9.肥溜め令嬢のサポート体制
※名前の呼び方を少し修正しました
「おはよう御座います、プレッツェル様」
「おはよう御座います、ローレナ様、スプラウト様」
翌日、朝イチでラノーバ侯爵邸にアポ無し訪門されてこられたのは、ローレナ嬢とドノヴァン様のふたりでした。
ドノヴァン様との結婚式のために領地に戻る途中で、うちに寄られたようです。
お二方とも旅装で、ドノヴァン様は朝早いのが堪えたのか、眠たそうな目をしておりました。
かく言うわたくしも、昨日の疲れのせいで腫れぼったい目をしていたので、人のことは言えませんが……。
「このたびは、王孫殿下との婚約がまとまりましたこと、お慶び申し上げ……ませんわ!なんなんですかあの殿下は!3歳って、ありえないでしょう!?」
挨拶もそこそこに、ローレナ様が怒髪天を突く勢いで叫びました。
隣でドノヴァン様が「ローレナ、不敬、不敬ィ!」と諌めてらっしゃいますが、まったく治まりません。
「わたくし、ずっと国王陛下を尊敬申し上げてきましたが……今回はダメです!王孫殿下可愛さに、あんな無茶なことを言い出す方だったとは!もうガッカリです、失望しましたわ!」
……なんでしょうか、不敬は不敬なのですけど、わたくしが飲み込んでしまった色んな言葉を、ローレナ嬢が代わりに発散してくれているようで、思わず笑いがこみ上げてきましたわ。
「ありがとうございます、ローレナ様。わたくしのために、そんなに怒ってくださって」
微笑みかけながら話しかけると、ローレナ嬢は少し怒りが落ち着かれたようでした。
「あ、すいませんプレッツェル様、朝早くから大声をあげてしまって。……でも、あんまりにもあんまり過ぎたものですから」
ふうと息を吐かれてから、侍女のネリーが供したお茶を一気飲みするローレナ嬢。やけどを心配しましたが、平気なようです。
「それでですね、プレッツェル様。わたくし、このたび貴族学園高等部に進学することに決まりました。今日はそのことをご報告に上がりましたの」
空になったカップをソーサーに置くなり、ローレナ嬢はそうおっしゃいました。
「ええっ?結婚式はどうされるのですか!?」
びっくりして問いかけますと、ドノヴァン様が答えました。
「結婚式は予定通り挙げるよ。俺はそのままトファ男爵家に籍を入れて、ローレナと領地で暮らす予定だったけど、式後はスプラウト公爵家の町屋敷に戻って、ふたりで高等部に行くことにしたんだ」
あ、結婚はされるのですね。良かった。
「……でも、どうして急に?」
貴族学園中等部を卒業して、デビュタントを果たせば、貴族としての最低限の義務は果たしたことになります。
まして、結婚したのならば、わざわざ高等部に進む必要はないはずですが……。
「もちろん、プレッツェル様を学園でお支えするためですわ!」
使命感に燃えた瞳で、ローレナ嬢が言い放ちました。
「えっ……わ、わたくしを?」
「そうです!プレッツェル様はこの先、王孫殿下の婚約者として、高等部に通われるでしょう?それを快く思わない高位貴族の方々から、何らかの嫌がらせがあるかもしれません!わたくし、力及ばずながらお味方いたしますわ!」
わたくしはすっかり狼狽して、ローレナ嬢の勢いに飲まれてしまいました。
「ラノーバ嬢。うちのスプラウト公爵家も、ラノーバ侯爵家を支援することになったんだ」
「スプラウト様!」
ドノヴァン様が続けておっしゃいました。
「昨夜のうちに、うちの父上と母上が話し合ってね。俺はスプラウト公爵家に籍を置いたまま、高等部に行く。この国の三大公爵家のひとつがラノーバ嬢に付けば、モントシャイン家も強く出られないだろうって」
「スプラウト公爵家まで、そんな……」
想定外の事態に、わたくしはキョトンとせざるを得ません。
「プレッツェル様。お義母様は、ラノーバ侯爵家夫人のご友人です。そしてわたくしも、僭越ながらプレッツェル様の友人だと自負しております!友の災難に、力をお貸しするのは当然のことですわ!」
