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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

想いの花弁

作者: 紀希



「くそぉ、、」


くしゃくしゃ、、



「あぁあ!!!」


頭をかきむしる。


別に痒い訳ではない。



上手く構想が練れないと。


いいアイデアが浮かばないと。



私はこうして自棄になる。



ギィイ、、



夜風に吹かれ。


咲いている桜の枝が靡く。



月に照らされた床に。


桜の花弁が落ちる。



「悪くない、、」



今日は駄目だ。


今日だけ。考えるのをやめよう。



そう、繰り返す日々。



いつもそうだ。



私は物書きをしている。


収入は少ない、、


と言うか、、無い。



ゼロに近い。



桜が良く見えるこの部屋に居れるのも。


こうして、金も払わず宿泊出来るのも。



全ては、ここの女将さんのお陰だ。



女性の声A「先生~」


女性の声B「キャー」


女性の声C「大好き!!」



その黄色い歓声達は。


私に向けられたモノではない。



「まあまあ。


美しき少女達よ。



あまりにも元気だと。


君達の声で、僕は酔いしれてしまうよ?」



『キャー!!!』



今日は、やっと出版出来た本の。


私の。


サイン会だった、ハズなのだが、、



同じ出版社で発売した。女性に大人気小説家と、


どうやらサイン会がダブってしまった様だ。



「あらあら。



"新人さん"ではないか??



君の本を読ませて貰ったが、、


んー。。


何と言うか、安直且つ。


捻りが足らないなあ?



もう少し。頑張りたまえ。


私の様に、、なっ??




女性の声D「見てみて?」


女性の声E「本物よー」


女性の声F「私初めてよ、、」



「ふんっ」



そいつがウィンクをするもんだから。


建物は再び甲高い声で包まれた。



うるせぇ、、



「何で、こんな時に、、」



私に見せびらかすかの様に。


彼の前には長蛇の列があった。



私の所には誰一人として、居なかった。



「はあ、、」



やっと長文の文章が書けた。


長年の。辛抱と苦労の末。


無事。出版までたどり着けたのだが。。



期待を込めて隠れながら行った書店には、


私の本は、雑に積まれており。


表紙には埃が被っていた。



現実はそう。甘くはない。



多少の金銭も入ったが。


今までの借金に当てても、


全然足らないぐらいだった。



センスが無いのか。


才能が無いのか。



何度も何度も自分に言い聞かせた。



大丈夫か?



本当にやりたいのか?



これで良いのか??



私には、、


出来るのだろうか?



膨らむ借金。


募ってゆくだけの将来の不安に。



私以外に見られる事の無い未発表の物語達。



「先生??」


過去の自分に浸る。


「先生?」



我に返ると若い女性が居た。


「サイン下さい?」


中学生ぐらいの子だろうか。


「あっ。はいっ、、」


沢山サインの練習はした。


「どうぞ??」



若い女性「わぁ。


ありがとう。」


その子は大切そうに。


私の本を抱いて笑顔を見せた。



あぁ、、。



これまでやって来て、良かったな、、



そう、素直に思った。



物語の内容としては。


大した事は無かった。



文字数稼ぎをしまくった。


出版する為だけに作ったヤツだ。



でもそれが出版社にはウケた。



何の内容も無い。


ただの文字列が。



今日は、もう良い。


どうせ待った所でもう、来ないだろう。



私があの列を見て、悲観的になるだけだ。



帰ろう、、



そう椅子を畳み掛けた時。


「ちょっと、、待って、下さい、、」


息を切らした中年の男性が。


汗をかきながら苦しそうにする。



「だ、いじょうぶ。ですか?」



中年の男性は、カバンの中から私の本を取り出すと。


テーブルの上に置いた。


中年の男性「サイン、、



下さい、、」


「はい、、。」


本は汗で湿っていた。


「どうぞ??」


中年の男性「あらが、とう。


ござい、ます、、」



後方を見たが。


もう、誰も居なかった。



軽く片付けを進める私に。


中年の男性は、話し掛けて来る。



「私。遥々田舎から来まして、、



女房が先生のファンで、、」



結婚していたのか、、



失礼な偏見を持ちながら。


合間に相槌を打つ。



中年の男性「それで、、



もし良かったらなんですが、、



うちの旅館に泊まりませんか??」


「えっ??」



正直。


周りの歓声と。


私の起こしていた雑音で。


ある程度しか聞こえなかった。



中年の男性「料金は結構なので、、



是非とも。。」



いやいや。


それで。


どうしたら、そうなる?



