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大人たちの内緒話 *ジーヴァ視点*



「先に外に出てろ、弟子(チビ)。儂はちょっとばかり、メルクーリと大人の話をしないとならんのでな」

「………分かった」

「くれぐれも喧嘩を買うなよ。売りもするなよ」

「うん。師匠の言うことは従う」


そういうと長い白髪を三つ編みにした、忌み目の少女は応接間の扉を潜って表に出ていく。

一瞬だけ外の喧騒が生暖かい空気と共に流れ込み、すぐに消え失せた。ギルドの応接間には温度を一定に保つ魔道具が使用されている。だから実は受付とは気温が違うのだ。特に今は夏なので、その差が顕著に表れるのだが、あの娘はそういった気温の変化について特に意識をすることはなかったように見えた。

本当に変なチビだ、まったく。

そんな変わった餓鬼が外に出ていったことを確認した後に、儂は改めてソファーに身を預けた。


「素直ではあるんだがな」

「そうですね………」


苦笑するメルクーリ。一目見たその瞬間に、恐らくはこいつも儂と同じような感想を得たのだろう。

とにかく、ラリナという人間は異質だった。儂の眼には、あいつは人に慣れていない―――いや。人の()に慣れていない傷だらけの子猫のように見える。

机の上に置かれたままの赤と黒の楕円形の魔核に視線を向けつつ、話を続けた。


「フォルストの小僧に伝えておけ。魔狼の森は、魔狼によって完全に封鎖された………魔狼の魔術、”永遠なる死氷”だ。あの氷を解かすには、帝国一の魔術師軍団を毎日働かせても、一年はかかるだろう」

「帝国魔術師団を総動員でも、ですか」


静かに紅茶を口に含むメルクーリが嘆息する。

儂はその言葉に頷いた。


「ネストリウス公爵は甘く見たようだが、魔狼は前回降臨した白翼の聖女の討滅を押し返した猛者だ。功績稼ぎで攻略できるような場所ではない。ま、氷は放っておけば自然に溶解するだろう。四年程度はかかるだろうがな」


そもそも西の豊かな諸島を縄張りとするあの海蛇と違って、魔狼はその力の強さとは裏腹に、比較的温厚な類なのだ。

多少人間が自身の縄張りである、あの巨木の森に侵入しても多めに見てくれる。もちろん、生息している魔物に殺される分には関与しない。それは自然淘汰の形だからだ。

逆に人や魔物が過度に干渉しようとした場合は、今回のように魔狼の森に通じる入り口、その全て(・・)をその氷で塞いでしまうこともある。


「ネストリウス公爵領に接する魔狼の森に通じる入り口は、その全てが死の冷気を振りまく氷に閉ざされた。近づくだけで凍り付き、身体が壊死する魔狼の氷だ」

「侵入する手段はあるのでしょうか」

「高空からなら行けるが、補給が繋がらん。あとは公爵領の外、小さな領地から未開拓の他の森を通って魔狼の森に入るルートだが、こちらも実用的とは言い難いな。なにせ、開拓が進んでいない以上、公爵領の騎士や冒険者を向かわせるだけの道も物資もない」


そもそも如何に皇族に忠誠を誓う(ともがら)の貴族家とはいえ、他の貴族の領地を騎士団が横断すれば内政干渉を誹りを退けることはできない。

聖女降臨に際して功績を稼ぎたいネストリウス公爵からすれば、そのような行動は起こすに起こせないだろう。

魔狼の森の攻勢、攻略の失敗が既に知れ渡っている以上、功績どころかただの失態として伝わることは間違いない。だからこそだ、魔物の王に相対する癖に利権に貪欲な北の公爵家は、その責任を他になすりつけようとするだろう。

………フォルストの小僧はその辺り、巧くやったようだ。言質を取った上で冒険者は最低限の動員を行い、そして騎士団が失敗した後の尻拭いを率先して行うことで、冒険者ギルドへの風評被害を最低限とした。儂もそれに駆り出されたわけだが、まあ今は目を瞑ってやろう。

一番責任を押し付けやすい冒険者ギルド。それを、攻勢を正当化し、手柄を横取りするための最初の手段として用いたネストリウス公爵は、この失敗の責を冒険者ギルドに押し付けることが出来なくなった。ならば次はどうするか。

騎士団への責任はその雇い主である自身の責任となるために、選択には入らない。神殿や教会に関しては、手に入れたいものが白翼の聖女である以上、責任追及の相手になんて出来る訳がない。

じゃあ、一番押し付けやすいのは?

―――答えは、開拓村の民と、元より迫害される傾向にある忌み目の人間だ。その迫害の心証がどうなるかに関わらず、災いの原因は彼らのせいだと声高々に叫ぶだろうな。


「この先暫くは、帝国北部は荒れるぞ。食物を産んでいた開拓村も殆どが崩壊し、公爵は開拓村の民とそこから冒険者になったものを厭うだろう。四年の間は儂が倒したヘカトンケイルのような最上位の魔物でもない限りは氷を破って外に出てくることはないが、その分氷の内側で魔物は共食いを重ねて強くなっていく」

「魔物は強くなり、そして北部周辺は食物関連の物価の高騰や、冒険者離れが加速する、と………?」

「間違いなく、な。それに伴い、破落戸や野盗、盗賊が幅を利かせるようにもなるだろう。今のうちに気を引き締めておけ」


きっと冒険者くずれも多くなる。今まで出ていた魔物被害の代わりに、人による被害が増えるのだ。世が荒れれば人の心も荒れるというのは、当然の摂理である。そしてそれが終わった後には再び強さを増した魔物の被害に悩むこととなる。

