殺人
「………死ねッ!!」
血を吐きながら叫ぶ。
魔力が迸って爆発するように沸騰した黒雫でガントレットを造りだし、おおきく振りかぶった。
「首の傷が再生を始めておる!!早く魔核を砕け!!」
「リーン!!任せた!!俺はこの拳を………ッ?!!」
構えた盾と私のガントレットが衝突して、火花が弾けた。力で勝ったのは、私の方。
下級の魔物の頭蓋を潰すだけの一撃だ、正面から受け止めれば流石に吹っ飛ばせるだけの力はあるらしい。だが死んではいない。鎧のまま器用に受け身を取ってファハドと呼ばれていた男は体勢を立て直す。
立ち上がったその顔は驚愕に彩られていた。
「なん、だ!この怪力!!」
「………ッ!?」
まて、まただ。女はどこに消えた?随分と隠れる能力が高い。見た目からしてあれはやはり斥候担当なのだろう。
視線をぐるりと回す。いやその前に、直感が反応を捉えた。居場所は、背後!
尾骶骨周辺に黒雫を集中させ、鋭い尻尾を形成する。ぐるりと螺旋を巻き、発条のように射出した。
「な?!」
前傾姿勢で背後から私の魔核………私は魔物ではないので、これを魔核と言い切っていいのかは分からないが………を狙ってた女はそれを完全に回避する術を持たない。
その右肩を大きく抉り、鮮血が飛び散った。
傷を受けた、弱った。ならまずはお前からだ。弱い奴から殺していく、喰っていく。それが自然の摂理だろう。
手のひらに黒雫を集めて牽制のために鋭い針を生み出す。地面から生えるようにして突き出した針が女と男たちを分断すると、仰向けに倒れた女に飛びついた。
―――その首筋に牙を突き立てよう。さあ、今すぐ私に喰われろ、女。
「アンタの方が、くたばんなさい」
カチャリと耳に硬質な音が響く。
眼下に映るのは女の左腕。そこに装着された小型のクロスボウに黒い矢が装填されていた………それが何?
その程度で私は死なない。首や心臓のように致命傷でなければ、再生できる。背後で黒雫の針が壊される音が響いていた。時間はあまりない。その前にこいつを、喰う。
首筋に齧り付いた瞬間、絶叫と共に私の腹部に女の矢が刺さった。
「あああああああ!!!」
「リーン!クソッ!!」
「………あれ?」
まずい。全然美味しくない。食感はレインに似てるのに。
口元の違和感に、女を喰う動きが一瞬止まった。
「離れろこの魔物が!!」
「………」
剣を振りかぶる鎧男の姿が見えたので、生み出したままだった尻尾を樹に引っ掛け、距離を取る。大樹の前で唇に付いた血を手で拭った。
鎧男に助け起こされる女。致命傷を負っているその顔が、何故か笑っていた。
「やっぱ魔物ね………は、頭が、悪いのよ!」
何を言ってるの?
黒雫を展開しようとして―――視界がぐにゃりと歪んだ。その瞬間に笑みの意味を漸く悟る。これは、しまった。毒か?
地面に頭から倒れる。状況を覆す決死の一撃の存在をすっかり失念していた。だってこいつらの方が私よりも強いから。強者が弱者の一撃を、ジャイアントキリングを隠し持つ。やっぱり、人間って厄介。
朦朧とする頭で突き刺さった矢を抜く。僅かに香る植物の匂い。詳しくは分からないが、毒草を調合したものか。そう言えばさっき、猪の魔物がこの矢を喰らって動きを止めていたけど、あれは足を縫い留めた上で更に毒で動きを止めていたのか。
人間と魔物相手じゃ立ち回りが全然違う。魔物の群れを相手している時より遥かに鬱陶しい。
でも大丈夫、今………覚えた。その動きを、喰らった。
深く、深く息をする。コポリ、と口の中で音がした。一口でも女を喰ったことによって、首の再生は進んでいる、大丈夫、行ける。
「どけい!近づいては何をしてくるか分からん、この距離から確実に仕留める!」
「頼んだ、爺さん!俺はリーンに手当てをする!!」
視線が外れた。私を狙うのは老齢の魔術師一人だけ。
私は笑う。私みたいな子供で知っているぞ。戦っている最中に敵から視線を外してはいけないって。
冒険者たちの首に掛けられているのは緑色の板だった。あれは七色の内の緑であり、冒険者の階級としては中級程度であると言える。
最下位が赤で最上位が紫。赤は魔物の色で忌むべき色だから、一番下だとされている。ただし、一人だけ………あの魔術師だけは青色をしていた。
あいつが一番強い。あいつが一番、喰わないといけない。こいつらは全員、私を殺す力のある強者だけどあいつが一番、喰ったときに糧になる。
「………う、ご、け」
身体はほとんど動かない。せいぜい頭の向きを多少変えられるか程度。だけど魔術なら動かせる。
黒雫の尻尾を伸ばす。宙でぐるりと螺旋を描き、魔力を溜めている魔術師の方へと照準を定めた。
濃い魔力が集まり、魔術師の杖の前に凝縮する。属性は、風か。あれが放たれれば私の首は完全におさらばしてしまうかもしれない。
その前に、殺す―――!