「、、奥様がファンだから。


と言うのは分かるのですが。



料金を取らないと言うのは、


何かあるのですか??」



正直助かりはする。


食費が浮くし。


なによりも。



家に来る借金取りから隠れなくても済むのだから。



中年の男性「流石先生。


実はここの所。


客足が良くなくてですね、、?



それで、先生が泊まったとあらば。


注目を浴びれるかと思いましてですね、、?」



「はあ。。」



中年の男性「、、お願いします!!」



男性は、いきなり地に頭を付け始めた。


「ちょっと、、


何をなさっているのですか、、」


中年の男性「先生を連れて帰らねえと。


俺は女房に捨てられちまう!!



だからどうか!!!


この通りだ、、」



「いや、、」



いつの間にか皆の注目を浴びていた。



女性の声G「なあにあれ?」


女性の声H「あの人も物書きなんでしょ?」


女性の声I「土下座させてるわよ??」



男性の身勝手な行動に。


私まで捲き込まれてしまった。



あぁ、、



「分かりました、、


分かりましたから、、



頭を上げて下さい」



中年の男性「本当かい!?



良いのかい??



先生!!」


中年の男性は、私にすがり付く。



男性から放たれる汗の臭いが。


正直にキツかった。



「ふぁい。。」



中年の男性「じゃあ。



今から行きましょう。」



「、、え。。」



こうして。


初めての本のサイン会の当日。



奥さんが私のファンだと言う、


旅館を経営されている中年の男性に。



車に押し込まれる様に入れられ、


私は旅館へと連れられた。



『桜妻館』



送迎車らしき古い車には、


そう書かれていた。



「窓を開けても宜しいでしょうか?」


中年の男性「ええ。


すいませんクーラー壊れてるもんで。」


「大丈夫ですよ。」



4月と言うのに気温は既に夏の様だった。



少し汗ばむ身体に。


窓から入る風が心地好い。



中年の男性「先生?


うちの旅館古いんですがね?



