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前編

 きっちりとしたスーツと色とりどりのドレスが私達を取り囲む中でその断罪劇は幕を開けた。


「バルベイル! 貴様は私の婚約者でありながら、ここにいるフロウラをいじめ、罵倒し、怪我まで負わせた! それだけでなく、私の婚約者という立場を利用し、周囲の学生を使って彼女に嫌がらせをした! そのような卑劣な者、私の婚約者に相応しくない! よって、貴様との婚約は今この瞬間を以て破棄する!」


 うおぉぉぉと上がる歓声。

 私は騎士に両サイドから腕を押さえられ、跪かされた状態だ。

 堂々と宣言したリューシアン殿下はフロウラ男爵令嬢の肩を抱き、私の正面に二人で立っている。フロウラは潤んだ瞳で彼を見つめた。

 これぞまさに英雄が傷付いたヒロインを護るため、悪役を追い詰めるクライマックスシーンさながらの光景だろう。


「愚か者の貴様でもまだ人の心が残っていると言うのならば、その罪を認め、心から謝罪せよ! そうすれば貴様への処遇に恩赦をかけてやらんこともない!」


 今度は歓声とともに拍手まで。


──何て寛大なんだ。

──さすが次期国王となるお方ですわ。


 いや、待って。恩赦をかけて『やらんこともない』ですよ?

 確定してないよね? やっぱかけてやんなーい、ってこともありうる状況ですよ?

 それが寛大? いやいやいや。甘い甘い。


「バルベイル、早く謝罪をしろと言っているんだ!」


 いやです。


「おい、バルベイル! 何をやっている!」


 何もしてません。私、動いてませんし。というよりけっこうな力で押さえられてるから、動けないし。

 それでも顔は上げて正面の二人を見る。


「リュー様、バルベイル様が私を睨みつけておりますわ……」

「大丈夫だ、フロウラ。君は私が守るから」

「リュー様……」

「バルベイル、いい加減にしろ! 貴様を不敬罪で牢屋に入れることも出来るのだぞ!」


 そんな軽々しく不敬罪を出すかね……権力を振りかざすとはまさにこのことだ。はぁ、とため息一つこぼし、口を開く。


「……恐れ入ります、殿下。謝罪の言葉を申し上げる前に、確認したいことがございます」


 いつも通り、抑揚を抑えた声で俯きがちに尋ねる。


「まずは謝罪が先だ」

「いえ……私の罪を一から理解するために必要な質問でございます。誠意ある謝罪のためにも、是非、殿下の尊大なる慈悲の御心において、私めにお時間をいただきたく」


 それらしい言葉を並べ立てると、チヤホヤ大好き王子様は乗っかってくる。彼は私を鼻で笑って、近くの青年に声をかけた。


「ふっ……おい、例の書類を」


 はっ! と威勢よく返事をした生徒が手に持っていた紙の束を殿下に渡す。それを受け取った殿下が、私の前の床へとそれを放り投げた。


「そこに貴様の罪が全て記されている。隅々まで読み、それから質問をしろ」

「承知いたしました」


 騎士の拘束が緩み、私は首と肩を少し伸ばしてから、書類を手に取った。

 よぉし、それじゃあじっくり読んでから、質問させていただきましょーかね!


 待たせること数分。周りは最早シーンとなって、私の紙をめくる音だけが聞こえてくる。

 この書類の表紙には、でかでかと『悪役令嬢バルベイルの所業の全て!』と書かれてあって、吹き出しそうになった。

 誰だ。このタイトル考えたの。


 そんなことを考えながらも書類に目を通し、私は口を開く。


「それではまず……私の罪はフロウラ様をいじめ、罵倒し、怪我をさせた、とのことですが……」

「ああ、そうだ。彼女は泣きながら私に訴えてきた。しかし貴様のことを慮って、自分が耐えればいいからと……長い間、私が手を出すのを止めていた」

「そうですか。いじめや罵倒の内容は、ここに書かれてあることですね?」


 学園内で彼女の持ち物を隠していたこと。教科書をゴミ箱に捨てていたこと。机の中を水浸しにしていたこと。それらを周囲の人間にもさせていたこと。

 

「ああ、そうだ。それに最大の証拠も上がっている。貴様の私室から私が彼女に贈ったネックレスが見つかったのだ」


 ふむふむ。

 あと罵倒の内容は……容姿をけなす、家柄をけなす、この泥棒猫! とかか……最後のだけはちょっと言ってみたい気もする。


「この怪我についてですが、これは確かに大階段の出来事ですか? このホールへと続く、まっすぐに三十段以上はある大階段ですか?」

「そこをしらばっくれるというのか! 一週間前、貴様は彼女を階段から突き落としただろう! 地面に蹲る彼女を見つけた時、私は血の気が引いたんだ! 幸い、怪我は捻挫で済んだが彼女の心の傷は深い!」

