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雷嵐の鷹



風によって浮き上がる砂が肌を裂く。魔力を帯びたそれは雷嵐の鷹の操る魔術であった。

砂と風、そして名の由来たる雷―――その全てを自在とする固有魔術。当時、封王の中でも最強の一角とまで称された雷嵐は水以外の全ての属性を持つ生粋の人食いの化物なのだ。

聖女が腕を上げる。彼女の指先に純白としか表現できない光が生まれて、四方へと拡散、ぐるりと帝国騎士たちを取り囲む。

聖なる魔力の結界だ。容易く肌を裂く砂の刃を堰き止めるその光。それに向けて、空を舞う鷹より雷が振り下ろされる。


「………ッ!!」


一発だけではない。無数に注がれる雷はもはや雨の如く。


「弓、構え!!」

「「構え!!!」」

「撃て!!!!!」

「「撃てェェェェ!!!」」


帝国騎士のうち弓の技量に秀でた者たちが大弓を取り出し、鷹を狙う。

伏魔によって力を増した腕によって引かれるのはその全てが最低でも三人張りの弓………勢いよく放たれた複数の矢は、しかし鷹に届くことなく、風に攫われて削り取られた。

それでも帝国の騎士たちは文字通りの矢継ぎ早にそれを放つ。少なくとも彼らの狙いは正確で、腕の立つ一流の騎士であることは疑いようがなかった。

だが、足りない。封王を斃すにはとてもじゃないが、力が足りない。達人の領域に立っていようとも、彼らは決して英雄ではない。

―――それ(・・)を成すのは、聖女の傍に控える聖騎士だ。


「行って!!」

「ああ!!!」


聖騎士が腰より引き抜いたのは聖女が掲げる光と同じ色をした純白の刀身、即ち聖剣。

華美な装飾など何もない、少しだけ普通のものよりも刀身の長いシンプルなロングソードは、聖女の光に呼応して純白の刃から光を零れだしていた。

鷹が吠える。それは魔物の魂の中に刻まれた根源の怒りと憎悪が故か。

結界の外に飛び出した聖騎士。その動きは、伏魔によって強化された騎士たちとは比べ物にならないほどに速い。

分かる、私にはその仕組みが。あれは、伏魔と同じ技術を聖なる魔力によって成しているのだ。元より魔力よりも命に更に近い聖なる魔力は、肉体を活性させる効果がある。魔物の自己再生とは異なり、放出した魔力で他者を治癒できることがそれを証明している。

じゃあそれを身体の内側に張り巡らせたら―――?

重い鎧だ、足を取られる筈なのに、具足で砂地を踏みしめることでガラスへと変え、足場を生み出す。雷を恐るべき反応速度で切り落とし、風を踏んで(・・・)空を駆ける。

体術は、師匠よりわずかに劣る程の力量か。師匠がおかしいだけで、人間としては恐らくは最高峰の高みに居る。

彼は両手で握った聖剣を鷹へと振りかぶる。

鷹の頭上に青白い雷が生まれた。

知らない記憶が囁く。あれは鷹の持つ最大の攻撃―――雷霆の名を持つ、必殺の技だと。

音よりも早く、正確に撃ちだされた雷霆は聖騎士の頭蓋へと向かう。胴体は聖騎士の鎧に守られているため、狙うとすれば頭が正解だ。

仮に鎧に攻撃が阻まれたとしても、岩を簡単に砕くほどの一撃を喰らえばその中身が無事では済まないのだから。鷹はそれをきちんと理解していた。

人を殺め、喰らうことを本能とする魔物の中でも特に優れた存在は、本能的にどうすれば強い人間を殺せるのかを導き出すだけの知性がある。


「聖女様、我らのことはもう………!」

「彼を、そしてご自身を!貴女は、私たちが必ず守ります!!」


弓を捨てた帝国の騎士たちが聖女に背を向けて取り囲む。

伏魔による身体強化、人によっては魔術を用いての防護を行い、一瞬の逡巡の後うなずいた聖女が、自身と騎士たちを覆う白い結界を解いた。


「護りを―――」


その指先が向かう先は、雷霆と相対する聖騎士だ。

眩い光が聖騎士を包み込み、直後に雷霆が炸裂する………。


「ぐ、あああああ!!!!!」


吠える、吼える。

聖女の守りをすら貫通して、雷霆は聖騎士の顔を灼く。けれど、聖騎士もまた止まらない。

肌が爛れ、瞳が弾けてもなお、剣を振る手を止めない。


「―――癒しを」


更にもう一つ、仄かに太陽の色を帯びた光が聖騎士を包む。

聖女が呟いた通りの癒しの力。聖女を聖女たらしめる、聖なる魔力でのみ実現する人の治療。

みるみるうちに傷は治り、そしてまた再び傷を負う。常人であれば痛みで発狂するであろう程の苦痛を、しかし聖騎士は無表情で受け止めたまま、いよいよその聖剣を振り切った。