毎年咲く桜が有名なんですわ。」


「それで桜が付いているんですね?」


中年の男性「ええ。


元々桜が有名な場所でして。



まあ、良くある田舎なんですわ。


あははは。」


「妻というのは??」


中年の男性「あぁ。



何でも、ここの先代が。


奥さんの事が大好きだったみたいで。



桜の様に。


美しい妻が居る旅館。



というのが由来らしくて。


以来。


ここの男は皆妻を立てて。


尻に敷かれて居るのです。」


「あははは。」



何と返せば良いのか。


言葉に詰まった。



中年の男性「いやあ。本当に。



先生が来てくれて良かった、、


俺。女房に捨てられる所でしたよ、、



うっ、ぅ、、」



「えぇえ、、



危ない!!」


中年の男性は涙を拭くと同時に。


車が車線をはみ出す。



中年の男性「あはは。


これは失敬、、」



大丈夫だろうか、、



シートベルトを強く掴み。


私は冷や汗をかいた。



景色はどんどん緑に覆われ。


建物が少なくなると、蛙の鳴き声が響いた。



ゲコゲコゲコ



久しぶりに聞いた。


ずっと部屋にこもりっきりだったもんだから。



こんな綺麗な緑と。


自然の音を感じれる事等無かった。



「良い場所ですね、。」



中年の男性「えへへ。


俺も。好きなんですよ。



こうゆうの、、」



知らない場所。



見た事の無い景色。



これは、自分への。


今まで頑張って来た事への。



神様からの御褒美だと。



この時はまでは思っていた。



中年の男性「着きましたで??」


いつの間にか外は真っ暗になっていた。


「あれ、、」



車から降りるなり頭をぶつける。


「イッ、、」



中年の男性「先生大丈夫ですかい??」


痛みと臭いで目が覚める。



「おぉ。」



頭を上げると何とも立派な旅館があった。


「本当に。


ここですか??」


中年の男性「えぇ。」


キョトンとした顔で私を見ていた。



泊まったら1泊幾らするんだ、、


中年の男性「どうぞ??」



ギィ、、



入ると同時に来た独特の匂いに。


昔から置いてあるであろう、古めかしい置物達。



「すごい、、」



中年の男性「えへへ。


気に入って貰えたようで。



ささ。


御部屋へと案内致しますよ。」



ロビーは広く。


真ん中には、畳があり。


2階からは、下が見える様になっている。



すごい。



語彙力の無さに自分でも呆れる。


雑誌でこうゆうのは見た事があったが。


まさか私が。


こんな所に泊まれる日が来るとは、、



試しに頬をツネってみる。


「ひはい、、」



中年の男性「先生??」


階段を上がり。後を付いて行く。



廊下を渡り。


違う場所に行く。



「広いですね??」


中年の男性「まあ。」


得意気に。男性は頭を触る。



中年の男性「こちらです。」


プレートには、月桜と書いてあった。



中へ入ると、部屋は広かった。


「えっ、、」



中年の男性「ここで一番良い部屋になります。



大浴場は、1階に降りてもらって、


その突き当たりにあります。



暖簾があるのですぐ分かると思います。



夕食が出来次第持って来ますが。


先に御風呂に入られますか?」



ぐうぅ、、



中年の男性「あはは。


先に夕食にしましょうね?



でわ後程。」



腹は私の口から声を出す前に。


解答を導き出した。



「はあ、、!」



床に寝転がる。



長方形の広い部屋。


既に奥には布団が敷いてあった。 



小さなテレビと。冷蔵庫。


入り口の近くにトイレはあった。



右奥には襖があり。


私は襖を開けた。



「おぉ、、」



目の前には大きな桜が咲いていた。


何処からか照らされているライトの明かりで。


桜は夜の顔を表す。



大きめの窓に桜が目一杯に広がる。


まるで、大きな写真を見ているかの様だった。



トントントン、、



「失礼致します。」



綺麗な声が聞こえた。



ザァッ、、。



「失礼します。



夕食の御用意が出来ましたので。


お持ち致しました。」


「はい。


どうも、、」



1日に2回も。


自分の頬をツネったのは始めてだった。



私は綺麗な声を放つ女性に見とれてしまった。



まるで、この世の者では無いかの様に。


それはそれは、大変美しかった。



「綺麗だ、、」


女性「えっ。。



もお。先生は御上手で、、



此方が今晩のメニューになります。



自己紹介が遅れましたが。


私。ここの女将をしております。



馬鹿旦那が大変失礼しまして。


遠慮無く泊まって行って下さいませ。



でわ。


ごゆっくり、御寛ぎ下さいませ。」



ザァッ、、。



襖が閉まり。


深く息を吸った。



あまりの妖艶さに、


思わず呼吸すらも忘れていた様だった。



並べられたテーブルの食事に目をやる。


「すげえ、、」



量もそうだが。


豪華だった。



山菜の天ぷらに新鮮なお刺身。


その他名前の分からない食べ物や小鉢が沢山あった。



「頂きます、、



うん。



旨い!!」



こんな贅沢な夕食は、食べた事が無い。


箸は次々と口へ食べ物を運ぶ。



食べながらさっきの女将さんを思い浮かべる。


「ありゃ狐が何かだ、、」



車内で中年の男性が言っていた事を思い出す。



「確か、桜の様に。


美しい妻が居る旅館てので、


だから男は皆。妻を立てて。


尻に敷かれて居る。


ってのだった気がしたが。



由来は間違っちゃ居ない。


尻に敷かれてるってのは嘘だな。



きっと自分から。


妻の言う事を聞いちゃうんだ。」



夕食を食べながら独り言を呟く。



彼には、職も。


綺麗な奥さんも居て。



私は。


借金取りに追われながら。


本を出版した。



、、。


口いっぱいに頬張る。



「こぉれえからぁだぁ!!」



カッカッカッ、、


行儀悪く御飯を掻き込む。



まだまだ米もおかずも沢山ある。



「うぷっ、、」



全てを平らげた頃には天井を向いていた。



中年の男性「先生??


入りますよ?」



ザァッ、、。



中年の男性「料理はお口に合いましたか??」


「ちょっと、


ひとりで。食べるには。


うっ、。


多いかと、、」


中年の男性「あははは。


男は沢山食べなきゃですよ。



冷蔵庫に地酒が入ってますんで。


お召し上がり下さい。



それと。


明日の朝食は何時に致しますか?」



腹一杯の時に食べ物の話をされると。


気持ち悪くなる。



「うっ、、。



朝食は、いつも食べないんだ。」


中年の男性「そうなんですね?


