”私”の知らない記憶と罪
新作です。断罪物も描いてみようかと思いました。ちなみに私は欠損が大好きです
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私の身体に、私の意識が戻ってきたのは何年ぶりだろうか。
最初はうっすらと、暗闇の中に水の中で音を聞くような、低いくぐもった声が聞こえてきたことで、ようやく私は外と繋がったことに気が付いた。
何の音もなく、視界もなく、気配も時間の感覚すらなかった闇の牢獄の中で、やっと外に出れるのだと思って。
けれど、そこから聞こえてきた、私によく似た声と思考が、手を伸ばした私の動きを止めさせた。
「(こんなはずじゃなかったのに)」
「………?」
「(どうして?ここはあの小説の………『白翼の聖女』の世界じゃないの?!)」
「なにを………言っているの?」
声は、もしも私が成長すればそんな声だろうかと、そんな気配を感じさせるもの。
ならばきっと、この声は内心の声なのだろう………では、一体、誰の?
この謎の声は、私の喉で話すその声は、誰のもの?
「(こんなのおかしいわ!物語が始まる前に断罪されるなんて!)」
「(そもそも、断罪をするのは私の方なのに!)」
混乱する脳内をしり目に、私の視界を覆う暗い靄はどんどんと晴れていき―――それと同時に、より強く内面の声と、記憶………そして、瞳に映っている現実を、直視することとなった。
「ここ、は………」
声だ。私の、声だ。
私の意志で発したそれは、何年振りか分からず、そして明らかに私が知る声よりも成長していた。
「(勝手に話した?!なんで、なんでよ!!私は、この物語の主人公なのに!!私は白翼の聖女、『エウラリア』なのに?!)」
エウラリア………私の、名前。
正式な名前は、エウラリア・ヴァレリア。ヴァレリア子爵家の末妹であり、二つ上に兄が、一つ上に姉がいる。清貧を是とするヴァレリア家、と言えば字面は良いが、実際はただ貧乏なだけであった私の実家は小さな田舎の領地に存在する、文字通りの弱小貴族家だった。両親からはよくラリナと呼ばれて、末妹だからだろう、それなりは甘やかされていたと思う。でも、例え両親が私を甘やかしていたとしても、私が王都に足を運ぶことなどなかっただろうし、そもそも私は家を守るために家を出て、領地の教会を纏める修道女になる事が決定されていた筈だった。
それが、どうだ?どうして私は今、王宮もかくやというほどの、絢爛豪華なホールの中に立っている?
そして、どうして―――私は、腕を拘束されて跪くことを、強制されているの?
「な………に、これ」
「(この、出来損ないの主人公!!よくわかったわ、この世界は物語の世界じゃないってことを!!全然うまくいかない、糞ったれな現実ってことね!!)」
「憐れですね。今更無知を装ったところで、貴女が聖女としての立場を不当に使い、散々男たちを垂らしこみ、最後には皇子をもその汚らしい毒牙に掛けようとしていたことは、既に幾つもの証言として挙げられています」
虚ろな瞳で顔を上げれば、目も眩むような美女が、絶対零度の視線で私を見下していた。
蒼みがかった銀の髪に、知性を濃縮した氷の様な瞳。背は高く、その髪と瞳の色に合わせた群青のドレスが抜群のプロポーションを華やかに際立たせている。
背はとても高いが、顔はまだ童顔であり、きっと年齢は14歳くらいだろうか。
女性であっても惚れてしまうような、そんな美少女が私の頬に触れた。手袋越しのその指先は、とても―――とても、冷たかった。
「(はぁ?!別に身体を許した訳じゃないわよ、ただ少し抱き着いたり、キスをしたりしてあげただけよ?!)」
「………ッ、おぇ?!!」
「あら、汚らしい」
内面の声が叫ぶたびに、私の知らない知識と記憶が私の脳裏を焼き尽くす。
穢らわしい、穢らわしい、穢らわしい………穢らわしい穢らわしい穢らわしい!!!
間違いない、私の中に誰かいる!!私の知らない、私の身体を勝手に操ってこんなところまでやってきた別人が!