「キ………アアアアアアアェエエエエエエエエエ」


鷹の絶叫、聖なる魔力を纏った攻撃は殆どの魔物にとっての天敵だ。

その傷は治りが遅く、苦痛も増す。そして何処を傷つけても魔核へダメージが入る。それは王であっても変わらない。

振り下ろされた聖剣には血飛沫が付かず、発する光が魔物の血を蒸発させた。巨大な翼が片方、砂漠へと落下して―――だが。


「まだ、堕ちないのかッ!!」


聖騎士が砂地に回転して受け身を取りながら着地する。見上げた先には、血を流し、右の翼を失いながらも空の王者のまま地上を睥睨する雷嵐の鷹の姿。

右の翼より滴る血が風によって歪んでいる。あれは魔術による強制的な飛行か。

風の魔術を信じられない精度で操っている。さしもの王の貫禄に、聖女が肌を青ざめさせ、聖騎士の無表情にもひびが入った。

すぐさまに聖女もまた結界を張り直し、一瞬の攻防の間に傷ついた双方が様子見の形をとる。


「本当に、規格外というべきですね。皆さん、また………やれますね?」

「も、ちろんです、聖女様………」


―――嘘だ。

僅か十秒程度聖女が結界を解いただけで、雷嵐の鷹の嵐はその身を以て聖女を守らんとする帝国の最精鋭の騎士たちをズタボロにしていた。

騎士が、立つ。意地だけで立ち上がる。

揺れる視界は、この記憶の持ち主が頭を上げたから。………守り切れなかったからだろう、頭上から血が垂れ落ち、細長い舌がそれを舐めとった。

聖女の左眼には大きな傷が出来ていた。元より直接戦えるような肉体ではないその聖女はただ砂礫が舞うだけで、簡単に肌は裂かれ、視力を失う。

瞬き、首を傾げて、止まらぬ血を舐める。聖女のあかぎれに塗れた指先が、視界の主の頭を撫でた。


「ありがとう、―――。大丈夫、大丈夫よ………これは、私たちの使命であり、宿願だもの。必ず、やり遂げる」

「雷嵐の鷹にとっても深手の筈です、長期戦は出来ない。もう一翼落とせば、あとは魔核を貫いて終わりです」

「………我ら帝国騎士の威信にかけて、その時間を、稼ぎましょう。なに、この身体が物言わぬ肉と血の塊だけになっても、聖女様の命は必ず守ります」

「ああ。頼む」


騎士の鎧は裂かれ、その下からは腸がはみ出していた。

血の匂いすら、砂礫にかき乱されて認識できない。多くの騎士たちがそのレベルの傷を負っている。

聖騎士の顔にも、治癒が間に合わなかったためか傷跡が残っていた。

雷嵐の鷹が再び雷霆を生み出す。砂嵐を構成する風がその強さを増して、砂礫どころか幾つもの大岩が宙に浮く。生物的には魔物である記憶の主の嗅覚にはその大岩もまた、魔術によって構成、維持されているものであると理解できていた。

向かえば死ぬ。愛する主も含めて。記憶の中でそう囁くその声は、あのヤモリの心の声。


それは、いやだ


きっとその時か、ヤモリが蝎虎となった瞬間だったのだ。

運命をその身に宿したのは、この時だったのだ。


聖女が手を振るう。結界が解け、聖騎士が空へと駆ける。

警戒を強めた鷹が浮かぶ大岩を操り、ぶつける。聖剣で切り裂いていくが、振り終わりの隙を雷霆が狙う。


「おお………!!!!」


帝国騎士がもはや使えぬ大矢を投げる。投げ槍の要領で放られたそれは、雷霆と聖騎士の間に入り、ほんの一瞬だけ聖騎士への到達を遅らせた。

笑みを浮かべて騎士が倒れる。その腕を風が千切り、首は血風となって砂に消える。

一瞬を味方につけ、雷霆を裂く聖騎士。その身体は先程よりもさらに強烈な白色を纏っていた。


「我らが祖よ、白翼の女神よ―――今この一瞬に私は命を捧げます。だからどうか、我らの刃に、魔を絶つ力を」


命を捧ぐ祈りの祝詞。

本来生み出される聖なる魔力の量と質を大幅に超越するその力は、文字通り魂と命を削った聖女の奥の手。

そんな聖女の周囲を守る帝国騎士は手にした大楯を砂嵐に削り取られ、その身体を風に切り刻まれ、もはや死に体であった。


どうすればいい


心の中で問いかける蝎虎。


護りたい。守らなければならない。この人を、この人の願いを。


瞳が開く。その瞳は四つあり―――うち二つは、黄金の色彩だった。

宙を泳ぐようにして聖女の頭上に浮かぶ蝎虎。白い鱗を煌かせ、彼女(・・)は始めて人のために、その力を揮った。



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― 新着の感想 ―
ヤモリさん、女の子だったのですね。
お前、メスだったのか
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