脱輪馬車
一晩過ぎ、何事もなく街へと向かう。当たり前だ、毎回村に訪れるたびに事件が起こっても困る。
ひらひらするしチクチクする薄い服を着たまま村を出て、遠くに見える街を目指す。
一応この服も旅人用らしいのだが、今まで来ていたものに比べると防御面の薄さが目立つ。クリスの攻撃を防ぐことが出来なかったとはいえ、他の魔物の攻撃は何とかなっていることも多かったので、良いものをくれたんだな。
外套のフードまで被って、朝の早い時間に街道を進む。流石に伯爵領の内側へと進むわけで、魔力の気配も魔物の匂いも薄かった。
「まだ朝早いし、素直に進めれば夕方にはつくかな」
「そうだな。まあ急ぐ必要はないだろう、どちらにしても今日は街から身動きは取れないだろうからなぁ」
「なんで?」
首を傾げれば、師匠が横のクリスを指さした。
「そいつも冒険者登録せねばならないこと。ラリナとクリス、二人分の昇格試験があること―――橙階級への昇格はそこまで難解なものではないが、実績は必要だ。その辺りの書類作成などでも時間を取る以上、街には最低でも三日は居ることになるだろう」
「あくまでも早ければ、か?」
「そういうことだ、クリス。まあ………強さという点で言えばお前たち二人とも、問題はないだろうが」
手段を択ばず斃そうと思えば私でも緑や青を仕留めることはできる。まあ、青階級はなんというかピンからキリまでって感じだけど。
青の中でも緑に寄っているか藍に寄っているかで大きく強さが異なるらしい。一番数が居て、一番層が厚いのが青階級なのだそうだ。
一応、その色彩が第一線級の冒険者という扱いになるようだけど、そこから飛び出した藍や紫は超人の類に当てはまる。
昼食に豚の腸を煮詰めたものや硬いパンを噛み千切りながらさらに進む。長閑な青空には幾つかの浮雲―――風は冷たいが、何というか平和だった。
「………」
ちらりと北側にある山嶺へと目を向ける。遥か遠い場所にある山々には、遠目ながらに何かが飛び回っているのが見えるが………随分と数が多い。
噂に聞く龍ではないだろう。ではあれはいったい何だろうか?
「………っクソ、おもてぇ~!!」
「踏ん張れよ!!これを街に納品できなかったら俺らはおしまいだぞ!!」
「わぁってるっつの!!!」
師匠やクリスに疑問を問いかけようとしたところ、遮る声が一つ、いやふたつか。
気配そのものはもう少しあるのだが、一番大きな声を出しているのは二人の男だった。
「ねえ、あの人たちはなにしているの?」
「あれは遍歴商人、俗に言う行商人というやつだ。どうやら荷を運ぶ台の車輪が壊れてしまったようだな」
「ふぅん」
「魔術で直せばよいものを」
「………あのなぁ。誰もが簡単に魔術を使えるわけではないのだ」
そう言って横を通り過ぎようとする私たちの方に幾つかの視線が向けられる。
懇願するようなそんな表情。
「ちょ、まっておねがいしまっばふぉぁっ?!!?」
私に向けて手を伸ばしてきた男を反射的に殴り飛ばす。
男は弧を描いて地面に落下した。街道の横の疎らに草の生える場所に落ちたのでまあ、別に重症ではないだろう。
振り切った右手を引いて元に戻し、何度か握ると開くを繰り返す。うーん、なんか思わず殴っちゃったけどなんでだろう。
「………まあいいか」
蹴りじゃないだけマシである。義足のヒールは鋭い刃なのだ、これで蹴り抜けば首と身体が泣き別れすることになっていただろう。
「なーにをやってるんだ、チビ」
「つい。近付かれたからかな。間合いに入ってきた方が悪い」
「一理あるな」
「無いわ馬鹿ども」
うむうむと頷くクリスと私の上に軽く拳骨が落ちる。いて、と呟くが、師匠の拳は別に拒否感発生しないなぁと思った。
それを言うなら横の姉のような振る舞いをする元魔物もそうだけど。
さて。呻いている男の方に視線を戻そう。白目を剥いて若干痙攣している男と、それを見て青ざめているその男よりも年上の男。その傍には成人した女性と小さい娘。顔立ちが似ていることから恐らくは家族だろう。
推測するに一家で遍歴商人を営んでいるのだと思われるが。だとするといま殴ったのは息子か、或いは夫か。
「………まったく」
「えっと、少し、ですね、話を、聞いて、頂いても………」
「別に良いが、お前たちも不用心だ。女だけの旅人の一団に男が割り込んできたのなら即座に切り捨てられても文句は言えんぞ」
「それは、ええ………!!まったくもって!!」
師匠の高い身長から見降ろされ、少し可哀そうなくらいに全身を硬直させる男。
バレット、と呼ばれる商人がよく被っている帽子がずり落ち、小さい娘がそれを拾って男に渡した。
「はい、おじいちゃん」
「あ、ああ………ありがとうなぁ、ミルラ」
おじいちゃんという言葉を信じるなら、私が殴り飛ばした男と奥の女性が夫婦なのだろう。
なんというか、珍しいと思った。行商人なんて一人か二人で旅するのが一般的っていうイメージがあったんだけど―――。
「あれ」
………何処でそんなイメージを得たんだ?