現状を甘く見た代償としては軽い部類だろうが、それで割を食うのは弱い人間たちだ。砦の街ネスティリーでは関係ないと嘲笑うのかもしれないが、もしも魔狼が本気を出したのならば、今の平和ボケしたあの砦の街は一瞬で陥落するだろう。

やれやれ、西のアルトリウス公を多少は見習ってほしいものだ。

そこまで話を続けると、メルクーリがいよいよ姿勢を崩してソファーに横向きに倒れる。うーあーと呻く口からは、その魂が抜けているかのようだった。


「女神様ぁ………私、なにか悪いことしましたかね………なんでこんな問題ばかり起こるんでしょう」

「どこでも問題は起こるものさ。例え聖女が現れても、そこは変わらん」


今代の白翼の聖女は一体どんな人間なのか。興味が無いと言えば嘘になるが、儂の今の関心はもっぱらあのラリナという少女にあった。


「ともかく、北部の混乱を避けるためにジーヴァ様とラリナちゃんはネストリウス公爵領を離れる、と」

「そのつもりだ。すぐに旅立つのでな。故にそのまま金貨を渡してほしいということさ」

「………忌み目、ですものね。ところで何処へ向かうのでしょうか?」


ソファーから立ち上がり、ガラス机とは別の応接間の事務机の引き出しを開きつつ、メルクーリがそう尋ねた。

僅かに鳴る硬質な音は硬貨のそれだ。手際よく袋の中にそれを収めると、彼女は儂へとそれを差し出す。

受け取って中身を確認する。金貨十枚、確かに受け取った。その中から二枚を取り出すと、ガラス机に置きつつ、メルクーリの質問に答えた。


「東の方にな。正確に言えば帝国の北東方面だ。あのあたりの山脈には邪龍が住み着いたと風の噂で聞いてな。冒険者の働きを教えるには丁度良い旅路だ」

「ああ、北部支部にも依頼が来てますよ?帝国の北東部は山間地帯ですものね、龍型の魔物の討伐に騎士団を送るのも難しいとか………ええと、ジーヴァ様。これは?」


二枚の金貨を困惑するように見遣るメルクーリ。本当に善良というかなんというか。


「お前、あのチビに渡した服、実費でまかなうつもりだろう?」

「あう………そんな対した金額じゃないですから。ギルドの支給品を私の給金で保管するだけですし、お金の使い道も今のところあまりないですし」

「嘘を吐くな、嘘を。魔狼の森の魔物の革を使った防具など安いものではない。それと替えの下着も手配するつもりだな?………過保護というかなんというか」

「だってぇ!ラリナちゃん放っておけないといいますか………」

「弟子の道具の補給は師匠の仕事だ。その金貨はその分の代金さ。さっきのポーションと同じようにな」

「………あ。あれってそういうことだったんですね!」

「あのなぁ。儂は無償でポーションを恵んでやるほどお人好しではないぞ?」


甘い考えで冒険者は務まらない。紫色階級にまで到達するような人間はそれを弁えている。

それに対してメルクーリは特別、人が好過ぎるのだろうな。それ故にいろいろと無茶ぶりをされがちだ。儂が北部に訪れた時は大抵、メルクーリが窓口となってやり取りをする時点でフォルストの小僧にこき使われているのが分かる。

あの小僧も一旦、頬を殴り飛ばしておいた方が良いだろうか。


「あの、ジーヴァ様。これ、ラリナちゃんの下着です。あと替えのお洋服とかも、買って頂けると!」

「分かった分かった、まったく………」


―――まあ、あのチビにはこういう人間の好意というものも大事だろう。

ソファーの背もたれに肘を当てて、頬杖を着きながらそう考える。

傷だらけの、幼い獣。好意に臆病で、人を頼ることにどこか怯えている様にも見えた。あれは自身の事を十二歳と言っていたが、その実精神の年齢はもっと子供ではないか?


「なあ、メルクーリ。あのチビ、どう思う?」

「可愛いと思います。それに、綺麗になるとも、ただ………」


応接間の外へと視線を向けるメルクーリ。その向こうに居るであろうチビを想像しているのだろう。


「とても、危ういです。人の思いどころか、善悪の価値観すら理解していない子供の用で」

「………そうだな。まあ、あいつにとってはそもそも人間の善悪自体がどうでもいいのかもしれないが、それでも」


人の世で生きるのであれば、人の価値観を知っておく必要がある。基本は荒くれものの破落戸である冒険者という職に就くのだとしても、それは重要な事だ。

儂自身、普通の人の生き方はしていない。だが、あのチビ程、異質ではない自覚はある。

いずれあの少女がどのように羽化していくかは分からないが、今のままでは下手をすれば人類の天敵になりうる可能性も、決してゼロではないと―――儂の直感が叫んでいた。


「導いてあげてください、”黒天”のジーヴァ様」

「そんな柄ではないさ。だが、暫くは見守ってやろう。大人らしく、な」


まだまだ小さな娘よ。幼くとも美しい獣よ。果たしてお前は、どう歩む?

メルクーリに差し出された、あのチビのための赤色階級を示す冒険者証。それに視線を落としつつ、そう心の中で問いかけた。






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