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知識を得る。その一、冒険者について


プラトゥムの村を出た私たちは、帝国の東に向けて旅をする………と。師匠から説明を受けた。

季節は真夏に差し掛かるが、今いるネストリウス公爵領は帝国の北部にある事から夏でもそこまで気温は上がらないそうだ。事実、真夏の昼間に歩いている筈なのに対して暑さを感じることはなかった。

………私は寒さにも暑さにも強い性質ではあるから、私の感覚だとそこまで当てにはならない気もするけど。

それに、と公爵領に相対するように存在する大樹の森に視線を向ける。魔狼の森はその殆どが冷気を漂わせる分厚い氷に覆われている。あれがある限り、この公爵領に夏は来ないのではないかと思わせるほどの魔術だ。


「ふむ。実のところ、今年は冬も厳しくはなかった。下手をすれば大陸の最北端の国であるアルボルム帝国のこの周辺は、雪で囲まれて身動きが取れなくなることもあるんだがな。今年はそんなこともなく、穏やかだった」


冬の入りに私はここに捨てられた。何度か雪を見ているし、寒さを感じてもいたけれど、確かに凍死するレベルではなかったような気がする。

まあレインと出会ってからは彼女の泉の中に居る事も多かったので、過度に気温の変化を感じることは少なかったけど。あの泉はどの季節も水温が一定だったのだ。

冬場は多少暖かく、そして夏場は冷たく肌を滑っていく気持ちの良い泉。それはレインがきちんと管理していたからだろう―――ところで。


「馬車とか、馬とかは借りないの?」

「儂らが向かう場所には辻馬車は通っていない。そして馬を使うには道中が危険だ。馬は魔物にとってもご馳走だからな」


厳密に言えば私たちは大丈夫だけど、馬が襲われて傷つき、結局死んでしまうことも多いってことらしい。

そして馬がいることを前提にした荷物の量だと、馬が潰れた時点で大部分の荷物を置いていくことになってしまう。たしかにそう聞くと、冒険者が殆ど徒歩で移動している理由も納得がいく。

更に言えば隊商を護衛する任務に冒険者が駆り出される訳も。

商人が品物を運ぶには馬力が必須だ。馬という財産と商人自身を守るという仕事は難易度が高い。ましてや、襲ってくるのは魔物だけとは限らないのだから。


「向かう先は北東、アンジェリコ伯爵が治める土地だ。長い旅になるぞ」

「そうなんだ」


師匠の言葉に頷きながら顔を上げれば、世界が広がっていく感触がする。

右を向けば遠くに砦の街、ネスティリーが。左には魔狼の森が。その間の広い平原には、相変わらず丈の短い草が生えそろっている。

良く晴れた空の下、青々とした緑が風に揺れてその生命の息吹を私に香りとして知らせる。風に混ざる僅かな土の匂いと草の香は、私にとっては慣れ親しんだものだった。エウラリアとしても、ラリナとしても、である。

丘陵地帯を行く私たちの足元には踏みしめられて硬くなった地面が見える。舗装などはされていない、土の道だ。


「確かに、この地面じゃどちらにしても馬車では進めなさそうだね」

「そうとも。雨が降るたびに地面に車輪を取られて立往生だ。それに最終的には、儂らであれば走った方が早い」


身も蓋も無いが、それは事実だった。

人目を気にしなければ私たちは馬よりも早く駆けることはできるし、長く走り続けることも出来るだろう。

実際プラトゥムの村から少しの間は私たちは距離をとるために駆け足で駆け抜けてきた。師匠曰く、「あのまま村の周辺に居てはギルドの他の職員に掴まりかねん!」とのこと。

ネストリウス公爵領、というか北部にあるギルドは、師匠の力を当てにしていることが多いようだ。ヘカトンケイルを余裕で倒せる実力があるというのならば確かに、頼りたくなる気持ちもわかるけど。

黒髪を風に揺らす長身の黒い冒険者。牧歌的な空気の中で、その高い背中に問いかける。


「師匠。もしかしてずっと何もない道を歩き続けるの。アンジェリコ、伯爵のところまで?」

「まさか。ネストリウス公爵領には村や街は多いぞ?まあこの周辺は魔狼の森だからな、基本的に貧しいものが押し込められる開拓村ばかりだし、そこを通る商人も少ない」


だが、と師匠は続けた。


「さらに進めば魔狼の森も途切れて、ただの森になる。それに伴って普通の農村も増えていく―――魔狼の森はそれほどに危険という事だ。この道だって、あの氷で閉ざされていなければ、当たり前のように魔物が飛び出してくる」


私が喰らった狐の魔物の牙や爪に着いていた血液はもしかしたら、この道を通っていた冒険者や商人のものだったのかもしれない。

今となっては真実を知ることはできないけど。


「儂らはネストリウス公爵領の外縁を進み、小さな村や宿場街を経由してアンジェリコ伯爵領に向かう」

「じゃあ、基本は野宿なんだ」

「冒険者は旅をするものだからな。野宿が基本だ、慣れておけ………と、普通なら言い含めるが、まあチビには言う必要のないことだよなぁ」


正直意識を取り戻してからはもう野宿の経験の方が多い。森の中で暮らしていたのだから当たり前だ。

食べるものも頓着しないし寝る場所も問わない。警戒のために起きていることも出来る。師匠曰く、それは赤色階級の冒険者が持つような技能ではないそうだけど、私が生きるためには身につけざるを得ない能力だったので、仕方ないことだろう。