では、昼食はいかが致しますか?



厨房の賄いで宜しければ。


持って来ますが?」


「いや。


夕食だけで十分です。



それに。


もっと質素なので良いですよ。



それより、、


本当に料金は大丈夫なのですか??」


中年の男性「ええ。勿論。



先生の好きなだけ居て下さいませ。」



私なんかにそんな価値は無いのだが、、



中年の男性「じゃあ、、


御言葉に甘えて。」


中年の男性「はい。



でわ。」



ザァッ、、。



静かな空間。



横に転がりながら布団に行く。


「はあ、、」



中年の男性「先生もまだまだ子供ですね?」


いつの間にまた入ったんだ、、


帰ったんじゃなかったのか、、



私はローリングしている所を見られてしまった。



中年の男性「下着類。


サイズ分からないので、両方置いておきますね。

 

あと、バスタオルも。



バスタオルは、浴室に入れる所があるので。


新しいのは、俺が随時持ってきますから。



でわ。」



襖が閉まる時に笑われた気がした。



「くそ、、



油断した。。」



いつの間にか私は寝てしまった様だ。


未開封の下着類に、小銭入れ。



「洗濯代だろうか。



いや、珈琲牛乳代??」


自分の手持ちが無くなったら、


有り難く使わせて貰う事にしよう。



「確か一階の、、」



私の部屋を出て、廊下を突き当たると。


左側に下への階段があった。



下へ降りると、大きな暖簾が目立っていた。


「あぁ。


分かりやすい。」


古い木製の棚に藁の様なかごが入っていた。



「ほう、、」


大きな鏡に古い扇風機。



他には誰も居なかった。


貸し切りだ。



「うん、、」


鏡に映る自分の裸を見て、腹周りを気にする。


「もう少し、バランスを保たないとな。」



ガラガラガラ。



貸し切りの浴室。



ジャー、、



自分が立てた音が、反響している。



「はあ、、」


身体を洗い、湯船に浸かる。


室内は湯気であまり見えない。



「はぁあああ。


生き返る、、」



何て事はしていない。


飯を食い。寝て。風呂に入っただけ。


「んー、、



ん??」


背伸びをした時。


扉があるのに気付く。


ジャバッ、、


「そう言えば露天風呂があったんだよな。」



ガラガラガラ。



「おお。」



露天風呂からも、立派な桜が見えた。


「なんとも、、」



チャポン、、



一度風に当たった身体に。


じわじわとお湯が身体に染み込んでくる。



「はあ、、



飯も食えて。風呂にも入れる。


私は幸せだな、、」



夜空を見上げると星が輝いて居る。


「私も、いつか。


いつの日か。



あぁやって輝ける日が来るだろうか、、」



沢山の葛藤の中で。


騙し騙しやっている。



言い訳をして。


現実から目を背けて。



「よしっ。」



ザバア、、



これも良い機会だ。


ここで何かインスピレーションを貰って。


ひとつ。物語を書こう。



部屋へと戻り。


窓を開け。ペンを進めようとしたが、、


「紙がない、、」


部屋にはガス屋のカレンダーがあった。


裏は空白だった。



子供の頃。


ばあちゃんの家で。何もする事が無くて。


チラシの裏側の空白に。


絵を書いたり。勉強させられたりしたもんだ。



「後で謝れば良い。


きっとカレンダーの予備くらいあるだろう。」


こうゆうのは、多めに貰うものだ。



それから。 


私は取り憑かれた様に。


執筆を始める。



「んー、、」



書いている時間と言うのは、


時間と言う概念が存在しない。



今が何時で。外の天気はどうだの。


私は知りもしない。



ただ、音だけは感じる。



ここはのどかだ。



鳥の鳴き声や、微かに聞こえる何かの音。


それに水の音ぐらいだろう。



すらすらと。まるで操られているかの様に。


カレンダーの裏は、私の書いた文字で埋め尽くされた。



「先生?


何やってるんですか??」



いつの間にか。また旦那が入って来ていた。


中年の男性と言う他人行儀もやめよう。


下着まで用意して貰ったんだ。



「いつの間に。」


旦那「ちゃんと声は掛けたですよ、?



先生!!


新しいヤツですか!!?」


「、、まあ。。



何て言うか、、その。


泊めて貰った御礼に。



何か出来ないかと、、」


旦那「うっ、、



先生ぇええ、。」


旦那は私へと抱き付く。


「まだ書き始めたばかりだし。



出来るかどうかは、ハッキリとは、、」


旦那「良いんです!!


