この世界の魔物とは
「魔、物。この世界に蔓延っている、魔なる怪物たち」
私を非常食として扱っているあの狐の魔物や、声の主が手に入れた肉体である、死体を操る魔物。
この世界にあまねく広がる、人類の天敵。全ての魔物は瞳を赤く輝かせている。森で私が刑を執行されたときに、森の奥から眺めていた数々の視線は全て、魔物なのだ。
………彼ら魔物は非常に厄介な性質を持っている。
魔物は体表に必ず魔核と呼ばれる宝石の様な部位を持っている。これの存在こそが魔物を魔物たらしめているものであり、魔核は高濃度の魔力の結晶である、と言われている。
そんな特殊な部位をもつ魔物は例え心臓を穿たれ、脳を潰されたとしてもこの魔核がある限り、時間をかけて肉体を再生させる。そして、逆に魔核だけを破壊したとしても同じように大気中の魔力を吸収することで魔核は再生する。
魔物を倒すには、生体的な破壊と魔核の破壊、双方を短時間の間に行わなければならない。これこそが魔物が厄介で、この大陸にあまねく広がる理由という訳だ。ようは魔物は兎に角しぶといのである。
そして、魔物は魔物となったその瞬間に、老衰という概念から解き放たれる。肉体は全盛期のそれを維持し、更に強くなるための成長を続ける。
蜥蜴が龍となり、馬がグリフォンとなり―――幻想生物の形をとる魔物は、長い時をかけて人や動物、更には他の魔物を喰らって、成長を続けた果ての存在だと言われている。
龍種ともなれば深い知性を宿していることも珍しくはなく、人と対話が可能な魔物もいる。まあ、そこまで行けば魔物というよりは精霊とか神に近い存在だろう。女神を信奉している神殿やアルボルム帝国の連中は認めないだろうが。
「こいつらには、ない」
魔物は本能的に自身の弱点を分かっているのだろうか?
あの狐の魔物がため込んだと思われる魔物の死体はきちんと殺され、更には魔核も砕かれているので、本当の意味での死体になっている。
誰かに教わったわけでもないだろうから、多分魔物の本能なのだと思われる。
「んべぇ………」
不味いし腐ったような血の匂いで噎せ返りそうになるが、それでも喉を動かして無理やり魔物の肉を飲み干す。
こうして知識に没頭するのは丁度いいかもしれないな。味に意識を向けなくて済む。小骨をペッと吐き出しつつ、私は再び知識を開いた。
「魔物の発生には、二種類ある」
この世界にどうやって魔物が現れるのか、という知識だ。
先程も言った通り、この世界の大気には魔力が満ちている。そして場所によってはガスだまりのように、魔力が濃くなる場所が存在する。
便宜上、魔力だまりと名付けよう。その魔力だまりに人間以外の生物が長時間接触していると、その生物は魔物へと変容するのだ。
これが一つ目、第一世代と呼ばれる魔物である。大気の魔力によって生み出される最初の魔物たちだ。
………生物と言ったが、声の主の本体である植物のように、草木でも魔物となる可能性を有し、更に言えば岩といった明らかに生物ではないものも何故か魔物に変容することもある。
第一世代型の魔物の強さは元になった生物や触れた魔力だまりの規模に応じて様々だ。そしてそういった魔物は生物だったころの習性を再現することが多い。
私をここに連れてきたあの狐の魔物は恐らく第一世代だろう。
荒い岩肌が露出した洞窟の中に巣を作るのは、強者として縄張りを持つ魔物ではなく常に狩られることを警戒する動物のそれである。
「そして、もう一つが」
世代交代型の魔物。
魔核が生じ、魔物となっても生物としての生殖機能が失われるわけではない。とはいっても、魔物にとって動物はただの捕食対象であり、なんなら同じ魔物同士ですら喰らい合うため、条件は厳しい。
だが、たまたま同種、近縁種の生物が魔物へと変じ、その魔物同士が出会った場合、喰いあわずに番となる事がある。
