北部ギルド”プラトゥム”支部受付嬢の憂鬱
なんか変な女の子が来たなぁ………それが、私の一番最初の感想だった。
泥だらけのマフラーに血塗れの服。足にはブーツのような変な具足を纏っていて、武器はない。
顔はとても整っていてそこから伸びる髪はくるぶしくらいまでで、まるでお貴族様かと思うほどに長いが、不思議なことに色素が抜け落ちたような白色だった。服の上からでも分かるほどその少女は小さく、そしてものすごく細い。
小柄なので正確な年齢は分からないが、十歳から十二歳程度………だとしても、だ。やはり年齢に対すれば不釣り合いなくらいに細い。というか、ぶっちゃけると身体つきが薄い。あまりにも、薄い。
アルボルム帝国、というより女神信仰のある帝国とその周辺国家では成人年齢は男女ともに十六歳と定められているので、下手をすれば十歳程度のこの少女は親の庇護下にあるべきだが―――。
だがしかし。庇護下にないのもさもありなんというべきだろうか、その少女は――紅い赤い忌み目であった。
「冒険者になりたい。どうすればいい」
………冷静で静かな声だった。子供らしい声の中に、奇妙な成熟さと美しさが混じったような不思議な声だ。
紅い忌み目となれば親に捨てられることも多いと聞くけど、彼女もまたそうなのだろうか?
そもそも現在、ネストリウス公爵によって主導された魔狼の森への攻勢の失敗、そこから繋がる魔物からの反撃によって数百年に渡り公爵領の外縁に細々と作り上げてきた開拓村―――人類の領域が大幅に後退している。
その混乱によって多くの村民が死亡し、未だ魔物はうろつき回っている。
冒険者たちはその対応に追われているのが現状なのだ。この女の子以外にも、こうして冒険者ギルドの受付までやってくる子供は数えるのが億劫なほどにいる。
「(とはいえ、大体はまあ、お帰り頂くんですけどね)」
冒険者というのは確かに子供でもなれる。しかし下位の階級であればそこらの破落戸と変わらない蛮人というのが帝国や周辺国家からの冒険者の扱いだ。冒険者がきちんとした身分として認められるのは最低でも黄色階級以降。
そして子供が冒険者になったところで才能とか特別な力がなければ赤色階級のまま、下級の魔物に殺されて死ぬし、最悪の場合他の破落戸のような下位階級の冒険者に騙しすかされて囮に使われたり………この女の子のように見た目が良い子供は人身売買されたりもする。
冒険者ギルドが人身売買に加担しているなんて思われれば、千年以上の時間をかけて築いてきたギルドへの信用が崩れてしまうため、あまりにも小さい子供が冒険者になる事は少なくともこの冒険者ギルト北部支部周辺ではお断りしているのだ。
………いくら忌み目っていっても、流石に売られるなんて可哀そうだわ。
「ええっとね、お嬢ちゃん?あなた、両親は?」
こういった場合はどうすればいいかしら。そうね、まずはお話を聞くところからにしましょう………ということで少しでも情報を得ようと、私は受付カウンターから出ると女の子に目線を合わせて、語り掛けた。
目線を合わせればよりはっきりとわかる。彼女は忌み目、魔物と同じ色を持つ災いの瞳だ。
あれ?でもこの子、右と左で若干だけど、色が違う。左の方が薄くて明るい。右目は、深い赤色だ。
帝国の神話では紅い瞳は凶兆であり、その魂が魔物に囚われたものがその目を持って生まれてくるという。女神さまや聖女様がおわすこの世界においてはそう言う可能性もあるとは思うけど、それでも紅い瞳の人間の全てが悪い人という訳ではない。
私だって、冒険者ギルドの受付嬢をやって六年くらいたっている。馴染みの冒険者で忌み目と呼ばれた人も居たのだ。いや、もう既に亡くなってしまっているけど―――それはともかく。
ただ忌み目の子は親に捨てられることがかなり多くて、その結果として冒険者ギルドに辿り着くことがある。
最終的にここですら受け入れられなかった子供は、最下層の娼館で身体どころかありとあらゆる尊厳を切り売りすることになったり、盗賊団や暗殺集団に属することになったりで、冒険者ギルドにその討伐依頼が出されたりもする。この子がどう生きることになるのか、その瀬戸際で船頭となっているのがもしかしたら私なのかもしれない。
………額から一筋汗が出てくるのが分かった。私、こういうの苦手なんだけど?!
なんで最近、こういう変なことに巻き込まれるのかなぁ。ネストリウス公爵をフォルスト支部長の元まで案内する仕事も私に回ってきたし、その後このプラトゥム村のギルド支部に異動したと思ったら魔物の反抗でたくさんの犠牲が出ていろんな開拓村から避難してきた人とか、冒険者志望の子供たちとかに囲まれるしぃ………ああ、女神様!私、なにか悪いことしましたでしょうか!
