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夜の追跡



間違いなくタイミングを計っていた。それは間違いない。

そしてチビ―――ラリナが違和感を口にした瞬間に仕掛けてきた。そのことから、非常に高度な知性と、儂らを監視し続けるだけの手段があると即座に理解した。


「なぜあいつを連れて行ったのかまでは分からんが」


確かにラリナという少女には特異な点がいくつもある。魔物のような特性を持ち、あの年齢では異常ともいえる魔術や戦闘能力がある。そして人の世に上手くなじむことが出来ないであろう非常識性も有している。

これが、あいつを狙ったのが人間のイカれた魔術師であれば納得も出来たかもしれない。だが、今回の相手は数百年に渡り沈黙を保ってきた、蝎虎の谷の主である。

白翼の聖女を連れた一団の前にすら姿を現すことの無かった、姿無き谷の守護者。それがわざわざ姿を現してまで、チビを連れ去った。このことについて、どうしようもなく違和感が残る。


「………儂の知らんことがあるのは間違いないが」


そんなことは理解している。その上で、あいつを傍に置いている。

人としての生き方を授けるなんぞ、高尚な事をしてやるつもりはない。しかし不器用な生き方に多少の効率を教えてやるくらいはしてやるとも。そしてそれはまだまだ道の途中である。

こんなところでいなくなられては困るのだ。

戦闘の跡が残る付近に目を向ける。なかなかに苛烈な攻撃をしていたが、殺意はなかったな。だが儂を遠ざけようとする意思は感じた。チビもまたそれを理解していただろう。

状況の打開のために行った探知、それが裏目に出た。情報を先んじて伝えるべきだったか?


「いいや、駄目だな。恐らくはその時点で仕掛けてきていただろう」


一瞬とはいえ儂も姿を捉えた。蝎虎の谷の主、ヤモリの姿をしているという王に匹敵する魔物の形を。

なによりもあいつの特徴的な()を。

人は魔物を恐れる。その原初の形は、深い闇の彼方よりこちらを見つめる赤い瞳を恐れることから始まったという。赤い瞳が忌み目として忌避される原因であるそれは、人がまだ白い翼の女神の加護を得る前から連綿と続く、捕食者への畏怖という根源の恐怖なのだ。

もっとも五百年程迄からそういった”理由”は人の中より忘れ去られ、今では迷信ばかりが残っているが。年月と魔物への理解が寧ろ根源の恐怖を薄れさせたという例である。

そして当時の人間が何よりも恐れた瞳。

それは、闇の彼方にて陽炎のように複雑に揺らめき、人を魅せて闇の中へと招く、魔の瞳―――魔眼と呼ばれるものであった。

煌々と篝火を掲げ、城壁を築き、鎧をまとい、剣を持って、弓を構えようとも。

その瞳に見られれば、人は戦意を失い、囚われたかのように赤い獣にその命を差し出す。原初の魔術とも、最も古い魔物の特性とも呼ばれる特殊な瞳。

現在に至るまで様々な魔眼を持つ魔物が発見されており、魔眼を持つ魔物が確認された場合、ギルドからは最優先の討伐対象として指定される。かつて帝国の、いや。人類領域の四方を塞いだ封王ですら持つことの少ない能力故だ。

まあ理由はそれだけではないがな。確かに魔眼を持つ魔物を早期に対処しないと、人類が対応したことのないような厄災に繋がるというのもあるのだが、他にも厄介な点がいくつかあるのだ。とはいえ蝎虎との戦いに於いては考える必要のないことなので一旦思考より除外する。


「かつて森と共に生きる長命種がこの谷に足を踏み入れ、真実を得ようとしたが、曖昧な霧の中で捕え損なったそれを………よもや、こんなところで知ることになろうとはな」


少なくとも谷の主は魅了の系統に属する高位の魔眼を有している。果たして魅了かその上かは分からないが。


「ふむ」


そう呟くと、儂は足元に転がっている非常に小さな魔核に手を伸ばした。


「小動物程度の大きさ。鼠、リス、小鳥………その程度か」


儂と魔眼のヤモリの諍いにしては小競り合いといった規模の今の戦闘だが、蝎虎が噴き荒らした魔術や魔眼の余波、儂の振るう拳の膂力を大抵の獣や、小さな魔物は恐れるものだ。

近づいて戦闘の余波に巻き込まれることなどありえない。


「で、あれば」


まったく、いったい幾つの魔眼を持っているのだろうか。

或いは最上の一つを有しているのか?小さな魔物に限定されるとはいえ、その視界や聴覚を共有できるなど魔眼の中でも限られる。

道理で会話の隅々まで聞かれている訳だ。儂らの近くにいる弱き魔物や動物。そいつらの感覚を借りることが出来るというのであれば、理論上あの魔物は谷底の全てを移動せずに認識することが出来る。どれほど討伐隊を向かわせようと、混迷の霧を生み出す魔術や光を屈折させる魔術の組み合わせによって発見は不可能と言い切ってもいいだろう。

チビが視線に気が付いていたのも魔眼を介した視線故だったと想えば納得もいく。気が付く方が異常なのだ。そればかりは蝎虎も想定外だったに違いない。

残った問題は如何にして霧の彼方に消えたチビを追うかだが、まあ―――種が割れれば問題はないだろう。

月が隠れ、暗雲が覆う空を眺める。


「すっかり夜が来た。丁度良い時間だな」


夜の中に小さく歌声が響いていく。囀るように、囁くように。


―――足元より夜が溶けていく。

気配が膨らみ、しかし矛盾するように消えていく。


「可愛い可愛い弟子のためだ。少しばかり本気を出してやろう」


夜より深く、闇よりも濃い影が身体より零れ落ちていく。

蝎虎よ。儂を撒けたと思うか。儂の瞳より逃れられたと思うか?

まさかそんな訳があるまい。どれほどの大地を霧が覆おうとも、世界の半分は太陽が落した影に睨まれているのだから。


「さあ。お前が、誰の弟子を攫ったのか思い知らせてやろう」


大気が揺らめく。霧の中に黒が混じる。

解ける輪郭、影の中より夜が滲む―――そして、脈動。


世界が不気味さを感じ取ったか、夜だというのに谷底の森に眠る鳥たちが一斉に飛び立った。


「………原影」


そう、言葉が一つ残っただけ。

黒い肌の冒険者の姿はどこにもなく、代わりに空には逃げ出した鳥の羽が舞う。

あとはもはや、どこまでも広がっていく夜の気配がしんしんと降り積もるばかりだった。









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師匠、人から姿を変え、愛弟子を匿ったものへの追跡開始。
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