「そうでしたか……ここに書いてあることは理解いたしました」


 パタンと音がするほどの分厚い書類を閉じる。

 ゆっくりと立ち上がると、私はまた俯きがちにして殿下へと問いかける。


「私との婚約を破棄された後……殿下はフロウラ様と婚約をされるのですか?」

「そうだ。彼女は私やこの国のために、どれだけ貴様に卑劣なことをされようと耐えてくれたのだ。そんな彼女を私は愛している。彼女の気持ちに報いるためにも、私は彼女を婚約者に迎え入れる。このことは父上にも話をつけ、大臣らにも承認済みだ」

「そう……ですか。では、私は国外追放か北の労働所か……修道院かになるのでしょうね」

「それについては、貴様が真摯に謝罪をするのならば恩赦を与える」

「恩赦?」

「貴様には監視をつけ、生涯を離宮にて過ごさせる。そこで日々自身の愚行を反省し、国のためにその身を捧げることでこれまでの罪を許してやろう」

「身を捧げる……お祈りか何かをすればよろしいので?」

「そんな訳はあるまい。もっと実益になることに決まっているだろう」


 実益、か……つまりはあれだな。体よく言っているが、私を監禁して、面倒な執務もろもろをやらせよう、ということかな。

 陛下や大臣が同意したということは、私に執務を肩代わりさせることを条件に、彼女との結婚を認めるとなったのかもしれない……まぁ、分からないでもないけど。

 これまで専門の教育を受けていない者が、いきなり王族の執務がこなせるはずがない。それこそ十年以上、厳しい王子妃教育に耐え、やっとのこと認めてもらえるぐらいのものだ。

 それだけ耐えてきて。殿下に尽くしてきて。

 それなのに待ち受けるのは、監禁され、孤独に執務をこなすだけの日々なんて……


 そんなの耐えられない。


 ……だからこそ、この現状を打破してやろうと思うのだ。

 だって私、何にもしてないし。殿下のことはこれっぽっちも好きじゃないし。


 何と言っても私、転生者ですから♡ ふふふ♡



 バルベイル・バールライ侯爵令嬢は、『身分差を乗り越えて、この愛を貫かせていただきます!』という小説に出てくるヒロインの恋敵兼悪役令嬢である。

 物語のヒーローであるリューシアン・オウデンジーヌ第一王子殿下は、バルベイルと同い年で幼い頃からの婚約者。

 バルベイルは殿下を一途に愛してきた健気女子。

 二人が通う学園では入学時から成績優秀な美男美女、皆が憧れる未来の国王夫妻として有名だった。殿下に心酔していたバルベイルにとって彼の言うことは全てで、殿下に身も心も捧げてきた。

 誰よりも何よりも殿下に尽くしてきたけれど、二年生の中頃に季節外れの転校生として現れた、この物語のヒロインであるフロウラ・ヒロイネ男爵令嬢に彼を奪われてしまう。

 殿下のフロウラへの愛情が高まるにつれ、嫉妬と焦りから悪役令嬢と化し、ヒロインへ嫌がらせを繰り返してとうとう卒業式で断罪されてしまうのだ。

 その後は、フロウラは王妃となってこの国を支え、殿下と生涯唯一の愛を貫いた……というのが小説の結末ではあるのだが。

 断罪後のバルベイルについては『深く反省し、その身を国に捧げることで自身の罪を償った。』とあった。

 それが殿下の恩赦の内容か。

 ……どこが王妃となって国を支え、だ。実質、支えているのはバルベイルじゃないか。 


 そんなバルベイルに転生した私は、日本の女子大生だった大場あき。卒業間近に交通事故に遭う直前で、前世の記憶が途絶えている。

 で、目を覚ましたらバルベイルだった。まぁびっくりするよね!

 小説読みながら、この悪役の子、報われないなぁなんて思っていたから。その当事者になるなんて!

