第2章 ボーン・ボーン・マジック
僕たちがいたのはサンゴ礁の近く。噂の海の底の人間はすぐ近くにいるとのことだった。僕は半信半疑に行き方を聞く。単なる気まぐれだ。ちょっと行ってみて違ったら、散歩に行ってたとでも返せばいい。
「そいつがいるのはこの先、通称“死の谷”と言われるところだ。」
「また不吉な名前だな。」
「あんな所に行くなんてよっぽどの物好きと言われている。」
「教えてくれてありがとう。」
「おぉい、ラウレア。話は最後まで聞けって。」
「なんだよ、物好きだって笑うのか?」
「ちがう、合言葉があるんだ。それを言わないと海の底の人間は会ってくれない。」
「それを先に言え。」
ひれで友達の頭を小突きながら僕は合言葉を催促する。
「えっとな、『ボーン・ボーン・マジック!偉大なる魔導士様、どうかその叡智をお恵みくださいませ!』だったと思うぞ。」
「恩着せがましい人間だな。まあいいか、行ってみるよ。」
気を付けて行けよーという友達の声を背に海の中を泳ぐ。
もし人間になれたら・・・そこまで考えて首を左右に振った。
サンゴ礁が足元からなくなり始めてしばらくして、それは見えてきた。
古びた人間の乗り物、茶色い船がそこにはあった。
周りには魚一匹いない。
ここが、通称“死の谷”。
恐る恐る船のほうへ泳いでいく。視界の隅を白い何かが通った。念のため拾っておく。そのまま真っ直ぐ泳ぐと船の真ん中らへんにすぐ着いた。
「すいませーん、誰かいませんかー?」
声を掛けてみる。返事はない。なんだ、ただの噂話かとサンゴ礁のほうに戻ろうとすると、ガタっと物音がした。
「誰か・・・いるんですか?」
「・・・ばを。」
「え?」
「合言葉を唱えよ。」
重々しい声。驚いた僕は口から泡を吐いた。おっと、驚いている場合じゃない。友達に教えてもらった合言葉を必死に思い出す。
「ボーン・ボーン・マジック。偉大なる・・・偉大なる魔導士様、どうかその叡智をお恵みくださいませ。」
ガタガタガタガタ!
砂埃を纏いながら扉が開かれた。
ボロボロのフードのついた布切れ、真っ白な手足、くぼんだ眼窩。
「わああああああ!!!」
たまに海底に沈んでる人間のなれの果てと同じ姿。
「ボーンはホネッコ!ボーンは生まれる!そんな骨から生まれた魔法!ボーン・ボーン・マジックの使い手はこのわたく・・・待って!逃げないで!話を聞いて!!!」
とっさにしっぽを掴まれた僕は、その人物・・・もう白骨化してるから、その骨の前にいた。
今日はよくしっぽを掴まれる日だなと思いながら静かに話を聞く。
「おお、これは私の大腿骨。危うく海の藻屑になるところでした。」
「で、あんたは?」
「よくぞ聞いてくれたウミガメのボーイ。私は魔導士、魔法を使える。君は?」
「ラウレア。」
「よし、ラウレア。君は願いがあってきたんだね?その願い聞いてみようじゃないか。」
くすんだ赤い水晶を掲げながら魔導士は言う。僕はそれに視線を投げながら答えた。
「僕は人間になりたい。人間と恋をしたいんだ。」
ふむ、と顎あたりに手を当て魔導士は唸る。やっぱ、無理なんだなと視線を落とすと、さっさとサンゴ礁に帰ろうと向きを変えようとした。
「その願い、叶えて見せよう。」
「ほんと!?」
思わぬ言葉に顔をがばっと上げる。
「ああ、勿論だとも。私の得意魔法だ。」
「それじゃあ!」
「ただし条件がある!」
「・・・条件?」
魔導士は水晶を撫でながら僕のほうに視線を投げると静かに言った。
「魔法をかけて5回目の日が暮れる前に海に帰るんだ。魔法は永続じゃない。いつかは限界が来る。いいかい、5回目の日が暮れる前だよ。その前に帰ってくるんだ。」
「5回目の日暮れ・・・。」
「それから、最初に出会った人間に自分の正体を明かしてはいけない。正体を明かせばたちまち魔法は解けてしまう。」
「自分の正体・・・。」
5回目の日暮れ、自分の正体、と繰り返しつぶやく。その姿に魔導士は頷くと水晶を高く掲げた。
「ボーン・ボーン・マジック!願いを叶えよ!」
くすんでいた水晶が真っ赤に輝く。僕の意識も遠のく。
自分のひれを最後に視界が真っ暗になった。