その気持ちだけでもぉ、、」


旦那の鼻水が。私との旦那の鼻との間に橋を造った。


「あの、、


何か御用で??」



旦那「あぁ、、


女房が。おにぎりだけでも、


食べて頂いて貰いなさいって。」



テーブルには、2つのおにぎりと。


たくわんと。麦茶があった。


「これは、これは、、


ありがとうございます。



あっ、あと。


見て分かると思いますが。


カレンダー使わせて貰っちゃいました。。」


旦那「先生。


俺はちょっと買い出しに行くから。



その時に原稿用紙買ってきますよ。」


「申し訳ない。


それと。今度。



この辺りを紹介してくれないかい?


何かインスピレーションが欲しくて。」


旦那「えぇ。


勿論。」


何だか嫌いになれない人だ。


奥さんが好きになったのも。


こうゆう所だからだろうか、、



何もしていなくとも腹は減る。


人間というのは、めんどくさい生き物だ。


「、、旨い。」



麦茶で流し込み。


再び再開するが、、



「あぁ。。」



書けなかった。


一度何か他の事をすると。


元へ戻れなくなってしまう。



背伸びをして。


天井を見上げる。



こうして。


私は物語を書き始めたのだった。



言い訳の夜を度々重ねて。



そして、何日か経った頃。


それは、起きたのだった。



「きゃああ、、」



おにぎりを食べていると。


女性の悲鳴が聞こえた。



外に出ると、男性が倒れていた。


女将さん「早く救急車と警察を。」


女性「どうして、、



何で、、」


泣き崩れる女性。



その後。救急車が駆け付けたが。


病院に着く前に男性は亡くなってしまった。


警察の取り調べやらなんやら終わる頃には。


既に辺りは暗くなっていた。



私は部屋に帰り。


登場人物を纏めた。



旦那。女将さん。


従業員の板前の男性2人と。仲居さんの女性が3人。


亡くなった男性に。その奥さん。


若いカップルに。老夫婦。



旦那は、板前のひとりと買い出しに。


もうひとりは、裏庭で喫煙を。


女将さんは、仲居さんのひとりと昼食を。


後の2人は部屋と敷地内の清掃を。


若いカップルは部屋に居て。


老夫婦は、外に散歩へと出掛けていた。



犯行が可能なのは、休憩していた板前の男性と。


掃除をしていた仲居さんの2人。


それに、若いカップルと。私。



だが。一番怪しいのは、亡くなられた男性の奥さんだ。


供述では、姿が見えなくなったので、


探したらもう、倒れていたと。。



男性の死因は、何か硬い鈍器の様な物で。


勢い良く殴られたとの事だった。



近くには高そうな鯉のいる池もある。


もし、奥さんが犯人ではなく。


他の者による犯行ならば。


男性を池に入れようとしていた可能性だってある。



「んー、、」


考え込んでいると。


襖の外から声がした。



女将さん「失礼致します、、



この度はこの様な事件が起こり。


御不快な思いをさせてしまった事を。


深く御詫び申し上げます。



警察の方からもお話があったかと思いますが。


事件の事に関しましては、他言しない様に、


宜しくお願い致します。



つきましては、私ども一同。


精一杯御奉仕させて頂きますので。


何なりとお申し付け下さいませ。」



この間とは、違う着物だった。


またこれはこれで美しかった。


「いえいえ。


私は、タダで泊めさせて頂いておりますので。



それよりも。


失礼かと、存じ上げますが。


犯人は身内の方かも知れません。



あまりひとりで、出歩かない事をお勧め致します。」


女将さん「はい、、御心配ありがとうございます。」

 

女将さんの顔は少し疲れている様だった。



「今晩。



一階に呑みませんか??」


女将さん「、、えっ??」



自分でも何を言っているのか。


言ってから気まずくなった。


「別に変な意味は無いんですけれど、、」


女将さん「あははは。

 