「折角だ、歩きながら冒険者や魔物についてもう少しだけ、きちんと教えてやろう。お前は詳しくはないようだからな」

「うん。お願いします」


まだまだ太陽は高く、知識を得るにはこういった時間があるときこそが望ましい。

何度も言う様に知識は経験と同じく重要な力である。知っているか知らないかが明暗を分けることは多い。記憶だけあってもそれを知識として昇華しきれていない私にとっては、なんであれ知る機会が与えられるというだけで幸運である。

………ついでに声の主が残したこの記憶とこの世界の情報をすり合わせるチャンスでもあるので、しっかりと意識を集中させた。


「冒険者というものは大きく分けて二種類いる。一つは儂のように特定の街やギルド支部に定住せずに旅を続ける者だ。とはいえ、儂にとっての定住は百年以上になるから、定命のものからすれば旅の冒険者である儂を定住していると勘違いすることも多い。実際、フォルストの小僧なんかは儂が北部が本拠と勘違いしているようだしな」


いや………あれは都合よく使っているだけか?とぼやく師匠の横顔につい浮かんだ疑問を投げかける。


「今更だけど師匠って何歳なの?」

「数百を超えてから数えていないさ。儂の話は良い、続けるぞ」


亜人と呼ばれる人たちが長寿であることは知ってるけど、数百を超えてその若さってことは師匠の種族は古代のエルフに匹敵するほどの寿命を持っているってことになる。

私が持つ記憶にすら、その名が記されていない種とは一体、いや。

師匠は師匠だから、別に今無理をして考える必要はないか。いずれ聞けばいいし、それに他の事に頭を回すべきだと思う。


「もう一つは、街やギルドといった特定のエリアを縄張りとして、その場所に住みながら依頼を熟す冒険者だ。実際のところ冒険者というものはこちらが多い。無論、依頼を受けて解決する以上は旅には出るが、それでも帰る場所がきちんと決まっているという訳だな」


まあ家があった方が色々と安心だろう。拠点は大事だ、生きるためにも。

装備を整えたりするにも拠点として街に住んでいたほうが何かとやりやすいと思うので、冒険者の殆どが後者だというのには納得する。

根無し草として旅から旅にという方が稀なのは、それはそうだろうなという感想だけしか出ない。そもそも単純に危険だよね。


「そして赤色や橙のような下級の冒険者は、まずはどこぞのギルドがある街に拠点を構えた上で、難易度の低い依頼から熟し、冒険者という生き方に慣れるのが基本だな」

「………薬草の採集とか?」

「そうだ。他にはゴブリン退治などもあるな。まあ、ゴブリンのような下級の魔物は魔狼の森では生きられん。この辺りではまず目にすることはないがな」


メルクーリがそれについては言っていた。逆に駆逐されるとかなんとか。

つまるところ、ゴブリン以上に強い魔物があまりにも多いせいで群れを作る下級の魔物は簡単に餌にされてしまうのだろう。魔狼の森の魔物からすれば、ゴブリンが営巣するのと人間が野宿するのと、大して変わらないのだと思う。


「だがネスティリーのように難易度の低い任務が基本的に存在しない場所もある。そう言う場所では、赤色階級の冒険者は高位の冒険者の一党に入り、経験を積む」

「私と師匠みたいな感じ?」

「近しいな。儂とお前の関係は実のところやや違うが」


師匠から面倒を見られている自覚はあるけど。


「不思議そうな顔だな。儂がチビに教えているのは冒険者のいろはではなく、人としての生き方だ。だから、全く意味合いは異なる」

「人としての………」


獣であれと叫ぶ本能からすれば、人の生き方なんてとも思う。

でも知るべきだ。声の主は必ず人間の世界の中に居る筈。人の世に馴染めなければ、その喉元を食いちぎることは永遠に出来ない。


「やがて階級が上がり、黄色階級程度になればようやく冒険者としては見習いを終えて一人前だ。ルーキーであることに変わりはないが。ちなみに階級の上昇には依頼をどれだけ成功させたかの他、素行やパーティーを組んでいる場合はそこで果たしている役割なども重要視される。最後には面談によって昇格できるかどうかが分かれるぞ」

「面談あるんだ。私は駄目そう」


忌み目は嫌われるらしいから。メルクーリが特殊な例だって言うことは私にだってわかる。

お人好しって師匠は言っていた。私もそう思う。そこが、あの人のいい所だけど。


「は、駄目なものかよ」


振り返って、鋭く尖った歯を見せて笑う師匠。

ああ、この人の歯って獣みたいなんだ。そんなことを頭の片隅で思った。


「実力で黙らせればいい。それだけさ」


―――師匠はずっとそうしてきたんだろう。師匠のような姿をした人を、私は他に知らない。記憶の中ですら見覚えがない。

私と同じか、それ以上に人の世からは受け入れられにくい筈なのに、メルクーリが師匠を見る目には確かに憧れが混じっていた。

それだけ多くの不条理を実力で黙らせてきたのだと思う。強い生き方だ………私も、そんな風に生きられるだろうか。

いや。生きるんだ。強く、美しい獣へと至れるように。

まだまだ師匠の話は続く。一歩だけ、もう少しだけ師匠の近くに寄って、話の続きをせがんだ。



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