服を購入
谷を抜け、アンジェリコ伯爵領に入ってからずっと視界の中に入っていた森林を抜け、私たちは一番最初に目についた村へと辿り着く。
村、と言ってもトルド村に比べればその規模は随分と大きい。ネストリウス公爵領にあった、私が冒険者登録を済ませたプラトゥムの村と同じ程度の規模だろうか。
あっちの場合は大きい理由が最悪の場合に避難民を受け入れるためという理由があったが(そして実際に最悪の場合が発生した)こちらは巨大な農村という感覚がある。
村中央に巨大な穀物庫があり、そこに保存されているであろう食糧の匂いがそうさせるのか、或いは単純に麦の刈り取られた田畑の痕がそうさせるのか。
「チビ、それは麦じゃなくてカブを収穫した跡だ」
「そうなの?」
「牧草として使うのだ」
「ふぅん」
………麦じゃないらしい。まあどうでもいい。
木と岩の入り混じった建築様式の建物は五十棟程度はあるだろうか。幾つかは他の家に比べると明らかに規模が大きいので、土地を所有している地主のものだろう。
つまりあとの小さい家々はその地主に雇われているということか。
目抜き通りには家の他、露店やきちんとした店舗も少量並んでおり、旅人が立ち寄っても問題ないように宿屋や飯屋も存在している。私とクリスは師匠に連れられて適当な宿屋に部屋を取ると、邪魔な荷物を置いて再び外に出る。
この時金目のものや、武器などは持っていくのが重要だ。安い宿屋では店員も信用は出来ない。
まあ、私たちは無手で武器を持たないことの方が多く、荷物も最低限なので実際は殆ど変わらないが。
外套を纏ったまま村を回る。探しているのは師匠が言っていた通り、服屋だ。
「おお。あったぞ」
「そう言えば師匠、お金はあるの」
「魔核をそのまま売りつける。多少損が大きくなるが、どちらにしても何処かで換金は必要だ」
「損が大きく?」
「魔核は冒険者ギルドに持っていくことで換金してくれるが、冒険者ならば冒険者ギルド以外でも売ることはできるのだ」
そう言いながら服屋に入ると、適当に服を物色する師匠。
見た感じ流石に普通の村娘用のものが多い印象だ。手作りが多いのだろうか、毛糸のほつれなどがあったりするのが見える。
冬の間の針仕事というやつか。旅人が買っていくこともあるし、服は腐る事もないので糸がある限り作り得なのかな。
放り投げられた服を手で抱え、持ち切れない分をクリスに渡す。
「視界の邪魔だな」
「我慢して」
下着に替えの外套、普段着用のボトムス、トップス。旅にも耐えられる頑丈そうなものを数着、二人分集めると、師匠が店員に幾つかの魔核を渡した。
「ま、魔核?!………えっと、冒険者証を、見せていただいても?」
「ほれ」
紫色をした師匠の冒険者証を見て店員が目を見開く。震える指で師匠にそれを返すと、魔核を数え始めた。
「た、確かに。毎度ありがとうございました………!!」
「うむ。足りたなら良かった」
そう言ってすぐに服屋を出たので、早足でその後を追う。
暫くすると、クリスが口を開いた。
「あの魔核、魔力の含有量に随分と差があった。値段というもので考えれば確かに多少こちらが損しているな」
「私も感じた。というか、そもそも人間って魔核に含まれてる魔力量分からないんじゃなかったっけ」
確かメルクーリが師匠が倒したヘカトンケイルの魔核を調べるときに、専用の道具を使っていたような気がするのだ。
「だから魔核での支払いは損をするのさ。冒険者ギルドしか魔核の正確な魔力含有量を計れない。冒険者ギルドだけが、魔核に適性な値段を付けられる」
懐から魔核を取り出した師匠がそれを見ながら話を続けた。
