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プラトゥムの村



乱れた足跡を追っていけば、やがて規模の大きな村が見えた。

その遥か後方にある砦の大都市に比べれば小さいが、魔狼の森に致命的なほど近かった開拓村に比べれば魔物への対策も、家の数も段違いだ。

遠目から見るだけでも村の周囲にはいろんな場所から避難してきたのであろう多くの人間が立ち尽くしている。多分、村に入ろうとしている者たちである。

私が通ってきた場所以外にも開拓村はたくさんあって、恐らくはその全てから避難しているのだろう。

………魔狼の森からの反撃の火蓋を切ったのはヘカトンケイルだけど、それに追従して大量の魔物が森から飛び出して人間を襲った。そして魔物が飛び出す場所は律儀に森の入り口からなんてことはあり得ない。なにせ相手は魔物なのだから。

結果として日々、大樹を汗水たらして切り開いて、畑を耕していた開拓村が真っ先に被害を負う―――いや、違うな。敢えて魔物に襲わせるために、そういった村を配置しているのか。

矛先を向けさせるための避雷針の役割を果たしているのが開拓村ということ?

あり得ない話ではない。寧ろ効率は良い。人道的とは言えないけど、この時代、この世界で人道なんてものは帝国の皇族と貴族が決めるものだ、故に貴族がそう決めたのであればそれは人道的なのである………ああ、あと神殿も決める側だったな、そういえば。


「それなら、あまり村の人間の扱いは良いとは言えなさそう」


まあ、なんにせよ行ってみればわかるだろう。

マフラーを口元に寄せて顔を隠しつつ、血の臭いがこびり付くその村へと足を踏み入れる。厳密に言えば村に入ろうとするための避難者の列に並ぶという方が正しいけど。

丸太で作られた木の門扉は巨大で、同じように村の周囲にも開拓村のそれとは異なり、完全とは言わないまでもきちんと魔物の突進にも数度耐えられる程度の大きめの柵が作られていた。更に村の外周には堀があり、下には木の杭が埋められている。

杭には血を撒き散らしながら生き絶えている魔物の姿も散見された。

魔物対策の堀があるため、門に行くためには橋を通らなければならない。だが、これではとてもじゃないが魔物の大侵攻が発生すれば半時もせずに呑み込まれるだろう。強力な魔物が出ればそれだけで柵は破壊されるし、杭は死体で道が出来ればそれを通ってしまう。そうでなくても力のあるものは飛び越えてしまえる。

ただの人間が魔狼の森の最上級の怪物を相手取るなら、それこそ砦でもなければどうしようもないのだが。


「………」

「?」


列はゆっくりと進む。やがて私の番が来た。

入り口である門の前には鎧を着こんだ男の冒険者がいた。背中には二本の長剣が携えられているが、持ち手や鞘の擦れ具合から見るに一本は予備だろうか。

彼は私の全身を眉間に皴を寄せたまま見渡すと、最後に私の眼を見て唾を吐き捨てる。


「ッチ、忌み目か」


忌み、目?

なんだそれは。視線を上げれば更に嫌そうな目で冒険者は私を見た後に、手で追い払うようなしぐさをする。それと同時に周囲の人間から悲鳴が上がるのが聞こえた。人の輪も私から離れていく。


「この大混乱だ、多少変なやつでも入れてやる。だからその目で俺を見んな、殺すぞ」


………胸元に揺れているプレートの色は青。中堅から上位当たりの力量を持つ青階級(ブレ)の冒険者となれば、正面から戦って勝つのは難しい。魔術師ではなく戦士となればなおさらだ。

それに今ことを起こす理由も必要もない。忌み目という言葉は気になるが、ここはこの冒険者のお目こぼしを利用させてもらうべきだろう。

男から視線を外して橋を渡る。門を超えた私の背中に、男の声が届く。


「問題を起こさねぇことだな」


私はただ冒険者という存在になるためにここに来ただけだ。

無駄に事件を起こすつもりはないし、意味もない。何の価値もない戦いになど興味はないのだ。勿論―――私を嘲るのであれば相応の報いは受けて貰うが。

あの冒険者は忌み目云々はさておいて、魔物への警戒を続けているだけの職務に忠実な人間である。

ならば手を出す理由はない。

お仕事ご苦労様、と心の中で呟いて、私は改めて村の中へと進んでいく。


「おかーさん………おかーさん………どこ」

「ひっく、兄ちゃんが………」


村の中では私と大して変わらぬ年齢だったり、それよりも歳の低い子供たちが大声を出して泣いている。

魔物の反撃で家族を失った子供たちだろうか。だが大人たちもそれに構っていられる人の方が少ないようで、多くの人間が忙しそうに動き回っていた。

そうでない人間は肩を震わせて隅っこで震えているだけだ。大人も子供も関係なく、恐怖という鎖に巻き付かれてしまったのだろう。


「あれはもうダメそう」


ここで生き残っても、すぐに死ぬだろうな。

村の中で警備にあたっているのは冒険者が圧倒的に多い―――というか騎士の姿はまったくと言っていい程見えなかった。青階級だったり緑階級の冒険者が武装した状態で村の中を見回り、赤や橙のプレートの冒険者が雑事やらを担当している。