 でも当事者になった以上は現状打破するしかない! ってことで動き出したはいいんだけど……あきの記憶が出たのは卒業式まであと一年、というところだった。

 小説のように断罪されるなんてまっぴらごめんだ。悪いこともしたくないし、何より、好きなことをして生きたい。

 殿下に関しては物語だからヒーローでいられたのであって、現実にいたら権力のある浮気者だという認識です。そうです、ただのクズです。バルベイルの記憶はあっても、私には殿下への好意的な感情はない。


 ということで、早速、体力作りのために筋トレをした。

 何をするにしてもこのご令嬢、体力がない。まぁ運動なんてほとんどしてないからしょうがないのかもだけど。活動するには体が資本だから、体力作りするっきゃないと思い至ったのだ。

 運動部だったあきの知識を活かして、体に負担をかけないよう気をつけながら、腹筋背筋スクワットに体幹トレーニングなどをせっせとやりましたよ。そして人にバレないように走り込みとかも。

 バルベイルの場合は、あまり親から干渉されていなかったから、誤魔化しやすかった。おかげで足も速くなり、健康体を手に入れた。


 そして身のこなしが軽くなるとさぁ……やっちゃうわけよ。何せ私は物語を知っておりますから。殿下とヒロインがどこで逢瀬を重ねているか知っているわけで……そうなったらやるっきゃないでしょ。ちゃんと影武者も立てて、いざという時の私のアリバイは作っておいてから……


 殿下と男爵令嬢の、浮気の証拠集め♡


 探偵になった気分でこっそり現場を確認。ノートに逐一メモをした。殿下の言いなり淑やか令嬢がまさかそんなことをするだなんて誰も思っていないから、とっても動きやすかった。ええ、楽しませていただきました。

 いやぁ、ドラマの刑事さんの動きを真似てた時ほどワクワクしたことはないわ。こう、壁際で肩越しに覗く、あれ。超楽しかった。


 もちろん、物語のような嫌がらせなんてしていない。ちょうどあきが出てきたのが、バルベイルが嫌がらせを開始しだす前だったから。何とか間に合った。

 それからは体を鍛えることと浮気の証拠集めとに忙しかった。嫌がらせの時間なんてないない。しかも、王子妃教育は受けなきゃだったし。余計にそんな時間ない。しかもしかも、浮気殿下の代わりに執務をしろと命じられたりして。

 それについては嫌だったから、わざと汚い字で書いてやった。あれだよ、テストの時、合ってるのに字が汚くて丸つけてもらえないやつ。あれをやった。何枚も何枚も。そうしたら宰相が止めにきた。

 これが限界なんですー! と涙ながらそこそこの声量で叫べば、慌てた宰相から執務はしなくて良いと言われた。ふふふ。大成功ー!

 その後、執務がどうなったかは知らない。私に関係ないもんね。



 さてさて。そんなこんなで現在は小説のクライマックス。私達の卒業式での断罪劇。


 待ってました……それはもう、興奮して眠れなくなるぐらい待ち侘びておりましたとも!

 この一年、コツコツと体力作りと証拠集めに励み、この日のために特訓した早口と練りに練って数パターン用意した台本を頭に叩き込んで!

 その奮闘した日々を今! お披露目しようじゃありませんかっ!


「ここにいる皆様も……ご納得ですか? 私よりもフロウラ様こそが、王子妃……未来の王妃に相応しい、と?」

「貴様は何を聞いている!」

「ただの確認です。殿下の判断を皆様が尊重されるのは当然のこと。異を唱える者はおりませんね、という意志を確認したかっただけです」

「いるわけがないだろう! なぁ、皆の者!」


 いきなり話を振られ、一歩引いたような面々に、なぁ! と畳み掛ける殿下。


「そ、その通りです、殿下。私は……バルベイル様より、その……フロウラ様の方が、王妃に相応しいと、思います」


 殿下の側近その一が答えると、周りもそれに賛同する。

 長いものには巻かれろ精神だけど、まぁ学生だし、力関係がこうもはっきりしていたらしょうがないのかな。


「聞いたか、バルベイル! 皆もこう申しておる! 貴様に残された道は誠心誠意謝り、罪を償うことだ!」


 ええ、ええ、聞きましたよ。じゃあ心置きなく♡


「お言葉ですが、私はやってもいないことを認めることは出来ませんわ」


 にっこり。にこにこ。

 これまでのバルベイルでは考えられない発言と笑顔に、殿下も周囲も、フロウラでさえも固まっている。


「……は?」

「は? ではございません、殿下。私はここに書かれてあるようなことは何一つやっておりません。ですので謝罪する必要もなければ、咎められる罪もございません」

「なんっ……!」

「なんっ……! ではなく。良いですか、もう一度申しますよ。私は、ここに書かれてあることを、一切、やっておりません!」


 言い切った私に、なおも固まる殿下。もう話が進まないなぁ。そんなことではおいていきますよ!