「儂ら人間は、この中にどれほどの魔力が含まれているか分からん。儂らも、買い取る相手もな。だから基本的には冒険者ギルドは、冒険者が獲得した魔核はギルドに売ることを推奨している」
「ならば何故ギルドを介さない販売が可能になっている?」
「良い質問だ、クリス。当たり前だが、儂ら冒険者は常にギルドの支部に寄る事の出来る場所にいるわけではない。冒険するから冒険者なのだ。だが、そうなると路銀が必ず尽きる」
旅をするにも宿を取るにも、食事をとるにもある程度金が要る。だが、ギルド以外で換金が出来ないとなると………うん。
「ちょっと不便」
「その通り。ギルドの依頼を受けて冒険をする冒険者が、金がなくなるからという理由でギルドの支部の直近しか身動き取れないとなると厄介だろう?何のために依頼を出すのかという話にもなる。故に、冒険者ギルドは致し方なく、冒険者ギルドに登録された冒険者に限り、一定の大きさ以上の魔核を双方合意の元、金の代わりに使うこと、或いは換金することを許可している」
「………なんかちょっと面倒な言い回しだね」
「ふぅむ。ジーヴァ、それだと冒険者が一般人に売った魔核を、その一般人が転売した場合は許可が下りない、ということか?」
「そうだ。それは帝国法の魔核取扱い法に抵触し、取引量にもよるが死罪になる事も多々ある、そんな犯罪になるな」
「………重いね、罪が」
そんな法律があったのか、この国。
つまり師匠はトルド村とかで地味にそんな法律を守った上で金に換えていたわけである。
「死罪は相当さ。魔核は魔力の塊なのだ、戦のための魔道具に使えば強力な武器になるし、そうでなくとも最低限の魔術の腕と加工技術があれば爆弾にすることも出来る。あとは余程の量がなければそんなことは起こりえないが、一か所に大量に集めれば魔物を呼び寄せることにもつながる」
「魔物は魔力に引かれるからな」
「元魔物のクリスがいうんならまちがいないね」
そもそも、と師匠が続けた。
「冒険者ギルドは依頼の仲介による手数料の他だと、この魔核売買と魔物素材の取引によって利益を得ている。ギルドは国営組織ではないからな、金を稼ぐのはまあ、当然だ。そして魔物と対峙する冒険者を登録し、管理する以上はその利権も独占する権利がある」
「利権と安全性の確保が噛み合った結果、冒険者ギルドによる魔核と魔物素材の独占が可能になったのだろう」
「なるほど」
長く生きてる二人は思考も早いなぁと思いつつ、宿屋に戻る。
ボロボロの服を脱ぎ捨て、先程かった服を纏う。なんというかメルクーリにもらったものに比べると重さや頑丈さが随分と心許ない。
「こっちはどうするの」
脱ぎ捨てたボロボロの服を持ち上げる。川で洗ってはいるので染みついて取れなくなった血液等以外は流れ落ち、比較的清潔ではあるが、破損個所が大きいためもう普段使いは出来ないだろう。
「ラリナ。それ、私にくれるか」
「着るつもり?サイズ合わないよ」
「違う。お前は私を何だと思っている」
「………。なんだろうね」
とりあえずクリスに服を放り投げる。好きに使えばいい、公序良俗に反する使い方さえしないなら。
今日はここで一泊して、朝一で出発する予定だ。忌み目である私は先ほど外に出ただけでも良い顔をされなかったので、このまま部屋に引きこもるつもり。
目が赤いだけでなんだというのか、人間は面倒くさい。
欠伸をすると、目を閉じる。ベッドを背にし、床に座れば隣にクリスがやってきて同じように腰を下ろした。そんな私たちに師匠が問いかける。
「チビ、クリス。昼と夜、何が食いたい」
「なんでも」
「適当で良い」
「………まったく。可愛げのない奴らめ」
師匠がそういって宿の扉から外に出ていく音が聞こえた。




