14.肥溜め令嬢と冬至祭①
お待たせしました!
冬至祭は我が国の冬の祭です。
1年でいちばん太陽の力が弱まる冬の日に、山から斬り出した常緑樹のポールを町の広場に立てて、赤や青のガラス玉や色とりどりのモールで飾り、篝火を焚いて夜更けまで浮かれ騒ぎます。
あと、市井では公共浴場の湯船にシトロンを浮かべて浸かったり、七面鳥やパンプキンパイを食べたりしますわね。
王宮においては、名だたる貴族諸侯が大広間に集い、国王陛下に年前の最後の挨拶をしますわ。
というわけで、今日は王宮の冬至祭です。
わたくしの婚約お披露目会の時と同じ大広間に、背の高い常緑樹が設えられて、金銀のモールとカラフルなガラス玉、リボンなどで装飾されていて、目に鮮やかですわ。
「新たなる王家の御子を紹介するぞよ!第3王子のランドブラウ・コールユーブンゲンじゃ!これで我が国はますます盤石となるであろう!めでたいめでたい、ワッハッハ!」
赤子を抱いた侍女を従えて、国王陛下はたいそうご機嫌なご様子でした。
その脇にはテュルキース殿下、エイラート殿下が立っております。
おふた方とも侍女付きです。
エイラート殿下に至ってはもう飽きたのか、侍女の膝にすがって「帰るー」連呼です。
魔の2歳児、イヤイヤ期真っ盛りですからね……。
国王陛下の右側には、王太子ご夫妻、少し下がって第2王子ご夫妻がいらっしゃいます。
エメライン妃殿下は産後ということもあってか、青ざめて俯いておりました。
そして、そんなエメライン妃殿下を苛烈な目で睨みつけるルティーナ妃殿下。
―――ここ数年で、グッとやつれた感がありました。
隣に立たれている王太子殿下は、妃のしている事をご存知なのかどうか、考えの読めない柔和な表情で、壇上を眺めておられます。
ちなみにわたくしは、テュルキース殿下の正式な婚約者といえど、まだ結婚前なので、壇上には上がらず、家族と共にフロアにおりますわ。
「国王陛下にお伺いしたき議がござる!」
―――その時、会場のざわめきを劈くように、鋭い声が響き渡りました。
何事かと振り返れば……巨躯の老紳士が広間の真ん中に立っておられました。
立派な白いヒゲに赤のサーコートをお召しなので、常緑樹の飾りも相まって、ものすごく冬至祭ぽく見えましたわ。
「おお、メタリック・ズィルバー前辺境伯ではないか!ザルドスの蛮族討伐から戻っていたのだな!」
国王陛下が感嘆の声を上げます。
「お、お祖父様ぁ!」
壇上で、エメライン妃殿下も叫びました。
(あの方が、メタリック卿なのですね……)
わたくしは、初めてお目にかかる殿方に、目を見張ります。
メタリック・ズィルバー卿……エメライン妃殿下の祖父にして、前ズィルバー辺境伯。
南の草原の国の騎馬軍団から我が国を守る『鋼の将軍』として、英名を馳せておられました。
今は現辺境伯に領地を任せ、長い遠征に出ているという話でしたが……。
「帰還のご挨拶は後ほど。……まずは、国王陛下。なにゆえ、我が孫夫婦ならびに曾孫たちは、長らく王宮に抑留されておるのか?なにゆえ、王籍を離脱し、婿入りしたジェダイド殿と、我が孫娘との間の子供が、ズィルバー姓を名乗らず王子として叙されておるのか?……しかとお応え願いたい!」
ビリビリビリ。
会場全体の空気が震えるほどの怒声と気迫で、メタリック卿が吼えました。
破壊力がパないですわ……!
「フォッフォッフォッ。老いてなお矍鑠としておるのう、メタリック卿。羨ましい限りじゃ。ジェダイドならば、王籍を復活させたぞよ。エメライン嬢は王子妃じゃ。ならば住まいは王宮、子は全てコールユーブンゲン姓となるのは、当然のことじゃ」
この圧倒的な圧力をものともせず、平然と受け答えされる国王陛下、さすがとしか言えません。
「当然、とおっしゃるか。……15年前の南部の戦役により、我が血族の男子は、現当主のオニクスのみとなり申した。……その1人娘たるエメラインを、その娘の産んだ子供らを、全て王宮に召し上げることを、是とおっしゃるか!!」
ビッシィー!