「色々とツッコミどころ満載な資料となっておりますが……これの作成はどなたが? 手書きなので所々、読めない字で書かれておりますわね。誤字脱字も多ければ、こことここに記載の日時がズレております。これを承認したのはどなたですか? 作成者の間違いを正すはずの者もうっかりしていたのですかね?」


 私の指摘に顔を赤くしたのは側近その一とその周辺の人間達だ。宰相の甥っ子の側近その一は、殿下のイエスマン。だからまぁ、しょうがないミスかもしれないな。


「あまりに多いので、大きいものを取り上げましょう。いきますよ。準備はいいですね?」


 笑顔の私はさぞや不気味だろう。

 そりゃあ今までがお淑やかの俯き令嬢でしたからね。

 しかぁし! 今の私は、元運動部の転生者。大きい声も出せますから。すうっと息を吸って、お腹に力を入れて声を張る。


「まずここ! この水浸しの件。水浸しにされた、としかありませんが、学園の備品を故意に壊したり汚したりするのは、学園の規則により罰則対象となります。ならば教師の介入なし、というのはありえませんね? そして机が水浸しということは、椅子も床も当然濡れていたでしょう。水浸しの被害を受けていれば、机と椅子はさすがに交換されていなければ授業も受けられません。以上の二点を踏まえ、私が教師から注意されている姿を見たという方、または机や椅子を交換しているところを見たという方は?」


 誰も答えないので、こちらから指名しよう。ちょうど目が合ったのは、フロウラと同じクラスのご令嬢だ。


「あなた、フロウラ様と同じクラスですね?」

「え……いえ……あの……」

「私は全生徒がどのクラスか把握しておりますから誤魔化されませんよ。それで、あなたはこの水浸しとなった机と椅子を交換するところを見ましたか?」

「あ……あの、私は……」

「覚えてらっしゃいませんか?」

「あ、はい、覚えてません……」

「そうですか。交換作業はそれなりに時間も手間もかかるでしょうから、クラスメイトならば覚えていると思ったのですが……それとも水浸しのまま授業を受けられたのかしら? 水浸しで授業を受けたのなら、制服も濡れたと思います。どなたか、フロウラ様が濡れながら授業を受けていたところを見たという方、いらっしゃいませんか? もしくは濡れた机や椅子を見たという方でもよろしいですよ。いらっしゃるなら手を挙げてー」


 私の言葉に余計に周りは静まり返る。


「目撃者無しですか。これでは事実確認が出来ず、話の信憑性すら危ぶまれますわ」

「……私の机は本当にっ!」


 フロウラが、震える声で叫んだ。


「はい。でもですね、この話が本当だとして、机が水浸しになるなどなかなか起こることではございませんのに、どなたも覚えていらっしゃらないのですよ。フロウラ様のみ覚えております。これがあったのは……まだ三ヶ月前ですか。この三ヶ月の間に、何度も水浸しの机が発見されていたのならば、どの時の? となってもおかしくはありませんが。ああ、そうですね。皆様、私に指示されて……でしたか。私が恐くて言い出せない可能性もあるわけですね」

「そ、そうですわ! 皆様を脅迫して、私に嫌がらせをさせていたではありませんか!」

「では、あなたが嫌がらせをされたという方はどなたですか?」


 え、とだけ溢して彼女は黙り込む。


「ですから、その皆様、はどなたです? 私は誰にもそのような指示を出しておりません。けれど、あなたは私が指示を出した方々から嫌がらせをされた、と確信しておられる。それはつまり、嫌がらせをした実行犯から私の名前を聞いた、ということではないですか? 私や実行犯が恐いかもしれませんが、大丈夫ですよ。今のあなたには殿下がいらっしゃいます。この場にいる誰もが、あなたこそ王妃に相応しいとお思いです。もうあなたに嫌がらせをする者はいませんわ。それに、私が犯人ということははっきりとおっしゃっていますから。実行犯の名を申していただければ、すぐに解決しましょう。嫌がらせをした者を許すにしても、罪を認めさせる必要がありますでしょう? ならばほら、遠慮せずにおっしゃってください。どうぞ!」

「それは……」

「貴様! フロウラを追い詰めるようなことを言うな!」


 ここで殿下が口を挟むのは想定内。というより予想通り過ぎて面白い。


「ですが殿下。この中にはフロウラ様に嫌がらせをした実行犯がいるのですよ? その者達は謝罪もせずにフロウラ様を王妃に担ぎ上げている……これではまたいつか、彼女を傷付ける者が出てきてもおかしくありません」

