eyes ~あなたはどこまで見えていますか?~
長くてすいません……。
どうぞ、ご覧ください。
僕、逢咲守は通りのベンチで遠くから人混みを見ていた。
そういえばなんでこんなところにいるんだっけ。
たしか何かを必死で追っていたような。
それで自転車のチェーンが外れたんだっけ。
だからここにいるんだっけ。
思い出せないや。
いや、思い出したくもないや。
誰もが急ぎ足で通り過ぎていく。
信号が点滅して、さらに急ぎ足で歩いていく。
すれ違う人とぶつからない様、器用に体を横に向けている。
街はたくさんの人と灯りで大いに賑わっている。
街に流れる恋歌も、街を彩るネオンも、
まるで別世界の出来事のように思えた。
どんなにいい曲も、どんなに綺麗な景色も、
なぜか僕の心を痛ませる、やっかいなものでしかなかった。
街中の灯りが哀しい色に染まり始める。
僕は暗く、静かになっていく街で一人の少女を見つけた。
この世界には不思議なことがある、そう思った。
周りの人は気付いているのだろうか?
いや、気付くはずがない。
自分のことで精一杯なこの世界では無理だろう。
周りの人を見ている余裕なんてないんだ。
空に浮かぶ月も、アスファルトから咲くタンポポも、
彼らの目には映りはしない。
彼らは自分の進む真っ直ぐな道しか見えていないんだ。
だから、あの光り輝く少女の存在も知らない。
まばたきするのを忘れていた。
正確に言うと一秒も目を離したくなかった。
彼女は辺りを見渡している。
そして、僕の方を向いた。
その瞳は遠くからでもよく見える。
大きく見開き、驚愕しているようだった。
ゆっくりとした足取りでこっちに歩いてくる。
僕の前で彼女は止まった。
近くで見る彼女の顔は綺麗としか例えようがなく、
他の言葉も出てこなかった。
彼女の髪は金色で長く、後ろでひとつにまとめられている。
少し幼く、僕よりひとつふたつ年下に見える。
風になびく彼女の髪は、さわやかで安らぐような香りがした。
僕の目を彼女はじっと見て、目を閉じ、倒れてしまった。
――――
あれから何分経っただろう。
僕はいつまでこうしていればいいんだろう。
目を開かない彼女の肩を揺すりながら声をかける。
気がつくと人の気配が消えている。
彼女はようやく、のろのろと目をあけた。
「あの、大丈夫ですか?」
「…………」
「あの、気分悪いの?」
「あなたは、私が見えるんですね……」
「え? うん、まあ」
僕の手にすがって彼女はゆっくりと立ち上がり、目に掛かっている髪をかきあげる。
「少し、驚いているんです。あなたは“どこまで“見えていますか?」
「どこまでって言われてもなぁ」
彼女は小さくため息をついた。
「そう。この世界には不思議なことがあるのね」
意味が分からない。
でも、僕と同じ台詞。
――この子はどこか僕と似てる。
「キミの名前は?」
「不思議な人ですね。この世界の人は自分の名前を先に名乗らないのですか?」
この世界……?
「えっと、僕の名前は逢咲守。キミは?」
「私はクルエリア・ミリムといいます」
外国の人なんだぁ……。通りで綺麗だよな。
「こんな時間に何かあったの?」
「えぇ、少し……」
彼女の顔を見た瞬間、視線がばちっと合った。
彼女があわてたように目をそらす。
彼女は軽く頭を下げ、駅の方へ歩き出した。
「ねえ、帰るの?」
僕はどこかうわずった声で聞く。
彼女は時計を見ながら答えた。
「そうですが、最終は行ってしまったようです」
「僕は自転車なんだ。後ろに乗って。送ってあげるよ」
彼女は安堵のため息をつき、やさしく微笑んだ。
女の子がこんな夜遅くにひとりで歩いて帰るくらいなら自転車で移動するほうがずっといい。
「助かります。歩くの嫌だったの」
「怖いもんね」
「そうね」
彼女は黙って笑顔を浮かべた。
「気分悪くなったら言ってね。すぐに止めるから」
二人を乗せた自転車は街灯の中をスイスイと走っている。
「ミリムちゃんは家どこ?」
「病院の近くです」
荷台に腰かけた彼女の視界を、幾つもの星が流れていく。
この世界はきらきらと美しく輝いている。
僕は久しぶりにこんな静かで優雅な時間を過ごしている。
走る自転車から見る星空は、いつも以上に美しく見えた。
キッとタイヤのきしむ音がして、急に自転車が止まった。
「きゃっ」
彼女は前のめりになり、僕の背中に抱きついた。
「ごめん。急にバイクが飛び出してきて……。大丈夫だった?」
「はい、だいじょうぶです」