そうして魔物同士から生まれた子供は、当然の如く魔物である、という訳だ。
条件は厳しいとは言っても、魔物には寿命がない。生きてさえいればいつか、魔物は番と出会い、子を産み、そしてその子もまた寿命という概念を持たない。世代交代型の魔物は、この大陸に広がり続けていく。
成程、道理で存在するだけで魔物を弱らせるという白翼の聖女がもてはやされる訳である。死ね。
「ふん………」
聖女、気に入らない称号だ。頭の片隅にすら置いておくのが嫌なので、別の事を考えて塗り潰すことにした。
魔物という単語から連想される言葉として、魔族というものがある。だが、この世界にはそんな言葉は存在しない。
亜人種とも呼ばれるエルフや獣人は確かにいる。だが、魔物の上に立つような、人間と同じような文化圏を持つが、魔物側にいるといった生命はいないのである。第一、人間は唯一、魔力だまりにいても魔物に変質することがない生物だし。魔力への適正によっては体調が悪くなったりすることもあるようだけど。
魔物はそういうものではないのだ。あれらは全てを喰らいつくす、牙を持った疫病のような存在なのだから。それでも、先程述べたように知性を持たないという訳でも、人と共存を一切しないという訳でもないけど。そもそもモノによっては人間よりも高い知性を得ている奴もいるし。ただし、どこまで行っても魔物は文明を築かない。
「いや。一体、いるか」
いるというよりも、今先程生まれたというべきか?
声の主の生態は知識によって定義される魔族に近しいだろう。あのゴミ女が、この世界に初めて生まれた魔族という訳だ。殺す。
「………なんだ?」
魔物の肉を食い散らかしていると、不思議な事に気が付いた。
剣を刺された腕の傷が、先程までよりも明らかに塞がっている。それだけじゃない、血を垂れ流し続けていた両足も、流れていく血液の量が減っているように感じた。
なぜ、と考えてすぐに思い至る。魔力だ、完全な死体とは言え魔物には魔力が残留している。
魔力は人間や魔物が操る不可思議な力であり、生命的なエネルギーであるとも言われているらしい。実際にはどうなのか知らないし興味もないが、魔力を多く持つ強力な魔物の方が肉体の再生や魔核の再生成が速くなることは確かである。
ならば、魔力をより摂取すれば―――?
「駄目。ここにある死骸じゃ、全然足りない」
すぐにかぶりを振って否定する。
あくまでも冬季の非常食だ。しかも当の本人………本狐?は魔物と化してるため、そもそもの話として別に非常食をストックしておく必要なんてない。だから、ここにある非常食の類は最低限の量しかない筈。これらはあくまでも動物だったころの本能に引き摺られて行っている行為でしかないのである。
しかし、だ。かといってこの身体では、洞窟の中から逃げ出して小型の魔物を殺すことすら難しい。
両足の流血が収まったところで………私に足が無いことには、変わりがないのだから。
でも魔力というのは、良いアイデアだ。少なくとも無策で魔物に挑むよりは遥かにマシだと思う。ということで、あの狐の魔物の非常食を、同じ非常食である筈の私がありがたく食わせてもらいながら、一つ思いついた一手のために刃を磨く。
鋭く強烈な、憎悪という刃を、丁寧に丁寧に作り上げるのだ。
「強くなる。生きるために、復讐するために」
魔物も人も問わずねじ伏せられるだけの力を、必ず手に入れて、あの声の主を………クソアマをぶち殺す。
口にしていた魔物の死骸の骨をかみ砕いて、私は洞窟の外に視線を向けた。
昏い洞窟の中に差し込む、一筋の光。私の磨き上げられた憎悪で、必ずその光の下に再び現れて、ふざけた運命を壊してやる。
邪魔をするのなら―――全て殺して、壊して、潰してやるのだ。人だろうが魔物だろうが、そして女神だろうが。