「そんな者、私が排除するまでだ!」

「そうですか。では、私の指示によって動く者……となれば、私か、フロウラ様のクラスメイトあたりが怪しいですわね!」


 ね、と笑って小首を傾げる。にこにことしながら周りを見れば、私のクラスメイト達が信じられない者を見る目で私を見ていた。


「何をデタラメを!」

「デタラメだとなぜ決めつけるのですか? 私は指示を出した覚えがございませんが、私が動かすなら、と考えて予想を口にしただけです。それが妥当な線かと」

「妥当な線で、クラスメイトを巻き込むのか!」

「身に覚えがなく、信憑性も低い話なのに私が犯人だと決めつけられているのですから。そりゃあ私だって、私なりに犯人探しはいたしますよ」

「き、貴様……っ!」


 殿下が怒りに震えだしたところで、私は話題を変える。


「まぁ、これは証言が出ないので一旦置いときましょう。では次。一週間前に大階段から落ちたとのことですが。最上段から私に突き落とされたのならば、怪我が捻挫だけで済むはずがありません。あの段数から落ちたのに打ち身一つないのはどういうことですか? 受け身を取っていたとしても、体のどこかは絶対に階段にぶつけているはずです。お化粧で隠されているとか?」


 皆の視線がフロウラに向く。その顔にも腕にも打撲痕は一つもなく。美しい白い肌が出ている。


「体を鍛えている騎士様なら、あの段数から突き落とされても打ち身一つせず捻挫だけで済むかしら? どうです?」

「……私には、無理です」

「そうですか。ここで騎士様が自信を持って出来るとおっしゃるなら、治療費は持ちますからやってもらおうかと思っていましたわ。検証出来なくて残念です」


 質問に答えた騎士は顔が青くなっている。返答を間違えなくて良かったと思っているのかもしれないな、これは。


「では、階段から落ちたなら必ずどこかしらぶつけているはずですね。他の可能性としては、よっぽど私が強く押して、階段のないところまで飛ばされでもしたか、ですが……この場合は、それほどまでに強く押されていれば、押された箇所は骨折でもしていることでしょう。なにせ、あの大階段の先まで押すのです。とんでもない衝撃がきますでしょうから」


 今度は先程、私の質問に答えなかった騎士に向いて問いかける。


「そちらの騎士様ならば、あの階段から人を押して、階段のない距離まで飛ばせますか? 投げるのではないですよ? 突き飛ばして、です」

「無理……です」

「そうでしょうそうでしょう。それに階段のないところまで飛ばされたとして、あの高さからの落下です。着地に成功したとしても、ご令嬢の細足で一週間の捻挫で済むなんて……落下地点にクッションでも敷いていたのでしょうか? いやいや、それでも片足だけの捻挫……ならば片足着地を? あの高さで?」


 うーんと首をひねる私の後ろには、青褪めた騎士が二人。普段から怪我と隣り合わせの彼らなら、この報告の異常さが嫌というほど分かるだろう。

 おやおや、フロウラが小さく震えだしたぞ。ついでにその後ろの側近その一と周辺も。


「それと、一週間前に捻挫したにしては、ケロッと歩いておられましたね。入場からこれまで、フロウラ様が足を痛めている素振りは見ておりませんわ。捻挫はとても痛いものです。それこそ治癒後は足をつくのが恐いと思うことだってありますわ。私も全治二週間の捻挫をした際、ギチギチに固められていたところ、良くなったから軽い補助だけで歩けと言われても恐くて踵がつけられませんでした。意識せず歩くのに時間がかかりましたが……現在、全く痛みを感じず、殿下ともいつも通りにダンスをこなすぐらいの回復をしているとは。なんとも頑丈で健康的な御身体で」


 フロウラが殿下に体重をかけたのか、殿下がいきなりよろけた。いいぞいいぞ。その三文芝居。もっとやれ。


「次です。私の私室から見つかったネックレスですが。私はこのネックレスのことは存じ上げませんけども……それはおいておくにしても、勝手に人の私室の引き出しを漁るなど、窃盗と同じですわ。しかもこの日付、両親は長期で祖父の元を訪れていた期間ですから、家を留守にしております。ですから二人が私の部屋へと誰かを招き入れたはずがなく、勝手に侵入したとしか考えられません。家令にその権限はありませんし、もしくは家令を脅しでもしましたか? このような行動を取る者は即刻、家屋への不法侵入と窃盗、そして使用人への脅迫で訴えさせていただきますけど」