「捨てられた」
脳内で女神さまに祈っていると、目の前の少女が淡々と返答する。
「そ、そうなの………えっと、他に家族はいるのかなー?ほら、頼れる人とか………ね?」
「死んだ。ううん、殺された」
「あ………そ、そっかぁ」
会話が止まる。なるほど庇護者なしと来ましたか、きっとお金とかもないだろうなぁこの子。
冒険者という職業には確かに夢がある、と言われている。私は絶対なりたくないけど、でも確かに大きな野望を叶える事は出来るだろう。
強力な魔物を倒せれば名誉が手に入るし、危険な迷宮を踏破すれば金銀財宝も思いのまま。一攫千金は夢じゃない。そういった夢を抱いて冒険者ギルドの門を叩く人たちは、居る。
それなら良いのだ。未来に向かって冒険者になる人であれば、向上心を持って前に進むし他の冒険者とも協力できる。なにより死なないように立ち回れる―――駄目なときは、駄目だけど。
でも金に困ってとか後ろ暗い理由でギルドにやってくる人たちはどこまで行っても破落戸から変わることはない。
そして今の大混乱の中では、殆どが後ろ暗い理由の人間ばかりだ。だから断っている。これは実は先程言った子供だけではなくて、大人からの申請も、だ。
「うーん、お嬢ちゃん、お名前は?」
「………。………ラリナ」
一瞬だけど間があった。何か訳アリなのは間違いないだろう。この状況下で訳アリじゃない人の方が珍しいと思うけど。
開拓村から来てる人たちは火事場泥棒をしてから来てる人も多いってプラトゥム村を守っている冒険者さんから報告が上がっているのだ。もしかしたら、この女の子の足の装備はそれなのかもしれない。
「ラリナちゃんっていうのね?何歳かしら?」
「十二」
「じゅっ………そ、そう!年齢よりも随分と小さいのね」
「………」
あ、少しだけ不機嫌そうな顔になった。
ほんのわずかに頬を膨らませる様子は、顔面の割合が殆ど無表情を占めているとはいえ年相応だ。
でも意外と素直かも?きちんと話をすれば、見極めることが出来るかもしれない。
脳内に浮かんでくるフォルスト支部長のなんとなーく胡散臭い笑顔と台詞を振り払う。
「君、人を見る目は結構ありますよね。だから今後のために一旦、プラトゥム村のギルド支部に出向してください。きっと確実に冒険者の手が足りない事態に陥ります。人手は増やしたいですが、かといって問題児を抱え込みたくもない。まあ、色々と任せましたよ?」
いや、任せたって何?!支部長も支部長でなにか他にやることがあったみたいだけど、私がこのギルド支部に異動してすぐにこんな大事件とか、私に対する嫌がらせですか?!
なんていう心の叫びは受付嬢スマイルでひた隠しにして、ラリナちゃんによーく言い聞かせる。
「あのね、ラリナちゃん。冒険者っていうのはとっても危険なお仕事なのよ?魔狼の森の周辺じゃ出てこない下級の魔物だって、簡単に人間を殺しちゃうんだから」
「そう。なんで出てこないの?」
「え?それは魔狼の森は他の魔物が多くて、下級の世代交代型の幻想種とかだと逆に駆逐されちゃうっていうか………って違う!そこじゃないでしょ!」
「………?」
小さく首をかしげても駄目!
なんというかこの子、あまり人間を知らない小動物みたいというか。
―――きちんと親に育てられてない?本当にすぐに親に捨てられたとしたら、一体どうやって今まで生きてきたの?
心の底の渦巻く疑問。それを飲み干して、彼女の紅い忌み目をじっと見る。
忌み目、キラキラと光る紅蓮の赤と紅色。その更に深い場所には、決して消えない炎があるように感じた。強くて、熱い。そんな灯火だ。
この子の詳しい事情とかは、私には全然分からない。だけど、瞳の奥にある一本通った芯の強さは、私が今まで見てきた凄い冒険者様が秘めているものと、同じだとおもった。
だったら、私がこの子に聞くことは、これだけだ。
「ね、ラリナちゃん。君は………どうして、冒険者になりたいの?」
「強くなるため。生きるため」
「………そっか」
これは何を言っても駄目そうかなあ。
まあこのご時世だ。最後に白翼の聖女が降臨してから五百年ほどが経過していて、栄光ある白の帝国とまで呼ばれるアルボルム帝国の中ですら世の乱れを感じている。貴族も神殿もギルドも、果てには他の国家すらその世の中で聖女を得て、次代の帝国になろうと暗躍しているとも聞く。
聖女を得れば国と権力を得て魔物を全部遠ざけられるなんてありえない話だと、平民でも分かるんですけどね?
五百年前に降臨した聖女は、帝国の東西南北を囲んでいた………いや、今も北と西を封じている、”四方の封王”を一体も斃すことが出来なかった。しかも北の魔狼と呼ばれる個体は代替わりの後に五百年を生きる、聖女ですら手の出すことが難しい怪物だ。
北と西にある魔狼の森と、大蛇の海。文字通りの人類未踏領域。この二つの領域の王である封王の代替わりとはより強い魔物が以前の王の喰い殺すこと。つまり、人間の手による討伐ではなく自然淘汰によるより強い魔物の発生なので、放っておけば放っておくほどに封王は強くなっていく。
しかも討伐の後に人類側がその王の領域を開拓しきれなければ、再び王の名に相応しい魔物が自然発生するのだ。だからこそ、帝国の武力を持ってすら北と西の森と海は未だに崩せない魔物の領域なのである。
五百年なら、名高き白翼の聖女の力があれば何とか倒せるらしい。でもそこで倒しきれなかったら?魔物はもっと強くなって、魔物を抑える聖女も居なくなったら、真っ先に犠牲になるのは果たして………。
そんな不安が、帝国の中に―――いや。この世界中に蔓延っている。だから、訳アリの人間なんてこの女の子以外にもたくさん、本当にたくさんいる。
世の安寧は遥か遠く、世が乱れれば人の心にも魔が満ちる。だから、多少の訳アリなんて、見過ごしましょう。
冒険者ギルトは強い冒険者を求めている。支部長の言うこの言葉は事実なんだから。
見どころのある子は、きちんと導いてあげないと。それがギルドの役割で、大人の役割だもんね。
「おいで、ラリナちゃん。今から登録作業に移るから。さ、中に来て―――」
ラリナちゃんの肩に軽く触れて、そう促した瞬間。
「なんでだよ!!」
ギルドの建物、その隅っこからそんな悲鳴のような声が響いた。




