。
山並みを眺めながら私は自分の心に問いかけた。
―――たのしい?
「………どうだろう。生きるために、生きているだけだから」
或いは強くなるために。私の心の中には復讐心が残ったままだから。
人助けを悪くないことだと思う心もあるにはあるけれど、それはそれとして冒険者をしていることが楽しいのかと聞かれると、そう言えばそんなことを考えたことも無かった。
戦うことは楽しめる。でも、冒険はどうなんだろう。
冒険者の最大の役割とは本来、未知を開拓し、人を助けること。人を守る騎士とは異なるその在り方こそが、冒険者が冒険者足る所以だ。
「考えたこと、無かったなぁ」
膝を抱えた腕に頭を乗せて、独り言のようにそう呟く。
「わたしね、ぼうけんしゃになりたいの!」
「………冒険者は楽しいだけのものではないぞ」
「お前、まだ冒険者じゃないでしょ」
「伊達にラリナ、お前より長くは生きていない。正直に言えば私の方が冒険者については詳しい筈だ」
「………そうなの?」
クリスは思い出という観点で言えば失われたものも多いけど、知識では私に優っている箇所も多い。
それを考えれば確かに、か?
「紫階級のジーヴァは正直参考にはならないし、ラリナもまた参考にはならない。本来、冒険者は地道な仕事から始めるもので、魔物の討伐任務に赤階級から携わるなどありえないことだ」
「………うーん?」
「雑草取りは好きか。皿洗いは、もの探しは?」
「んー………あんまり?」
「冒険者は実際のところ、地道で基礎的な事を文句を言わずに繰り返せるかどうか、身につけられるかどうかだ。経験は圧倒的な基礎の力によって蓄えられる―――その点、ラリナは間違いなく冒険者に向いていると言えるだろう。娘、お前はどうだ?」
「えっと、うーんと。わかんない!」
「そうか。まあお前はまだ小さい。よく考える事だ」
クリスがそう言って、娘の頭を撫でた。
これを見ているとこいつの精神年齢はきちんと大人なんだなって感じる。
「お前もだ、ラリナ」
「なんだおいこら撫でるな」
私に構いたがる癖は何なんだ。
クリスとそんな攻防を続けていると、徐々に街の気配が近づいてきたのか、微かに人の喧騒が耳に触れる程度にまで大きくなってきた。
台車から顔を出して外の景色を確認してみると、既に街の関所がすぐ傍にまで迫ってきていた。意外と時間が経過していたようである。
関所にて街に入場しようと並ぶ人の列に、荷車から降りて参加する。師匠とクリスも同じように、遍歴商人の一家から離れた。
「それではな。儂らと別の方がいだろう」
「ここまでありがとうございました」
「気にするな」
「じゃあね~おねえちゃんたち!」
「………うん」
手を振ってくるミルラに同じく手を振り返す。
「懐かれたようだな」
にやりと笑う師匠の太腿を叩く。
「うるさい」
足はないし、瞳だって忌み目、目つきも悪い。普通、距離を取ると思うんだけど。
………そういえばあの一家は忌み目と言って忌避することがなかったな。珍しいことだ。ここまで立ち寄った村とかでは殆どの場合、嫌がられたものだが。
まあいいか。気を取り直して街に入ろうと列に並ぶ。街の平均を知らないものの、どうにも列が長い気がしてならない。
「人が多いな」
私の感覚は間違っていないかったようで、師匠がそう呟いた。
「山の付近の村から逃げてきたものが集まっているのか………?」
「ふむ。そのようだ」
私たちは全員、感覚が鋭く、耳が良い。周囲の人間の会話内容も聞き取れる。
難民、というのだろうか。龍の襲撃によって村を追われ、この最寄りの街まで逃げてきた者どもが多いようだった。中には冒険者も混じっているが、凡そ半数は怪我をしていたり装備がボロボロになっているのが見て取れる。
ぼそぼそと呟いていることを聞き流しつつ、日が暮れる時間になってようやく、私たちの番がやってきた。
なお、通行証を持つ商人たちは別の関所で検問を受け街に入るようで、遍歴商人の一家の姿はもうとっくに街の中に消えている。彼らはきちんと商売が出来たのだろうか。荷車の中には希少なものと思われる、丁寧に梱包された色鮮やかな硝子製品や果物を始めとした新鮮なものが積まれていたが………本当に、車輪が外れて割れなかったのは幸運なんだろう。
そもそも車輪が外れたこと自体不運と言えばその通りなのだが。
さて、前の人が捌けて槍を持った兵士の前に移動する。師匠が冒険者証を取り出して見せるのと同じように、私も自分の赤い色の冒険者証を関所の兵士に渡した。
「………こちらの方々は?」
「儂の連れさ、見ての通り一党を組んでいる。まあ弟子のようなものだな」
「そう、ですか。分かりました、お入りください」
兵士が道を開け、私たち三人は街の巨大な門を潜る。
「流石、紫まで行くと信用が段違いだ」
「赤色ではギルドの発行した臨時通行手形などがなければ入城を断られることもある。さっさと昇格することだな、チビ」
握った赤色の冒険者証を再び首にかけ、頷く。
依頼で街を訪れる際に、冒険者ギルドが身元を保証するために一時的に発行するものが臨時通行手形だ。魔道具の一種であり、一時的に手形の役割を果たすため、魔力を消費して記される文字が浮かび上がるというだけの簡単な仕掛けだが、これがなければ身元の保証が取れない赤色階級では非常に高い入場料を支払わないと街の中に入れないという事例もある。
無論、赤色階級の冒険者がそんな金がある筈もなく。私一人だったら実際、街の中には入れなかっただろうな、と。
先程の兵士の視線を受けてそう思った。まあ、冒険者なんてある程度の実力が認められていなければ、ただの破落戸と変わらないのである。
「ロッチノア………この街の名前?」
「そうだな。見ての通り巨大な門や石の壁に覆われた、戦のための街だ。対魔物を想定した堅牢なものだが、さりとて砦とは違い、人がきちんと暮らせるように設計されている」
「………井戸の匂いがする。水は地下から引いているのか。他にも農耕地などもあるようだ。なるほど、いざという時は街の門を閉じて籠城戦も出来る。これは数百年前に最も栄えた街の形式だ」
「クリスの全盛期の時代の様式ってことか」
そんな雑談を交わしつつ。
この街でも最初に探すのは宿屋だ。だがこちらは村のそれと違って滞在時間が伸びるため、信用できる場所をきっちりと選定するのだという。
「あれが良いな。行くぞ、チビ共」
「………”老獅子の牙”亭?」
「飯屋を兼ねた………まあ他にもあるが………まあ色々な役目を持った宿泊施設だ。儂の感覚ではこの付近ではあの宿屋が一番信用が出来るだろう」
「分かった」
師匠の判断に従って、私たち三人は暫くの拠点として、その”老獅子の牙”亭へと足を踏み入れたのだった。