「一家で遍歴商人とはなぁ。危険ではないか?」
「危険ではありますが、今のアンジェリコ伯爵領では、どちらにしてもどの街に居ても危険なので………我々は元は伯爵領の北側を拠点に活動していたのですが」
話を聞けば、彼らは元はどうやら山嶺にほど近い街を中心に回り、森から現れる魔物の毛皮や(冒険者ギルドが冒険者から買い取ったものを更に買い取るという形らしい)干し肉などを売り歩きながら暮らしていたようだ。
遍歴商人と言えど、結婚しないわけではない。大抵は村などで婚姻を上げ、冬場の雪が厳しい時など、まともに旅が出来ない季節は村のなかで過ごすそうだ。
拠点、と言ってもいいだろう。婚姻もまた一つの契約、商売のための手段ということだ。だが当然、行商の度に妻子を連れてくる遍歴商人なんて普通はいない。
「村が幾つか焼かれました。街も滅んだ場所もあります。全ては山嶺に住み着いた邪龍のせいです」
「………龍が人里を襲うのか?」
クリスが文字通り二人の間に首を突っ込み、問いかける。
「龍は賢い生き物だ。人よりも遥かに強いが、かといって人類が弱いとは認識していない。人を襲うことなど珍しいことだが」
「ふむ、そうだな。儂も気になった。ネストリウス公爵領で依頼を見た時よりも随分と凶暴化している。伯爵領側が何かをしたか?」
「………いえ。いよいよ金に糸目を付けず、討伐隊を組み始めているとは聞きましたが、なぜ龍がここまで狂暴化しているのかまではちょっと………。伯爵さまは村を焼かれ、住む場所が亡くなった人々を領地の首都に仮住まいさせていらっしゃいますから、詳しい話を聞くのなら彼らが良いかと」
「アンジェリコ伯爵領の首都はユステルドだったか。あの街から更に東側………ちと、遠いな」
「行商人の足で二週間でしょうかねぇ………」
「………いっつぅ………」
そんな事を話していると、私がぶん殴った男が起きた。
近くでしゃがんでその顔を覗き込む。うん、別に痣とかは無いな。
「大丈夫か」
「うおっ!?………あ、ああ………大丈夫、です」
そそくさと尻もちをついたまま距離を取る男。
「さっきはごめん。反射的にぶん殴った」
「いや、うん………いいんだ、ああ………それより!」
立ち上がると、男………分かりずらいな。若い男でいいか。そいつは荷車の軸の方へと手を伸ばす。
古びたその車輪の軸を軽く叩くと、そのまま私たちの方に困った表情を向ける。
「魔術でこれを直せるって本当か?」
「うん。私でもクリスでも治せる」
「………金は払う!どうにかしてくれないか?!荷をここに置いて行ったら絶対に盗まれる………高価な品なんだ。その上、割れやすい」
「ふぅん」
師匠の方に一瞬視線を向ける。瞼を片方だけ閉じた。
別にこのお願いを聞いてもいいらしい。じゃあ助けてあげよう。
「いいよ」
そう言って構造を見てみれば、どうやら腐食によって荷車の両方の車輪を繋ぐ軸が折れてしまったようだった。急に破断したというよりは溶ける様に割れた、という感じだろうか。
中の荷物が散らばっていないのは結構な幸運じゃないかな、これ。
「なるほど」
これなら大したこともないな。
そう言って手を翳す。魔力を込め、生み出すのは土属性の魔術だ。私に火と風の適正は殆どないので順当にこうなる。
ちなみに。クリスは全属性に適性があるそうだ。流石元魔物である。それはさておき。
さて、別に詠唱が必要なほどの魔術でもないし、さっさと終わらせてしまおう。
岩石の柱が魔力によって生み出され、それが折れて破断した車輪の軸の隙間に収まる。さらに魔術でもう少しだけ加工を行う。
水の属性を込めた魔術を併用し、泥のように溶かして土の魔術を後から加工する。腐食箇所を取り除き、折れた場所を補って一本の綺麗な軸になるまで、魔術で造形を整える。黒雫の形を変換するのに比べたらこっちのほうが余程容易い。
常に複数属性の魔術を複合した固有魔術は操作も当然難しいのだ。
「終わったよ」
「………親父、動かせるか?」
「確かめてみよう―――お、おお!!動く、動くぞ!」
大きな荷車を引く男。先程までの困った顔が喜びのそれに代わっていた。
「ふむ。金は良い、その代わり儂らを乗せて行ってくれないか?あの街に丁度用があってな」
「それくらいならお安い御用です!いやぁ、助かった!!」
走った方が早いと思うけど。
クリスと顔を見合わせるが、師匠がそう判断したのだ。このメンバーで一番強く、一番旅慣れした人間がそう言っているのだから従うのが良いだろう。
「じゃあ」
「頼む」
そういって荷台の端に飛び乗る私とクリス。足をブラブラさせていると、こちらを伺う様に見ていた女性と娘が隣を通って荷車の奥へと進んでいった。
若い男は御者台………のような場所に移動する。人力で移動する荷車なので、交代用の人間が座る場所なのだろう。最後に師匠が荷車の中に入り、「いいぞ」と声をかける。
幌付きの荷車だが、師匠の背丈だと少々邪魔そうだった。そんな荷車がゆっくりと動き出し、徐々にその速度を増していく。
荷が壊れぬように、けれど街にきちんと辿り着けるようにと、そんな速さだ。
街まで数時間だろうか?少しだけ、身体を休めることにしよう。別に、疲れてはいないのだけれど。