「ふ、不法侵入などしていない!」

「あら、殿下はどうやって入ったのかご存知なのですね。では教えてください。どうやって当主のいない家に入り、私の部屋の引き出しを開けたのですか? 殿下といえど、そのようなことをしては犯罪者になりますよ?」

「わ、私じゃない! そこの、そこの生徒が勝手に!」


 殿下が指差した先にいた生徒が悲鳴を上げる。

 あーあ。濡れ衣を着せられて可哀想に。


「あなたは……ギヌレ伯爵家のご子息様ですね。では、改めて我が家から正式に今回の不法侵入と窃盗、脅迫の疑いについてまとめて、ご当主様に書状をお送りさせていただきますわ」

「なっ……違います! 俺は知りません!」

「あら、では殿下が嘘をおっしゃったと?」

「違う……違う、俺じゃ……」

「殿下があなただとおっしゃっていますからね。それとも殿下、彼は否定しておりますが、殿下の勘違いか何かで?」

「いや……それは……」


 歯切れの悪い殿下に、指名された子息は顔面蒼白で数歩前に出て訴える。


「殿下! 俺はあなたとお話ししたことすらありません! そんな俺がどうやって婚約者の方の家に──」

「お黙りなさい」


 その子息を止めたのはもちろん私だ。

 ……お黙りなさい、ってさ。台本にはないよ、こんな台詞。

 でもでも、言ってみたい台詞ではあったよね。やばい、そわそわしちゃう。


「殿下が、あなただと、おっしゃっています。ですよね、殿下?」

「…………」

「この場合、沈黙は肯定としましょう。さぁ、ギヌレ伯爵子息様、たっぷりとその罪を償ってくださいませね。いやぁ、犯人が見つかって良かったですわ。これで話が先に進め──」

「いやだ! ちがう! 殿下!」


 子息が暴れ出しそうになったところ、周りの生徒が押さえている。しかしそれを振りほどく程、彼は手足を動かしていた。


「……騎士様、暴れておいでですよ。このままでは殿下に危害を加える可能性がありますけれど。無抵抗の私は両腕を捕らえていたのに、暴れる疑いのある者は静観されるのですか?」


 私の言葉に、殿下と子息を数度交互に見て、騎士の一人が子息へと駆け寄り、その両手を後ろにして捕まえた。


「大人しく……してください」

「違う! やめろ! 離せ! 俺じゃない!」

「やめてください! 彼は……彼は何もしていません!」


 すると横から飛び出してきたのは大泣きのご令嬢。あの子は、あの子息の婚約者だ。庇うなんてとても仲が良いのだろう。ああ、胸が痛い。けれど手を緩めるわけにはいかない。

 だって緩めたら私が悪者になるんだもの。私はそんなにお人好しじゃない。


「あらあらまぁまぁ。あんなにも泣いて否定しておりますけど……殿下がおっしゃったことですのに、ねぇ?」


 殿下を見て問えば、唇を噛み締めていた殿下が小さく騎士へと指示を出した。


「その手を離せ」


 すぐに騎士は手を離す。私の時はけっこうな力をかけていただろうに。ひどい話だ。


「彼ではなかった。私の見間違いだ」

「そうですか。では、どなたですか?」

「……は?」

「は? ではなくて。どなたですか? 私の家に不法に侵入し、私の部屋の引き出しを漁った犯罪者は?」

「誰……かは……」

「次こそは間違えないでくださいませ? 彼らのように、悲しい思いをする方が増えるだけなので。さぁさぁ、発表していただきましょう! 殿下が言えないのならば、この資料を作成した方でも結構ですよ! ほら、ここを書いた方。ここに書いたということは、ちゃんと言質を取って書いたのでしょう? もしくは自分がやりましたーという方でも。はい、手を挙げてー」


 片手を挙げてみても、まぁ当然、誰の手も挙がらない。


「はぁ。残念ですね。ここで犯人が出てくれば、私の引き出しからこのネックレスが出てきたという確たる証拠になりましたのに。では、これは証拠不十分ということで」


 ふう、と一息ついて。泣きながら子息とご令嬢が抱き合っている姿を見る。良かったねぇ、本当。ごめんね、辛い思いをさせて。

 それを横目で見てから、次の話題に。 


「ところでこのネックレス、婚約者がいる身で別の女性にこのような高価な贈り物をしている時点で、浮気と思われても仕方ありませんが、いかがでしょう? これだけでなく殿下は浮気を繰り返してましたわね。逢引も抱擁も接吻もしておられて。その日時も場所も、きっちりと日記に残しておりますから、ご安心なさってください。まぁこれが浮気かどうかの判断は両陛下にお任せしましょう。浮気でないと言うのであれば、国としてこの行動を善と認めたことになりますわね」