赤色のプレートの冒険者に関しては私よりも少しだけ年齢が高いような人間が多かった。なお、性別は諸々だ。治癒を行っているものに関しては女性が多いが、鼻先で感じる。忌々しいあの魔力は聖なる魔力だろうな。

………聖なる魔力を持つものの全てが神殿や教会に属するわけではない。聖女にまで上り詰めるような魔力量であれば話は別だが(というより神殿が引き込みに来る)、下位の修道女(シスター)程度の魔力量であれば見向きもされないこともある。

それでも冒険者にとっては重要だ。なにせ聖なる魔力は治癒が出来る。そういった点から、僅かに聖なる魔力を持つような女性は神官と呼ばれる冒険者になる事が多いとか。

基本的に魔力というものは使っていれば成長していくのだが、聖なる魔力だけは話が違う。あれは生まれ持った絶対量があってそこから変動せず、さらにそれを引き出せるかどうかも関わってくる。膨大なる聖なる魔力を持って生まれた上で、所謂覚醒とでもいうべきか、聖なる魔力を引き出せるようになることでようやく使えるようになる、らしい。聖女というのはそう言った存在で、さらに聖女ごとにその聖なる魔力を特殊な能力として発現させるという高等技能まで扱えるのだ。

ちなみに、私の場合は僅かに片鱗があったことは間違いないらしいのだが、結局あの最期の時まで引き出すことはできず、仕舞いにはそのまま消え去った。

女神様とやらに見放されたのかもね。ま、いいけど。私は女神なんて欠片も信じていないから。


「それにしても」


………随分と、視線がこちらを向くな。

村の中を歩いていると、村人や冒険者の多くが私を見て顔をしかめる様子が見て取れた。

まあ私の義足が目立つのは間違いないだろう。もう少し服の裾を長めに取っておくべきだったとは思っているが、どうやらそれは理由の一端でしかないように感じられた。

恐らくは門を守っていた冒険者が言っていた、忌み目が理由である。歩きながら耳を済ませれば、雑踏に紛れて何を話しているのかも聞き取れる。


「あの紅い目………魔物の眼だ」

「忌々しい………なんでよりによって忌み目が生き残ったのかしら」

「あれは災いを呼ぶ瞳だ。もしや此度の魔物の侵攻は、あいつのせいか………?」


聞こえていないと思っているのかな。思っているんだろうな。

私は魔物を喰らい続けた結果、身体能力が足を失う前よりも向上している。おかげで遠くの噂話も耳に入れることが出来るけど、村人はそんなことをしている筈もない。

自分たちには聞こえない距離だから聞こえないだろうと判断するのは、仕方ないことだ。


「どうでもいいけどね」


ただ、やはり紅い瞳は―――魔物の瞳と同じ色をしているのは、人間社会においては忌むべきものとして扱われるようだった。

マフラーの下で、皮肉気に口を歪ませる。少なくとも私の左眼はレインのものだ。魔物の瞳という点では、事実である。

………だからどうした。レインは私の最期の家族だ。魔物であろうと、家族であることになんの変わりもないし、否定もさせない。

炊き出しをしている村人たちの横を通り抜け、怪我人を救護するために村々から引っ張り出して作られた仮設の診察台に寝ている人間を見ながら、村の中を歩いていく。これは情報の収集も兼ねてのものだ。なにせ、この村は広い。

目的地はこの村の冒険者ギルドだが、村人から露骨に敵意を向けられている以上、何があるか分からない。地形を頭の中に入れておくことはいざという時の判断に直結してくる。

やがて村の南側にある冒険者ギルドの看板が見えてきた。看板は木板が鎖でつられているというもので、そこに記されている文字をじっと見つめて解読する。


「村の名前、は………プラトゥム?」


正直、私は文字があまり読めない。いや、まだ読む方はまだマシなのだが筆記に関しては致命的だ。冒険者募集のあの紙を読むのも実は結構大変だった。

そもそも声の主が残した記憶では文字に関する補完は出来ない。そのため文字は一から覚える必要があるわけだが、私が私として意識があったのは四歳のころまで。

その辺りの年齢では如何に貴族出身でもまともな教育などなかったわけで。声を聴くことで何となく理解できる会話や、ギリギリ読みは何とかなるのだが、作法と同じように訓練が求められる筆記はまったく出来ない。

………非常に腹立たしいことだが、代わりに教育を受けていたのは声の主だろう。私にはその辺り、引き継がれていないのである。

文盲なのは不味いので、いずれ覚える必要があるけど、そのためにもまずは人間社会に溶け込まないと。

他の村人の家と比べればはるかに巨大な冒険者ギルドを見上げて、分厚い木の扉に手をかける。中からは多くの人がいるが故の熱気と、不機嫌そうな声だったり笑い声だったりが伝わってくる。


「じゃあ、行こうか」


戸を押して、ギルドの中へと進んだ。





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