最終章 幸福の使い
「ラウレア、しっかりしろ!」
2人の男の姿はなく、目の前にはアラメアがいた。
どこかに隠れているのだろうか。そんなことはどうでもよかった。僕は、彼女にもう一度会いたかったんだ。
海の向こうに太陽が落ち始める。陸に来て5度目の日暮れだ。
彼女のほうを向く。少し不安そうな、あの日、別れ際に見せたような悲しそうな、そんな顔だった。
「アル。アラメア、君はあの日の女の子だったんだね。」
「なんでその呼び方を・・・。その呼び方は村の大人と彼しか知らないはず!」
「僕だよ、ラウレアだよ。ウミガメのラウレアだよ。ちゃんと君のために戻ってきたんだ。」
「うそ、そんなことあるはずない!だってどっからどう見ても人間じゃないか・・・。」
「魔法さ。君に会いに来るために人間になったんだ。でもその魔法もじきに解ける。」
オレンジが激しく光り始める。僕の体も光に包まれる。
日が、暮れた。
あたりが紺色で包まれた後、彼女は両手を口に当て驚いた表情をした。
僕の姿がウミガメに戻ったからだ。
「本当に、本当に、あのラウレアなの?」
「ああ、本当さ。」
「会いたかったわ!」
彼女が両手で僕の甲羅を包み込む。僕は両方のひれで彼女を包み込むとしっかりと抱きしめた。
「僕も会いたかったよ、アラメア。」
「10年の約束覚えていてくれたのね。」
「君こそ、忘れたと思っていたよ。」
見つめ合い、お互いの頬に手とひれを当てる。
とてもロマンチックで幸せなひと時。
だけどそれも長くは続かない。
分かっている。だから、彼女に告げなくては。
「16歳の掟は覚えているね。」
「ええ。」
澄んだ緋色の目と合う。その中に鈍い紺色の瞳が映る。
ドクン、ドクン。
心臓が五月蠅く高鳴る。
頬が赤く染まる。
10年待っていた、これは。
“恋”だ。
「僕は君に食べられるために帰ってきたんだ。」
「知ってた。」
こつんと2人で頭をぶつけあう。
「大切な者のために、僕は幸福の海亀になって帰ってきたんだ。」
「とっても素敵ね。」
「ああ、だから。」
のどがごくりとなる。早まってはいけない。早まってはいけない、けど。
「僕を食べて♡」
緋色が揺れる。それは悲しみではなく興奮。
彼女は僕の首元にそっと口を寄せる。
そのまま、口づけをした。
そして思い切り嚙み千切った。
「あは♡あはは♡」
ぶちぶちと繊維がちぎれる音がする。
彼女が甲羅に手をかける。
勢いよく力を込めると剥ぎ取った。
背中が空気に触れる。
痛みも忘れ彼女のほうを見る。
「嬉し♡」
彼女ののどが鳴る。
口元から血が滴る。
目に口づけをしたかと思うとガブリと引きちぎる。
僕の体が彼女の中に取り込まれていく。
「「これでずっと一緒に居られるね♡」」
「何をしているんだ、アラメア!!」
「村長。」
「それは、もしかして・・・ら、ラウレアか?」
「ええ、これで彼とずっと一緒に居られるの!彼と今愛し合ってるの!邪魔しないで!」
「・・・俺は何も見てない、俺は。」
片方の目で村長が項垂れて帰っていくのが見えた。僕はもう長くないんだろう。その姿はそんなことがうかがえた。
「ねえ、ラウレア生まれ変わったらね。あなたとまた愛し合いたい。」
「僕もだよ。アラメア。」
彼女が僕の中をかき回し、心臓と思われる部分を取り出す。
「僕が君にとっての幸福の使いでありますように。」
「愛してるわ。」
ブチッ