第3章 初めての人間
「・・・て。・・・きて。」
「う~ん。僕は・・・。」
「おきて!」
「うわあ!」
甲羅をゆすられて僕は目覚め・・・。
「あれ!?甲羅がない!」
「甲羅?浮き輪のことかしら。カメみたいなこと言うのね。頭でも打った?」
「呼吸もうまく出来ない!はあっはあっ・・・ってもともと肺呼吸だった。」
「あはは!ちょっとは落ち着きなよ!」
手の甲で目をこすり、くるくると周りを見渡す。少女は楽しそうに微笑んでいる。どこかの砂浜だろうか海面と寄せる波が見える。魔導士が住んでいたやつよりは新品な船が遠くに並んでいる。そして自分の手足を見た。
見慣れた4本のひれはなく、そこには褐色の健康的な・・・人間の手足があった。
僕は、人間になったんだ。
「うぉう・・・。」
「ちょっとは落ち着いた?ウミガメもどき。」
「ウミガメ?僕はもともと・・・!」
少女に言われ、言いかけた言葉を飲み込む。
『最初に会った人間に自分の正体を明かしてはいけないよ。』
「僕は、僕は、ラウレア。ラウレアって言うんだ。」
「まあ素敵な名前ね。あたし、アラメア。」
必死に誤魔化すと彼女はまた楽しそうに笑った。
その笑い方は、いつかどこかで見たような・・・。
目をじいっと細めてみても思い出せない。僕はしばらく一人百面相をした後、海のほうに視線を投げた。
「僕はお嫁さんを探しに来たんだ。陸で恋をしようって。」
「まあそれはロマンチックね。」
そうだ、僕は人間と恋がしたくてこの体を手に入れたんだ。願わくば、あの日僕を助けてくれた少女のような海のように心の広い人間と。
「あの、君の住む場所にこれくらいの背丈の女の子はいないかい?」
「子供の女の子?私の村にはいないわ。村では私が最年少。近隣の村にもいないわね。」
「そっか。あ、そうだ。君に助けてもらったお礼を言ってなかった。助けてくれてどうもありがとう。」
「どういたしまして。そろそろ日が暮れるわ。あなた、そんなんじゃ泊まるところもないんでしょう?
私の村に招待するわ。」
「ありがとう。恩に着るよ。」
アラメアに連れられて、平たい木が連なった上を歩いたり、砂がたくさん敷き詰められた細いうねうねを歩いたりしているうちに、人間がたくさん集まっている場所に出た。アラメアより大きな人間、僕と同じ感じがするからオスなんだろう。が、木を切ったり、魚を火にかけていたり・・・魚?
「アラメア。」
こそっと彼女に話しかける。前を歩いていた彼女は不思議そうに振り向いた。
「君たちは魚を食べるのか?」
「そうよ???ラウレアは食べないの?」
「僕の主食は海藻だ。魚なんて食べない。」
「ベジタリアン的な?生憎だけど、ここでは魚やカメにサメ。食べれるものは食べないと死んでしまうわ。弱い子供や女はみんな死んでしまった。怖がって食べなかったものも死んでしまった。あなたのようにベジタリアンの様な思想を持ったものも死んでしまった。もう人が死ぬのはうんざりなのよ。」
本気で嫌そうに彼女が言う。たくさんの人間が死ぬのを見てきたのだろう。その言葉には重みがあった。
「昼間私が獲ってきた魚があるわ。食べましょう。」
「あ、あぁ・・・。」
彼女はたくさんある小屋のうちの一つに入り、僕も入るように促した。連れられてついていくとそこには優しい灯りの中でたくさんの人間のものが飾られていた。口をぽかんと開け、あたりを見回す。これが人間の暮らし。僕は驚いたまま固まった。
「これと、これで、よし。ラウレア、外で焼いて食べよう。」
「さっきの男のところか?」
「そうそう。さ、いこ!」
手を捕まれ、そのまま外へ。
一瞬ドキッとする。
ドキッ?と悩んでる間に火のそばまで来た。男は僕に一瞥くれるとそのまま火のほうに視線を移した。
「あんたは。」
「はい?」
大地を這うような低く響く声。一歩後ずさる。この人間は、何かを見透かすような、そんな恐怖すらあった。
「あまり長居をするな。」
「・・・はい?」
思わぬ忠告に首をかしげる。そもそも魔法の約束があるから長居はできない。それを忘れるなということだろうか。そう思っていると彼女か横から飛び出した。
「もう!村長、またそんなこと言って追い出さないで!」
「・・・。」
村長と言われた男はそれ以降口を開かない。もう!ともう一度怒った彼女が火のそばに魚を枝にさして並べ始めた。かつて海でともに泳いだであろう仲間たちが無残な姿でこちらを見ている。
「両面に焦げ目がついたら食べていいからね。食べなれてないだろうから教えてあげる。」
「ありがとう。」
初めて嗅ぐ良い香り。おなかがぐうっと音を立てた。
「ははっ、やっぱこの匂いには勝てないよね!」
「ははは。」
「はい、焼けたよ!」
両面をこんがり焼いた魚が目の前に出される。ここで食べなければさっきのように彼女は悲しい顔をするだろう。でも僕はウミガメ・・・ちがう、今は人間だ。
「いただきます。」
一口。魚の身がふわりとほどける。口の中に甘さと塩味が広がる。気が付けば、次に次にと噛り付いていた。夢中で噛り付く僕を見て彼女は嬉しそうに笑った。