「(もういいわ!!こんなことなら、アンタみたいな主人公もどきなんて使うんじゃなかった!!そう、そうよ!私にはもっと相応しい人生があるわ!!前の人生だってふざけた人生だった!!来世くらい、もっと私に優しくたっていいじゃない!!)」
「出て………いけ………」
「(………ッ!この、無能女!私の事を認識してるの?!ああ、分かった!!聖女の力がいつまでたっても使いこなせなかったもの、この身体の人生が何もうまくいかなかったのも、アンタが邪魔してたからね?!)」
「出ていけ?随分と、不思議な事を言うのですね」
氷の美少女が小首をかしげる。
その背後でわざとらしい咳払いが聞こえてきた。
「マルガリータ。罪人に関わるのはその程度にしておけ」
「これは申し訳ございません、皇子」
「そも、今回は神殿からも要請があっての、聖女を騙る女の裁判………ではなく、刑の執行だ。既に裁判にて罪は明らかにされており、後は我らがどう処罰を与えるかという次元でしかない。今更、その女の判決は覆らず、何を言おうと、どんな演技をしようと、変わることはない。全て、無駄な時間だ」
「………それもそうですね」
「(はぁ?!聖女を騙ってなんていないわよ、私は確かに白翼の聖女で、その力だって確かにあって………ああ、もういいわ!!この主人公もどきの人生は失敗だったってことね!クソ、こんなところでこんな無能な女と一緒になんて死ねないわ!)」
脳内で未だ響く声。腕を拘束されているから、私は耳を塞ぐことも出来ない。そもそも脳内の声なのだ、耳を塞いだところでどうにかなるようなものでもないだろう。
だとすれば、私はいつまでもこの声と一緒に居るの?脳内に居座るこの声から、私の中に私の知らない記憶と知識は今も延々と流れ続けている。魂を汚染するように。ヘドロで白色を塗り潰すように。
流れてくる記憶からわかる。穢された魂が軋んで叫ぶ。………八年間。私は、八年間も他人に身体を奪われていたということになる。その八年の重みが、私という存在を塗り潰していく。
「ふ、ぐぅ………なんで、こんな、ことに………?」
私としての最後の記憶は四歳のころで、そこからは古びたビデオカメラで捉えたようにノイズのかかった記憶の中で両親からは見捨てられて兄と姉からはどうしようもない塵を見る目で見られていやまってビデオカメラってなに神殿に入ってからは自分はいずれ白翼の聖女になるのだと法螺を吹いて馬鹿にされてそれに憤って他の修道女を馬鹿にして傷をつけてさらには神殿によって禁じられている家族以外の男との接触も何回もして怪しい薬を買っておねがい誰か私を止めて実際に力がないなら人を操ればいいって魔物から作り出したその魔薬をいろんな人に使って人を廃人にして怖い怖い怖い自分のためだったら他人なんていくらでも踏みにじっていいに決まっているじゃないだって私の人生はそういうものでずっと踏みにじられていたんだから知らないあなたの記憶なんてあなたの知識なんていらない―――。
「どうして?自業自得だろう。お前はヴァレリア領の教会や、その教会の総本山たる神殿に聖女を偽って入り込むために、このアルボルム帝国で禁じられている違法薬物を入手し、他人を操って偽りの白翼の聖女という地位を手に入れた。………実際には手に入れることに失敗しているが」
「調査によれば、聖なる魔力そのものは持つようですが、とても”全ての魔を払う”とまで称される白翼の聖女としての力量には及びませんね」
知らない、そんなこと知らない!
知らない筈なのに、私のせいじゃないのに!私の身体が、私ではない別の存在が行った罪の記憶が私を蝕んでいく。
そして、私の中に別の誰かを抱え込んだまま、断罪の時は訪れる。
「判決を下す。神殿の修道女や司祭たちに魔薬を用いて危害を加え、更にはこのアルボルム帝国の皇子たる、この私………ルキアヌスにまで魔薬を仕込もうとしたこと、そして何より無力でありながら国防の要である白翼の聖女を騙ったことこれらの罪により、エウラリア・ヴァレリア。貴様を、魔物に生きたまま食わせる魔咬刑に課す。場所はアルボルム帝国北部の”魔狼の森”だ。―――連れていけ」
「………ちが、います。わたしじゃ、ありません………わたしじゃ………」
―――抵抗は無意味。ただ、現実はどうしようもなく、私に判決は下されたのだ。
主人公の精神年齢は四歳です。後々テストに出ます。