なんかもう、窓ガラスとかシャンデリアとか割れそうな勢いの怒号が、会場に響き渡りました。
「ふっ、相変わらずだな、卿は」
わたくしの隣でお父様が呟かれました。
え、なんで余裕なんですか、お父様?!
お母様とお兄様始め、会場の貴族はメタリック卿の圧に押されまくっておりましたが、わたくしとソファアお義姉様は、淑女的格闘術により、なんとかしのぎました。
ありがとう淑女的格闘術!いつでもどこでも淑女的格闘術!
そして吹き荒れる威圧の最中でも、やはりどこ吹く風といった国王陛下。
悠然とヒゲを撫でながら、おっしゃいました。
「聞け、メタリック・ズィルバーよ。王室に男児無くば、この国の未来は立ち行かぬ。むしろ誇るが良い!祖母に平民を持つ辺境伯ごときの娘が、国母となるのだ。そちには身に余る栄光ではないかの?」
ワーー、国王陛下煽りよる煽りよる。
メタリック卿の顔が、あまりの怒りに赤黒くなってまいりました……!
「……『南の武神姫』と呼ばれた我が妻エルファンを……建国から連なる我がズィルバー家を……そこまで愚弄なさるか……!」
齢60を越えているとは思えない頑健な体躯が、瘧のように震えております。
そして、やがて観念したように、メタリック卿は姿勢を正し、一息に言い切りました。
「もはやこれまで!国王陛下、今日をもって我がズィルバー辺境伯家は、爵位を返上つかまつる!我はこれよりは野に降り、ひとりの老騎士となりて、隣国に渡ろう!」
「なっ!?」
会場がざわつきました。
南のザルドスの守りは、メタリック卿あってのことと、全ての貴族が把握しております。
それが職務を放棄し、あろうことか関係がビミョーな隣国に渡る、となれば……。
「よいのかメタリック卿?南の守りが破られれば、蛮族の剣先は王都まで届くであろう。累は卿の孫子に及ぶぞ?」
何の動揺もなく、国王陛下がおっしゃいます。
それはメタリック卿も同様でした。
「平民ごとき。……我が最愛の妻をそうお思いであったことは、たった今、陛下の口から聞き申した。ならばその血を受け継ぐ我が孫と子も、陛下にとっては塵芥同然でありましょう。爵位を返上した上は、エメラインもその子供も、まごうことなき平民でござる。平民は王国法により、妃となれぬ。王族が平民と成した子は、庶子となる。ならばこの場に長居は無用と存ずる」
吐き捨てるようにおっしゃるメタリック卿。
ここでようやく国王陛下の口の端の笑みが消えました。
「老騎士メタリックよ。現ズィルバー辺境伯は、そちではない。オニクス・ズィルバー卿の意思なくば―――」
「娘も子も守れぬ男など、当主の資格はない。既に我に移譲済にござる」
メタリック卿は袂から書類を2枚取り出し、国王陛下に広げてみせました。
あれは、爵位の移譲申告書と、爵位返上の表明書ですわね。
署名欄にはオニクス卿とメタリック卿のサイン、そして血判がありました。
……オニクス卿の方、血判というか血しぶきみたいになってますけど、何があったかはお察しですわね……。
「帰るぞエメライン!曾孫を連れてまいれ!」
陛下が書類に目を通している間に、メタリック卿は広間をズカズカと歩き、壇上に上がります。
「お、お祖父様あぁ」
エメライン妃殿下は、混乱なのか安堵なのか、涙をこぼされました。腕にはしっかりとランドブラウ殿下を抱えていらっしゃいます。
その隣で、血の気のない顔をされている第2王子殿下。
「よくもエメラインを泣かせたな、このたわけが」
鬼神のごとき圧で呟かれ、第2王子殿下がピャイッと跳ねたのが壇下からもわかりました。
「じーじ?じーじふたりなの?」
ポカンとメタリック卿を見上げておられるテュルキース殿下。
侍女が卿の圧力で腰を抜かしたため、エイラート殿下を抱きしめておられました。
「弟を守ったのか。それでこそ我が曾孫よ」
メタリック卿は、いかついお顔にほんのり笑みを浮かべ、テュルキース殿下に手を伸ばそうとします。
「待たれよ、メタリック卿!」
―――その時、凛々しい声が響きました。
あと1話を深夜までに上げます!
よろしくおねがいします!