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理不尽



支配、鈍化。一つだけでも強大と呼べる魔眼に相対して圧倒できるのは、ジーヴァがまさに規格外だからであろう。

ただでさえ強力無比なジーヴァの鍛え上げられた肉体と技術。それを全て人間的な肉体動作を無視して発揮することが出来る原影の力は、王にすら並ぶと称されている蝎虎を一方的に叩き伏せることが出来るほどのものだった。

とはいえだ、と。ジーヴァは心の中で呟く。

―――これはこれで弱点もあるのだ、と。


「ギャアアシャアアアアアア!!!!!!」

「ふむ」


三つ目の黄金の目が開く。

ジーヴァは体表を構成する闇の温度が異常に上昇することを自覚した。直後、破裂した闇を蒸発させるかのように燃え盛る焔が現れる。

見た場所を発火させる視炎の魔眼だろう。手で払って火を消すと、蝎虎へと腕を向ける。

腕が変形し、山羊頭となった闇がその鋭い角を蝎虎の腹へと突き刺した。

呻く巨大な影が身体を震わせる。黄金の血が飛び散るが………それを掻き消す程の音が響く。

自身の腕に当たる部位を変形させたジーヴァが舌打ちをすると、闇を切り離す。蝎虎の腹の中で爆発したその闇だが、腹部の奥へと突き刺さっていた角の一部以外は蝎虎に対して有効打にはなっていなかった。


「良くもまあ、やるものだ。鱗の一枚一枚をあの水の膜で覆ったと?」

「………お前は、強い。こうでもしなければ、戦いの土俵にすら上がれない」

「さっさと退いてくれれば儂としても楽なのだがなぁ」

「その娘を聖女に戻すまでは―――」

「やめておけ。短い付き合いだが分かる。ラリナ(チビ)は聖女なんてしみったれた器に収まる女ではない」


ジーヴァには分からないことではあるが、この会話の最中でも蝎虎は凄まじい量の魔力を消費していた。元より巨大な図体を覆うに相応しい大きさを持つ鱗の一枚一枚、それを術式そのものが難解にして魔力も馬鹿食いする水膜で守護しているのだ。

本来ならば易々と砕かれるような鱗ではない。けれど、ジーヴァという規格外相手には数多の魔物の盾として機能してきた鱗ですら、万全の守りとは言い難い。

黒山羊の血を持つ半神というのはそれだけの相手であった。

とはいえ蝎虎にそう評されているジーヴァもまた、蝎虎の相手を面倒であると感じていた。

こいつはしぶとい。諦めが悪い。そしていやに頑丈だ………ある意味では、チビにも似ている。第一に弱い相手ではないのだ、長期戦となればまあ、リスクもある。

ジーヴァの本気の形態ともいえるこの原影だが、実は明確にして単純明快な弱点があるのだ。

それはこの原影時にのみ現れる、”黒山羊の心臓”である。魔物の魔核にも似た性質を持つその心臓が、必ず闇の中のどこかにある―――それを穿たれれば、どれほど闇を蓄えていてもジーヴァたち黒山羊の血を引くものは速やかに死に至るのだ。

偽りの肉体の枷より解き放たれ、内部の闇を自在に操れるということは、逆に言えば最も弱い部位を隠せないということでもあるのだ。

………なお、ジーヴァたち黒山羊の一族はこの原影の中の心臓を穿たない限り死ぬことはなく、偽りの肉体が砕けても再び霧散した闇が再集合して肉体を形作る。時間はかかるものの、まさに不滅と言えるだろう。真に殺すにはこの形態を引き出したうえで心臓を貫かなければならない。

そんな一族の中でもとりわけジーヴァは長く生きているため闇の濃度も量も多く、鍛え上げられた肉体と技術が合わさり、心臓を貫くなど容易ではないが、さりとて何が起こるか分からないのが戦いというものである。

どんな相手でも一切の油断がないのが、ジーヴァという完成された戦士であった。


「平行線、か」

「そのようだ………なぁッ!」


話の最中に瞳が開く。四つ目のそれは雪の結晶のような図形を秘めた瞳だった。

大地を蹴ったジーヴァの前方に不可視の壁が生まれる。それは魔力で編まれた壁………結界の魔眼により生み出されたもの。

無表情でそれを肘鉄で砕くジーヴァ。その心臓に蝎虎の口腔から放たれた分厚い槍が襲い掛かる。

水の槍の進路に手の甲を置くと容易く崖を穿つそれを払ってみせる。槍の果たした成果は多少ジーヴァの闇を削った程度だった。


「弱点を知っている訳か」

「伊達に長生きはしていない」

「ハ、儂の前でそれを言うのか」


………ジーヴァの原影のもう一つの倒し方。それは、彼女を構成している影の全てを攻撃によって削りきる事だ。

魔術物理を問わずに攻撃を重ねれば闇は削れる。無論、闇もまた再生はされるものの、短い期間に攻撃を集中させれば、闇は削れやがて心臓の破壊を待たずとも、姿を維持できずに消滅する。そして意識の問題か、急所への攻撃程闇は減り………運がよければ、心臓を壊すことも出来る。

蝎虎はそれを狙ったのだが、ジーヴァの纏う闇は蝎虎が知る中でも最も硬い(・・)

伏魔と壊天を極めたジーヴァの闇は獣の姿の蝎虎ですら冷や汗を吹き出させるほどの理不尽なのだった。

さらに複数展開された結界を全て体術によって破壊していくジーヴァ。

溜まらず蝎虎が開く黄金は五つ目の瞳。

黒い雲のようなフラクタルのそれは瞳を合わせたものに、都合のいい幻覚を見せる夢見の魔眼―――しかし開いた直後、その瞳は黒い爪に引き裂かれた。


「アアアアア!!!!」

「精神の成熟した戦士にそう言った手合いの攻撃は通用せん。一つ学びを得たな」


瞳の一つを裂かれ、直後顎の下を蹴り飛ばされる蝎虎。鱗と水膜の上からの一撃には魔力が宿り………壊天による、文字通りの天すら壊す程の破壊的な一撃だった。

蝎虎の身体がぐらりと揺れる。致命的に血が吐き出される。当然だ、ジーヴァの一撃は蝎虎の魔核を砕いていたのだから。

途切れそうに息を吐く蝎虎とは対照にジーヴァは呼吸を乱していない。冷静に魔力の尽きた蝎虎の首に手を置くと、手刀を構えた。


「よく耐えた。だが終いだ」

「グ………ア………ぁ」


一面に、蝎虎の血が滴っている。よくもまあこれ程の血を流しても尚倒れなかったものだと、ジーヴァは感心する。

魔物とは言え、血を失えば辛いものだ。チビだって出血量が嵩んだ時は倒れそうな顔をしていた。もはや最後の魔眼を開くことも出来ないらしい蝎虎は、命をジーヴァに握られている状況下でも、ただ一心不乱に。

或いは一途に?

ラリナの方を見ていた。


「………我が、主、よ」


何を言おうとしたのか。

けれど、ジーヴァはその魔物の戯言に興味はなく。

その手刀の振り下ろしを止めたのは、今にも死にそうな少女の手だった。






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