先生。ありがとうございます。


仲居の若い女の子も居ますので。


今は側に居てあげたいと思います。」



あっさりと振られた。


でも少し笑顔が見られて良かった。


女将さん「御察し、感謝致します。


でわ後程。。」



文章が進む訳も無く。


私は犯人の犯行を推理する事にした。



別に死者を冒涜するつもりは無いし。


私が出た所で謎が解ける訳でもない。



だが。


女将さんの笑顔がまた見たい。



「やましい気持ちは無い。



いや、好意が無い訳でもないが、、」


旦那「先生。


何やってるんですか??」


ひとりでくねくねして居ると、


旦那の冷たい視線を感じた。


「いやいや。


別に盗ろうとは、、」


旦那「まだ犯人が居るかもしれません。


なるべく部屋からは出ない様にして下さい。」


「はい、、」


私が女将さんに言った事を。


そのまま返された。



事件現場はテープで囲われ。


入れない様になっている。



警察が調べた後だ。


素人の私が見た所で何かが変わる訳でもない。



でも。何かしたかった。



建物の窓から現場を見れる所を探した。



ついでに館内を散策した。



雰囲気があり。


趣きがある。



このまま隠れた旅館として。


やって頂きたい所だが。これだけ古ければ、


メンテナンスにも相当お金が掛かるのだろう。



嫌な客も増えるだろうが。


繁盛して欲しい。



なんて事を考えていると。


女性とすれ違った。



「あれは、、確か。 



亡くなった、、」


すると、窓があった。



さっきから窓を覗き。


そこから事件現場を見ていたが。



「まさか、、」



そこは、事件現場の真上だった。


「旦那さんを哀しみに?」


いや、、


それとも??



窓を開け。


何か無いか調べる。



「真上なら警察も調べただろうに。」



そこは、何故か。


テープでの人避けは、されて無かった。



窓の縁を見るとそこには擦った跡があり。


どうもまだ新しい様だった。



近くの台の上には引き摺った跡もあった。



「これなら、、



後は。」



窓に乗り上げる様にして。


他の証拠を探そうとしたら。



私は足を滑らせた。


いや、、。



誰かに押されたのだ、、



「うわあ!!!」



死ぬ。



そう確信した。


私がさっきまで居た窓には。


人の影があった。



逆光で顔は見えなかったが。


何となく分かった。



ゴツン、、



頭に激痛が走り。


何かにぶつかった感覚がある。



「ってぇ、、」


旦那「先生!!


何してるですか!!!



痛いじゃないですかい!?」


ぶつかったのは旦那だった。


「いやいや、、


あなただって。


何して、るんで、すか?



ィツ、、」


旦那「大丈夫ですか?


もお、、



先生??


先生!!?」


私は気を失った。



大きな桜の木の下に。


若い顔立ちの整った女の子が立っていた。



白く、輝いているかの様に。


少女は、光っていた。



「ハヤク、オキナイト。



サクラノハナコトバハネ?


優美ナ女性ト。純潔。ヨ?



ハヤクメザメナイト。


ウバワレチャウワヨ?」



後ろへと勢い良く引っ張られるかの様に。


私の視界は、その場所からどんどん離れた。



目を開けると。


旦那さんの顔があった。

 

唇をすぼめて今にもキスしようと。



「やめてくれぇぇ!!!」


間一髪で逃げられた。


「先生!??」


女将さんは涙を浮かべていた。


旦那「そんなに嫌がらなくても。。


俺だって、、好きでしたんじゃ、、」


旦那は女性の様に拗ねて居た。


「いや、、悪かった。



それよりも。


犯人が分かった。」



『えぇぇええ!!』



警察と従業員。


宿泊客を現場に集め。



私は推理を始めた。



「君はなんだね、、


たかが1冊出しただけの物書きに。



何が出来ると言うんだね??」


刑事さんは、私に正論を投げ掛ける。


「まあ。聞いて下さいよ。


私は探偵でも推理小説家でもない。



しがない物書きです。

  


だから結論から言いますと。



犯人は亡くなられた男性の。奥さん。



あなたですよね??」


皆が一斉に奥さんを見る。



「私、、私じゃ無いわよ!!!



こんなに、苦しんで居るのに、、」


若いカップルの男性「そりゃ、ねんじゃねえの?」


呼び出された事に苛立ちを見せる。


老夫婦の女性「そうよ。」


奥さんを宥めるようにして。肩を抱く。



刑事さん「証拠は??


そう決め付ける確信たる証拠はあるのか?」


「証拠ですか。。」


奥さん「どうせないわよ!!


私を追い詰めて楽しんでいるんだわ!!」


旦那「先生、、」


心配そうに、旦那は私を見つめる。


「刑事さん?