 ご令嬢方から小さく悲鳴が上がる。そうでしょうね。なんてったってこの国は超ピュア。超プラトニック。唇へのキスは、結婚式の誓いのキスが初めてというのが常識。恋人同士でも頬へのキスくらいだ。

 それが殿下とフロウラはまぁ濃厚な一幕を繰り広げておりましたわ。燃え上がったのでしょうね、禁断の恋とやらに。お陰で良いネタ集めになった。

 嫉妬深いと有名な王妃陛下が聞いたら何とおっしゃるか。


「そして最後に。長らくフロウラ様から私の悪事を聞いていたのに、やめてと言われたから殿下はお止めにならなかったそうですが。殿下の権力を以てすれば、私を止めることなど造作もないことでしょうに、なぜそうしなかったのですか? 殿下は、愛する女性が水浸しの机で授業を受けたかもしれない被害を聞きながら、何一つ対処することなく、怪我まで負わせるに至ったということですね? 何という決断力! おみそれ致しますわ」


 あはは、と一笑いすれば、周囲が息を呑むのが分かった。


「まぁその怪我もどうやって負ったか分かりませんが。あの大階段の最上段から落ちて怪我をしているなら、まだまだ足も腫れ上がって痛むことでしょう。無論、包帯なりなんなりで固定もしておかなければ、とてもじゃないですが歩けません。どうしても殿下がこの書類の内容を信じるとおっしゃるなら、実際に検証してみますか? もちろん、被検体は私と殿下で。二人で落ちて、お互いにどんな怪我を負うのか確かめれば良いですわね! 殿下は私やフロウラ様よりも体を鍛えていらっしゃるから、もしかすると一週間もかからない怪我で終わるかもしれませんもの。楽勝楽勝。そう思いませんか、フロウラ様?」


 殿下がフロウラを見る。殿下の顔には今まで無かった焦りと困惑がありありと出ていた。そして、フロウラはもう顔色が真っ白で、泣きそうにすらなっている。

 常識的に考えて、階段落ちの練習でもしてないと無理でしょうよ。


「さて、殿下。ここまでの私の話を聞いて、どうご判断されますか? まだまだツッコもうと思えばツッコめますけど。私に全面的に罪があるとお思いですか?」


 余裕綽々の私に比べ、殿下には一切の余裕がない。汗すら浮き出ているが、己の愚かさを認めるには彼のプライドが邪魔をするのだろう。

 それでもここで私を否定すれば、あの階段から落とされることになる。私も被検体になるといえば、彼は拒否出来ない。私に出来て、彼に出来ないことはないと思うような性格だから。

 いやぁ、長年の婚約者だからこそ殿下の性格が分かってるというね。


「……調査を、し直そう」

「もう遅いですわ、殿下。既に陛下や大臣に私のことをお話しなのでしょう? ここで再調査されたとしても、私への信頼が完全回復するとは思えません。それにここにいる皆様からも、私は王妃に相応しくないと思われておりますから」

「それなら、どうしろとっ!」

「あなたの愚かしい判断で、一人の女性の尊厳を踏み躙っただけでなく、冤罪で生涯監禁しようとしていたということを忘れないでください。それと、卒業式という学園生にとっては一生に一度の晴れ舞台を、こんな風にとんでもない空気にしたことも。後で皆様にしっかり謝ってくださいね。あと、罪を問うならば確たる証拠をお持ちになってからにしてください。資料を読むだけで抜け穴だらけだと分かるようなことを問い詰められても、くだらないと一蹴されて終わりますわ。それこそ、こんな出来の悪い資料を諸外国との交渉にでも使おうものなら、出直してこいと笑われて終わりますからね。お気をつけなさって?」


 ふふ、と笑えば殿下の顔が真っ赤になる。バルベイルに初めて馬鹿にされた瞬間だろう。

 ま、私は小説で知ってたし、台本まで作ってたから資料を一度読んだだけでここまでグイグイ押せたんだけど。

 実際、この世界の私は何もやっていないのに、この資料の中に書いてあったのは小説でバルベイルがやっていたことがほとんどだった。

 小説より悪質だったけど。小説では教科書を濡らした、くらいだったし。大階段も、普通の校舎の中にある階段の途中からだったし。ネックレスについては、バルベイルが持っているところを見つかったはずだ。

