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侵略者、地球で詰む

侵略者、日本のコロナ禍で詰む

「まさか、こんな事になるとは…」

帝国軍総司令官Z-34は、母星への報告書を前に深いため息をついた。前回の侵略失敗から1年、帝国軍は徹底的な準備を重ねていた。

今回は、地球人の生理的弱点を突く生物兵器の開発、量子暗号で防護された通信システム、さらには地球の官僚システムを完全に麻痺させるコンピュータウイルスまで用意していた。万が一に備えて、惑星の重力を操作して「自然災害に見せかけた制圧」という非情な手段まで検討済みだった。その作戦を行った時の被害は大きく日本の人口の半数は命を落とすかもしれない。

作戦開始からわずか1週間、状況は想像を絶するものとなっていた。


誤算1:感染対策という名の拷問


まず、偵察部隊が最初の壁に直面した。

「体温検査にご協力ください」

入管職員は、にこやかな笑顔でサーモグラフィーを向けてきた。

「我々の体温は−273度です」

「発熱の可能性があります。PCR検査をお願いします」

「我々には鼻も喉もありません」

「では唾液検査を…」

「そもそも、我々は地球型ウイルスに感染しません」

「規則は規則です」

結局、彼らは6時間に渡る検査と手続きを強いられることになった。


誤算2:予期せぬ入院生活


その日の夕方、より深刻な事態が発生した。

「救急搬送です!体温マイナス273度!」

病院の救急外来が騒然となった。定期巡回中に職務質問を受けた帝国軍下級将校Y-21が、体温検査で異常値を示したのだ。

「こ、これは重症化の恐れがあります!」

「いや、これが我々の通常体温なのです」

「患者が譫妄を発していますね。すぐに集中治療室へ!」

そうしてY-21は、地球の医療システムという迷宮に囚われることになった。

医師団の診断は続く。

「体温が一向に上がりません!」

「昇温処置を続行!」

「酸素飽和度が計測不能です!」

「それは我々が呼吸をしないからで...」

「意識清明なのに脈拍がありません!」

「そもそも我々には心臓が...」

3週間後、Y-21は病室の窓から量子テレポートで脱出を図ったが、

すぐに別の病院で保護され、「重度の認知症の疑い」という新たな診断が追加されることになった。


誤算3:日常生活での苦闘


一方、Z-34の補佐官たちも様々な困難に直面していた。

スーパーでの買い出しに向かった部隊は、入口で足止めを食らう。

「アルコール消毒にご協力を」

「我々の皮膚は、アルコールで溶けます」

「では除菌ジェルを…」

「それも危険です」

「では、除菌水を…」

「それも…」

「何かしらの消毒は必須です」

結局、特殊防護スーツを着用しての買い物を強いられることになった。

コンビニに向かった別働隊も同様だった。

「マスクの着用をお願いします」

「我々の種族は、手のひらに口があります」

「お客様の体の構造は存じ上げませんが、マスクは必須となっております」

「では、手にマスクを…」

「それは手袋ですね。マスクとは別にご着用ください」

結局、顔にはダミーの口のマスク、手には手袋とマスクの二重着用を強いられることになった。


誤算4:窮地に追い込まれる帝国軍


事態を重く見たZ-34は、部隊の活動制限を緩和するため、ワクチン接種を決断する。

「我々の種族に効果があるとは思えませんが」

「それでも規則は規則です」

しかし、これが新たな悲劇の始まりだった。

「痛っ!なんという痛みだ!」

接種を受けた兵士たちが次々と悲鳴を上げる。

実は、帝国軍の種族は「注射」という概念自体がない文明で、皮膚を貫通されることに耐性がまったくなかったのだ。

「緊急事態発生!全軍、母星の病院に緊急搬送!」

最新鋭の戦艦が、突如「宇宙救急車」と化し、苦痛に悶える兵士たちを次々と母星へと運び始めた。

「なんだって!?たかが注射ごときで200名が戦線離脱?」

司令部からの怒声が響く。

「申し訳ありません。痛みのショックで意識を失う者が続出して…」

結局、ワクチン接種を受けた部隊の8割が、「針恐怖症による重度のPTSD」と診断され、

地球への再派遣が困難となった。



最後の賭け


残された選択肢は一つしかなかった。

ついに、Z-34は覚悟を決めた。

「日本政府に直接交渉を申し込む」

参謀たちが動揺を隠せない。

「しかし、司令官。それは...」

「最終手段だ」

Z-34は、重力制御装置のスイッチに手を添えながら、内閣府に向かった。

しかし、そこで待っていたのは、また新たな試練だった。

「本日は首相との面会を...」

「申し訳ございません。本日の予定は全て埋まっております」

「我々は惑星を滅ぼす力を...」

「その件につきましては、まず災害対策課で検討会議を...」

「人類の半数が消え去るかもしれないのだぞ!」

「はい、その場合は別途、人口動態統計調査の事前申請が...」

「ならば、力ずくでも!」

「あ、すみません。暴力行為の場合、まず警察に被害届を出していただく必要がございまして。その後、関係省庁との協議を経て...」

結局、Z-34は9時間後に窓口申請の受付番号を手に入れただけだった。


最終報告書より抜粋

「地球の防衛システムは、官僚主義という名の最強の盾と、感染対策という名の鋭い矛を併せ持っていた。我々の高度な技術も、この絶妙な組み合わせの前では無力だった。

特筆すべきは、彼らが我々を完全に『お客様』として扱い、どれほど抵抗しても『安全のため』という大義名分の前には、一切の例外を認めなかったことである。

さらに驚くべきことに、地球人たちは、これらの規制や制限を『仕方ない』という言葉で受け入れていた。この精神性は、我々の理解を超えるものである。

本部への提言:当面の地球侵略計画は、完全な中止を推奨する。

理由:現在の地球は、我々の想像を超えた『規制』という名の防衛システムを確立しており、従来の侵略方法では対応不可能と判断される」


追伸:

「なお、帝国軍兵士の間で『推し活』に続き、『リモートワーク』『オンライン飲み会』という地球文化が流行し始めている点も懸念される。このままでは、軍の生産性が著しく低下する恐れがある」

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