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聖女の後悔



記憶の中で更に時間が進む。

浮かび上がるその記憶の彩度が増したように感じられるのは、僅かながらであっても現在の彼女に時間が近づいているからだろうか。

相も変わらず、白い鱗のヤモリは聖女の傍らにあった。

歩いているのは白亜の建造物、純白の神殿だ。聖女たちが集い、女神を信奉する教会のまさに中枢。白翼の聖女の称号を持つものであれば、自身の庭と言い換えてもいいだろう。

そこを彼女は足早に進んでいた。


「教皇様!」


やがて巨大で荘厳な………そして少しばかり華美ともとれる、金や銀の後付けの装飾が施された扉を開け放つ聖女。

その向こう、広い部屋の中で僅かばかりに詰まれた羊皮紙とにらみ合いをしているのは、聖女が読んだ通りこの時代の教皇その人。

年季の入った机の上には葡萄酒と甘味が置かれているのが見える。聖女はそれに視線を向けつつも、一番は教皇自身であると言わんばかりに強くその瞳で教皇を射抜く。

聖女の小麦畑のような髪色は殆どが色褪せた白色に置き換わり、顔にも皴が刻まれている。実際の歳に比べればかなり若々しい部類だろうが、それでもかつて、雷嵐の鷹を堕とした時に比べれば明らかに年季を感じさせる。

栄光を携えたはずの聖女はけれど、眼前の教皇とは比べ物にならないほどに地味な衣服をまとっているのが分かる。

―――鷹は落ち、世界は広がり、されど帝国の威光はそれ以上に巨大にはならなかった。

封王を斃しても彼の王が残した魔力と、砂漠の厳しい環境は何ら変わりがない。強大な魔物が跋扈し、それは数という力と、封王による制御を失ったが故の騒乱の坩堝となっている。

王が居ない以上は新たな王が生まれない限りは、徐々に魔物は弱くなっていくだろう。帝国は二度と封王が生まれないように、定期的に砂漠の魔物の討滅を繰り返すだけである。けれど、聖女の眼からは神殿と帝国上層部が行う討滅部隊の派遣があまりに過剰であるように映っていたのだ。


………税を引き上げてまで砂漠を征服する必要があるのか?


………傷だらけの兵士を死に至るまで酷使して、そこまでして果てを目指す必要があるのか?


既に白翼の聖女の全盛期は過ぎ去り、戦場に立つことはできない。ましてや、自身の伴侶であり刃であった聖騎士をその討滅によって失っているとなれば尚更に。


「君か。なんのようかな?」

「………再三の警告にも耳を貸していただけておりませんようで」

「砂漠の制圧を緩めるべきだ、と?それもこれも君が封王、雷嵐の鷹の撃破だけで終わらせてしまったからだろう。我々神殿及び傘下たる教会は、君のやり残しを代わりに行っているだけの事だ」

「魔物は確かに人々の敵ではありましょう。けれど人が過度に干渉すれば必ずその災いは人に降りかかります。そして、なにより―――なぜ、討滅に向かう兵士に、まるで人と戦うためのごとき装備を持たせているのです?」


強大な魔物に相対するならば、相応の装備が必要だ。

だが、魔物が強ければ強いほどに、人間にしか通用しない惰弱な装備を運ぶ必要はない。事実、雷嵐の鷹を滅ぼすための大遠征において、主軸とされたのは聖騎士と白翼の聖女、そして魔導士部隊と守護を担当する大楯部隊、鷹に実際に一矢報いた大弓部隊と、そして当時はまだ数の少なかった魔術師たちである。

一方この遠征に於いて何度も帝国が採用しているのは、人との戦争を考慮したとしか考えられない通常の弓兵部隊だ。

これが私の知る魔狼の森であったら話は別かもしれない。けれど、砂漠の魔物は固い甲殻を持つものが多く、大弓でなければ戦いの舞台に上がる事すら出来ない魔物ばかりなのである。

誰でも分かる。帝国は戦乱を求めているのだと。

………実はこの時から既に、交流や人の行き来こそないけれど確実に砂漠の向こうには何か大きな国があることを、帝国上層部は掴んでいた。

前述した帝国の威信の低下………女神神話の崩壊を恐れた帝国と、その恐れに擦り寄った神殿精力の癒着がすでにこの時から始まりつつあったのだ。

今代の白翼の聖女はその動きに敏感に気が付き、そして否定した。


「ああ、なんだ。分かるだろう?」

「………そこまでして、帝国が世界の中心であると誇示する必要を感じられません。帝国がどう考えようと世界は周り、信仰は栄え、人は生まれ落ちるのです」

「まったく君は潔癖すぎるな。清濁併せ呑んでこそ人間だろう。聖女と言えど、人の本質は理解してもらいたいものだ」

「人と争い、他者を踏み潰すことが女神さまの教えだとは思いません。例え人の本質が闇であったとしても、女神様は我々に光を求めよとおっしゃるでしょう」

「………下がり給え。白翼の聖女とはいえ、教皇である私に女神の教えを説こうなどとは、恥を知れ」


教皇は乱雑に話を切ると、視線を羊皮紙に落して側近たちに指示を出した。

指示を受けた神官たちは聖女の前に立ちふさがると、無言で扉から出る様に圧をかける。衰えたとはいえ、白翼の聖女の聖なる魔力は健在で、力のない神官程度であれば結界を用いて無力化することも可能だろう。

けれど、聖女はそうはしなかった。それは人を傷つけることに力を使いたくないという意志と―――神殿及び帝国への失望のせいだった。


「………砂漠の国、”ワルダ・サフラ”………征服の準備………聖女を起用?」


あの一瞬の間に教皇が記していた羊皮紙の内容を暗記していた聖女は、そこに描かれていた幾つもの恐ろしい単語に身を震わせる。

蝎虎の記憶によれば当時存在していた聖女は白翼の聖女を含めて五人。

それら聖女の力を用いて様々な方法を使い、三十年以上の時間をかけて砂漠の国を完全に解体、或いは傀儡国家にする―――そんな作戦が事細かに試案され、実行を待っていた。

よろよろと歩きながら、壁に手を当てる聖女が静かに吐き捨てる。


「こんなことなら………こんなことなら、世界なんて、広がるべきではなかった………!!」


もしも砂漠の国が滅んだのならば。その始まりは帝国と砂漠の国を閉ざしていた雷嵐の鷹を撃ち落とした聖女のせいだと。彼女はそう思っていたのだ。

蝎虎が静かに震える聖女の頬を舐める。


「―――ありがとう。大丈夫よ、まだもう一つだけ………やれることはあるもの」


聖女が身に宿す誰よりも強い聖なる魔力。白翼の聖女の証たるそれが衰え始めたということは、彼女自身の寿命が近いということ。それを聖女もまた理解していた。

自身の末路はろくでもないだろう。支配者の権力に敵対する英雄なんて邪魔なだけでしかない。だけど、最期にやるべきことがある、出来ることがある。

たとえ自分が死ぬとしても、その前に。

託さなければならない。未来に、未来を。



そして、蝎虎の記憶はその果てを私に語る。


―――聖女との別れを、私に伝える。






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― 新着の感想 ―
人の欲は深いですね。 本年中も毎回ハラハラしながら読ませて頂きました。 良いお年をお迎えください。 
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