 何もしないからでっちあげたのかもしれないけど……大袈裟にすれば良いというものではない。この資料はおざなり過ぎて、いっそ愉快だった。

 そんな資料を自信満々に寄越すのだから……もうねぇ。いっそ愉快犯ですよ、殿下。


 そうして私はフロウラへと視線をうつす。彼女はもう、私と視線すら合わせられない。 


「フロウラ様、あなたが確証もなく言ったことで、私とあなたのクラスメイトにはいつかあなたを傷付けるかもしれないという疑惑が浮かびました。今後、あなたに何かあれば、殿下によって彼らは排除されるかもしれません。その恐怖を彼らに与えるきっかけを作ったのはあなたです。王妃となるならば、ご自身の言動にはくれぐれもご注意なさってくださいね。伴う責任が、これまでの比ではございませんから」


 静まり返った会場で、殿下もフロウラからも何の返答もなかった。


「ここにいる皆様も。自分は無関係だとお思いの方もいらっしゃるでしょうが、そんなことはありませんよ。皆様は、殿下の話を聞き、私よりもフロウラ様を王妃に選ばれました。それをここまで覆すことをしなかった。いくつか挙げた例のどれかに違和感を感じたとしても、言葉にはしなかった。それがどういうことなのか、ご自身の取った言動が正しかったのかを、きちんと見つめ直してくださいませ。権力に逆らえないために口を閉ざし続け、正しいことを支持出来ないままでは……いずれこの国は、廃れていくと思いますから」


 権力に逆らえなかったから。王は絶対だから。それを理由に、自分で考えることをしなかった。流れに任せて選んでしまった道が正しかったのかを、深く考えてほしい。そして、子供達には同じ過ちを繰り返すなと教えてほしい。

 でなければ、この国はこのままだ。


「最後になってしまいましたけど、ギヌレ伯爵子息様には大変恐い思いをさせてしまいましたわね。巻き込んでしまって申し訳ございませんでした。あそこできちんと否定されたのは勇気ある行動でしたわ。あなたには、あなたの無実を訴える婚約者と、暴れるあなたを止める方々がいる。皆、あなたを思って、あのような行動を取ったのだと思います。その方々を大切になさってくださいね。私のことは恨んでくださってかまいません。犯人があなたではないと分かった上で追い込んだのですから。本当にごめんなさい」


 ギヌレ伯爵子息に頭を下げると、彼は泣きながら私へと頭を下げ、申し訳ございませんでした、と謝罪の言葉を口にした。婚約者やその周囲からも泣きながら謝られてしまった。

 これ以上、私が彼らにかけられる言葉はなかったが、彼らがこの国を支えてくれることを祈っておこう。



 さぁて、もう終わりだな。


「長いことお話をしてしまいましたね。私はもう用がないので、この場からは出て行きます。残った皆様は最後まで卒業式をお楽しみくださいませ」


 体に染み付いた美しいカーテシーを。

 そして最後に、バルベイルの言いたかったことを、ぶつけてやろう。


「……リューシアン殿下、私はいついかなる時も、迷うことなく貴方様だけを愛しておりましたわ」


 殿下がヒュッと息を吸い込んだ。その両手はフロウラから離れ、片手がゆっくりと私へと伸ばされる。


「まっ、それももう、過去のことですがね! 今はこれっぽっちも好きではありません。あなたみたいな浮気者と縁が切れて清清しておりますわ。顔も好みじゃないし! あーさっぱり!」


 ばんざーいとすれば、鳩が豆鉄砲を食ったよう顔をした殿下。うんうん。イケメンの素っ頓狂な顔はいいなぁ!

 転生前にもイケメンのこんな表情は見たことなかったから。気分上々!


「それでは! 皆様のお力でリューシアン殿下とフロウラ様をお支えし、素晴らしい国となるよう務めてくださいませ。アディオース♡」


 私はヒールのついた走りづらい靴をその場に脱ぎ捨て、ドレスの裾を持って走り去る。そこそこ走れるようになったおかげだ。足がもつれないし、この日のためにドレスは軽量化しておいた。

 まさか令嬢が走るとは思わない面々は、上手いこと避けてくれて、私は待ち構えていた質素な馬車へと飛び乗った。


「出して!」

「はい!」


 さよなら。バルベイルの愛した殿下。私はちっとも好きになれなかったけど。バルベイルは心からろくでもないあなたのことを愛していましたよ。

 バルベイルの分の涙を拭って後ろを振り向けば、遠くに卒業式の会場が見えた。

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