彼女が手をほどこうと離れようとしたとき、
「えっと、そ、そのままの方が、いいよ。危なくないから」
彼女は引っ込めようとした手を、もう一度僕のお腹に回した。
僕の背中に顔を寄せているのがわかる。
心臓がドキドキしているのが伝わりそうだ。
「おなじ、リズム」
「えっ? な、何?」
「あなたと私、同じリズム」
「そう……かな?」
僕はなんてリアクションしたらいいかわからなかった。
ただ僕はドキドキしていた。
「あなたの鼓動、私と同じ、ドキドキしてる」
聞こえてるんだ……。
でも、彼女も同じなんだ。
彼女はお腹を抱く手に力を込め、身体を密着させた。
彼女の鼓動が僕にも伝わった。
「ね? やっぱり、同じリズムでしょ?」
僕はかぁっとなって黙り込んだ。
……意外と大胆だな。
なに女の子に抱きつかれたくらいで動揺してんだよ……。
学校の横を通り過ぎ、緩いアーチ状の橋を渡り、病院の近くまで来た。
「止まって」
「うん」
自転車を歩道の真ん中で止める。
人も車も通らない夜の道。
街灯の灯り、それと月と星だけが辺りを照らしている。
「ありがとう。ここでいいです」
「そう。あの……」
「なんですか?」
「ミリムちゃんは……ただの女の子?」
静かな中により一層静かな層が生まれた。
「どういう意味ですか?」
「いや、深い意味はないんだよ? ただ、なんか初めてキミを見たときから、
ずっと気になってるんだ。僕にはキミが光って見えたんだ」
彼女は小さくため息をついた。
「いまのあなたは“どこまで“見えていますか?」
彼女は初めて会ったときと同じ質問をしてきた。
「どこまでって……」
彼女の澄んだ瞳の奥に何かが見える。
目を凝らしてその瞳を見た。
!!
病院。
ベッドに横たわる少女。
翼の生えた少女。
必死に何かを追いかける少年。
――――えっ。
「もしかして……」
彼女は目を伏せた。
「思い出しましたか? あなたは妹さんの死を目の当たりにしたんです」
「じゃあ、僕があんなところにいたのは……」
「はい、あなたは私を追いかけてきたんです」
そうだ、思い出した。
僕は妹の死を見たんだ。それで、僕は翼の生えた少女が、妹を連れて行くのを阻止しようと追いかけたんだ。
そして自転車のチェーンが外れて、仕方がなくベンチに座ってたんだ。
自分のことしか見えていなかったのは僕だ。
なにも見えてなんかいなかった。
現実から逃げようとしてたんだ。
「私はあの世から来た天使です。信じてもらえないと思いますが……」
「いや、信じるよ。それで納得がいく」
「正直、驚いたんです。ふつう、私の姿が見えるはずないんです。
でもあなたは違った。私の姿が見えていたんですね」
「なんで……かな」
「それはわかりません。でも、あなたは決して逃げてなんかいません」
「いや、逃げ出したんだ。何も見なければよかったんだ。
なにも、見えなければよかったんだ」
「それは違いますよ。私にはあなたの想いが伝わりました」
「それで、なにが変わるって言うんだ……」
「変わりましたよ。あなたの熱い想いで」
「えっ……」
「妹さん、生きていますよ」
「なんで。だって、連れて行ったんじゃ……」
「嬉しかったんです。初めて人間に触れた。初めてドキドキした。初めて、名前を呼んでもらったの」
彼女は大粒の涙を流していた。
「私は天使なの。人間と話すのも、触れるのも、見られるのもいけないの。
私は禁忌を犯してしまった。もう天使として生きていけない。だから、妹さんを連れて行くことはできません」
僕は力が抜けて立つことができなかった。
それから数日後。
僕は彼女と一緒に妹のお見舞いに行った。
元気に笑う明るい妹の姿がたしかにあった。
そして、あの日、初めて出会ったベンチに腰を掛け、遠くの人混みを見ている。
空は青く、どこまでも広がっている。
誰もが急ぎ足で通り過ぎていく。
信号が点滅して、さらに急ぎ足で歩いていく。
彼らの目には一体、なにが見えているのだろう。
たぶん彼らにしか見えない世界が広がっているに違いない。
そう。
僕にしか見えない世界みたいに。
彼女が言った言葉、
「あなたは“どこまで“見えていますか?」
僕にはまだわからない。
この世界の1パーセントも見えていないんじゃないかと思ったりする。
でも、僕の目には少なからず、大切なものはしっかり見えている。
あなたは“どこまで“見えていますか?
わかりにくくて本当にすいません……。
想いが伝わったら幸いです。