友人……。
その言葉に、わたくしの胸の奥が、ギュッと温かくなりました。
確かに、一番親しかったローレナ嬢と離れることは、寂しいことでした。
卒業後は、お手紙のやりとりや、学園の長期休暇時に領地に遊びに行くなど、いろいろ考えておりましたが、王子妃教育が始まるならば、それも厳しくなるでしょう。
縁が切れてしまうことも覚悟しなければならない、そう覚悟していたのに……。
「……高等部でも、一緒に、学校に通ってくださるのですか……?」
「はい!プレッツェル様、わたくし、一緒に頑張らせていただきますわ!」
ローレナ嬢がわたくしの手を握り、力強く宣言してくださいました。
「あ……ありがどゔございまず〜……!わだぐじ、ゔれじいでずわぁ~!!」
不安と焦燥に駆られる中、思い掛けずいただいた温かい言葉に、年甲斐もなくぴえぴえと泣いてしまいましたわ。
ローレナ嬢はまるで姉のように、わたくしを慰撫してくださいました。
優しい、好き。
「あとでうちの両親から詳しい話があると思う。今日はこれで失礼するよ」
「プレッツェル様!落ち着いたらすぐ王都戻ってきますので、待っててくださいね!」
日が高くなる前に、おふたりはラノーバ家を立たれました。
遠ざかる馬車からいつまでも手を振っているローレナ嬢に、また目が潤んでしまうのを止められませんでしたわ……。
◇◇◇◇◇
「プリィ様!お気持ちを強く持ってくださいね!私の実家のヴァルヴァラ伯爵家も、プリィ様を支援致します!」
ローレナ嬢たちを見送ったあと、ソファアお義姉様がドドン!という効果音付きで、わたくしの部屋にいらっしゃいました。
「プリィ、私も今回のことは承服しかねているんだ。いくら王命とはいえ、私の可愛い可愛いプリィが、文字通りオムツも取れていないような相手と婚約だなんて、許しがたい。絶対にひっくり返してやる」
お義姉様の横で、カルフお兄様が怒りに顔を歪ませて佇んでおります。
……お兄様、まだシスコン抜け切ってませんのね……。
「プリィ様、私が所属する歴史探求会の友人の妹が、春から高等部に通い始めます。彼女に便宜を図ってもらいましょう」
ソファアお義姉様がおっしゃいました。
ええ、国一番の公爵家を相手取ることになるかもしれないのに、その令嬢は大丈夫なのですか?と尋ねると、
「彼女は三年前、破綻した伯爵家から金で爵位を買い取った、ヘリング商会の娘です。報酬さえ払えば、そこらの貴族よりよっぽど頼りになります」
ヘリング商会……ああ、巻戻り前の、カルフお兄様のお相手のお宅ですわ……!
コーラリア・ヘリング様の!
確かにあの家は、取り交わした契約書に違反することは、いっさいしませんでした。
「ふふふ、コーラリア嬢の妹君、オパール嬢は、姉君を超える歴女です……私が所持している古の武将、ダンテ・マシャームネの名刀ショク・ダイキリを譲るとサインしましたので、下僕のごとくプリィ様をサポートすることでしょう」
ソファアお姉様がニヤリと笑いました。
あ、そこはラノーバ侯爵家に恩が売れるから、とかいう理由ではないのですね。
歴女の沼は深そうですわね……。
ともあれ、ローレナ嬢が結婚式を済ませて学園に戻ってくる間は、オパール嬢が一緒に行動してくれるそうです。
高等部進学初日から、ボッチにならくて済むのは助かりますわ。
ちなみに、わたくしが寝坊している間に、お父様はすでに登城されていて不在でした。
お母様は、実家のアンカース侯爵家に戻り、親族会議を行うそうですわ。
……うーん、実を言うと、お母様はある意味、アテにならないというか……昔からちょっと夢見がちで、物事を深く考えない気質なのですよね……。
今回の婚約だって、『王子様と婚約?!素敵だわあ!』とか『わたくしだってプリィを生んだ時は30歳過ぎてたのよ、安心して!』とか、アレなことを言い出しそうなので、数日不在なのは正直、助かりますわ……。
まだ続きます。全何話になるのやらすいません。