2階のあの窓は調べましたか??」


刑事さん「、、いや。


あんな所までは。



死因は殴られたとの事だったしな。」


「あくまでも私の推測でしかありませんが。


奥さんは、旦那さんをここへと呼び出し。


池か何かに注意を逸らさせ。



2階から重い物を落としたのでしょう。



そして。


旦那さんを殺害した。



2階の窓の縁には、


新しく擦った跡が残っていましたし。


近くの台の上には引き摺った跡もあった。



そこから指紋が出れば証拠になりませんかね?」


奥さん「そんなのっ、、


ただ私が桜が見たいから窓を開けた時に。


付いただけかもしれないじゃない。」



「そうゆう可能性もあるかも知れませんね?


、、じゃあ。もし。


この池から。


旦那さんの血痕の着いた。


鈍器の様な物が出てきて。


そこからあなたの指紋が出てきたら。


それは、動かぬ証拠になりますよね??」


刑事さん「今すぐ調べろ!!



女将さん。池に入っても??」


女将さん「えぇ。。」



「池は少し待って下さい!!」



刑事さん「え。?」


奥さん「やれば良いじゃない。


どうせ水で落ちて、証拠なんて出ないわよ!!」


「奥さん。。



旦那さんが。


あなたがやろうとしている事に。


気付かなかったとでも??



水面を覗いて見て下さい。


今は夜ですから。


ハッキリとは分からないかもしれませんが、、



きっとそこには。


長年愛し続けた人の。


狂気に満ちた表情が。


ハッキリと映し出されてた事でしょう。」



奥さんは恐る恐る水面を覗いた。


2階には、警察の姿が映っていた。



「あぁあぁあああ。」



奥さんは泣き崩れた。


奥さん「どうして、、



どうして、逃げなかったの、、」


「それは、、」



老夫婦の男性「あなたの事を。


愛していたからでは。



ありませんか?」



一番美味しい所を持って行かれた、、



揺れる水面から。


旦那さんを殺したと思われる鈍器が見付かった。



それは、旦那さんが奥さんとの記念日に買った。


重さのある動物の置物だった。


お金が無いのに買った事に腹を立て。


この旅行で殺害を計画したらしい。



これは、後から刑事さんに教えて貰った事だ。



その置物は、"夫婦円満"の意味があり。


亡くなられた旦那さんの手には。


一枚の桜の花弁が優しく握られていた。



桜ハナコトバは。



「精神美」「優美な女性」「純潔」



旦那さんは、奥さんの事を大切に思う精神美を持ち。


奥さんへの純潔な愛情も抱いていた。


旦那さんにとっては、奥さんが。


例え何年歳を取ろうとも。



旦那さんの目に映る奥さんの姿は。


優美な女性に見えていたのかも知れない。



刑事さん「いやあ。



お見事だったよ、、」


バシバシ。


力強く叩かれ、脳が揺れる。


「イッ、、」


刑事さん「でもどうして分かったんだ?



桜の花びらを握っていた事も。


旦那さんがあえて逃げなかったのも。」



「それは、、。」



「桜の妖精さんが。


教えてくれたからですかね?」


刑事さん「ん??



まあ良い。


助かったよ。」



こうして。事件は無事解決した。



私はと言うと、、



「ぁあぁあああ!!!」



紙をくしゃくしゃにして。


頭を悩ませていた。



旦那「まあ。


そんな慌てずに。」


女将さん「一杯いかがですか??」



「今日は。いっか??」



桜は散り始め。


地面には花弁の絨毯が敷かれていた。



桜の花弁には、もうひとつの花言葉があった。


彼女は、あえて言わなかったが。



『私ヲワスレナイデ』



彼女が一番伝えたかったのは、きっと。


この事なのだろう、、



彼女が何者なのか。


彼女は、何故私の前に現れたのか。



例え、形が無くなってしまったとしても。


見た目や、色が変わり。


どんなに長い年月が経とうとも。



変わらない想いが在ることを。


私達に伝えたかったのかも知れない。































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― 新着の感想 ―
[良い点] 物書きが事件を解決するのは私にとって新鮮な物語で面白かったです。 [気になる点] 物語の中なので無理な話かもしれませんが物書きが書いた本がどんなものか気になる。出版社がうけたと書いてたので…
2022/04/28 23:36 退会済み
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