加速した尻尾が弧を描いて魔術師の首元を狙う。先端を硬質化させ、それは確かに人間の喉など簡単に穿つことが出来るだけの威力を持っていた。
「阿呆め………”砂壁”!」
地面より砂が浮き上がる。そしてその砂は壁となって、さらに硝子の壁へと変貌する。
土属性の防御魔術………魔力が潤沢であれば魔術として打ち出す直前で属性を変える事も出来るのか!これは通常の魔術を使っていなかった弊害かも知れない。
私の尻尾はその硝子の壁に阻まれ、その軌道を大きく変えさせられた。尻尾の攻撃は初速こそ優れているが、一度いなされればきちんと防御している相手に対して有効だとなる事は少ない。
螺旋を描いた発条の仕組みに頼っているからこそ、撃ったらそれきりなのだ。狐の魔物はそれを補うために複数本の尻尾による突きの連撃を行っていたし、そもそもあれは分厚い筋肉の塊なのでただ打ち据えるだけでも十分な力を生み出せた。
あれに叩き飛ばされて洞窟の壁に打ち付けられたのは、まだ記憶に残ってる。
「死ぬが良い。”鎌鼬”」
改めて魔術が唱えられ、風の刃が顕現する―――その直前に、私は口の中から黒雫の針を飛ばした。
高圧の水を噴射するのと同じ原理だ。口の中という小さい空間の中にため込んだ黒雫の、その先端だけを硬質化して、後は流体としての特性のままに打ち出す、小さな小さな水の弾丸。
「………ガ、な?」
空気が抜ける音がして、魔術師の男が膝から崩れ落ちる。
そしてギリギリで、魔力が霧散した。
尻尾みたいに見えていると、簡単に対処されるようだったから。見えない刃を生み出してみた。
意表を突くには使えるかもしれない。だけど、これは対人間用だな。魔物相手だと皮膚が分厚くて、目を潰せるかどうか程度の成果しか得られないと思う。
「………爺さん?」
「ヴィ、ヨン?」
さっきの私のように首を抑える魔術師の男。
視線でそれを見つつ、何度も私に奇襲をかけてきていた女も注視する。何が起こったのかよく分からないというように、動きを止めていた。
ああ、鎧男の方は別にいい。こいつは隠密出来ない、脅威にはなりえない。
指先を動かせば、段々と毒が抜けていっているのが分かった。
身体を揺らしながら立ち上がる。動ける、歩ける、
「さっきとは、立場が変わったな」
「がはっ………コプッ………?!?」
でも魔力が多いってことは、こいつも身体を再生させる可能性が高いだろうし。
致命傷なのはわかってるけど、きちんと殺さないといけないよね。
第一こいつの喉を突き破ったのは小さな針だ。貫通しているにせよその分塞がるのは早いだろう。近づいていくと、その瞳が恐怖に染まっているのが見えた。
………違う。レインの眼じゃない。
魔術師の男を持ち上げ、その首に齧りつく。数度咀嚼するが、やっぱりこいつもあの女と同じように酷い味だった。
これは人間だから?でも肉の柔らかさとかは魔物よりも優れている。
やっぱり単純に味の問題なのだ。レインがとってもおいしくて、その次は他の魔物とか、熊肉とか。こいつら人間は、一番まずい。
「なんでだろ」
まあ、いいか。首と胴体を分かれさせて、その血を啜る。
そして温度の無くなったその首を投げ捨てた。
「味は最悪だけど、いい気分」
首に触れれば傷は塞がっていた。いいね、これならまた無茶が出来る。
両腕にガントレットを生み出し、改めて黒雫の尻尾を螺旋に構える。紅い瞳に映るのは、魔術師の男と同じように恐怖に染まる瞳。
ああ、どうでもいい………私は喰らうために、人を殺すことにした。
徐々に不穏に




