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13.肥溜め令嬢の高校生活 2

おまたせしております、すいません

 

「わたくしは、エメライン妃殿下がお気の毒でなりません。トファ男爵家も、子供が私しかいないんです。婿を取って、跡継ぎを生んで、ようやく一息ついたと思ったら、子供を奪われて王宮に抑留されるなんて……わたくしなら耐えられませんわ」


 ローレナ嬢がぽつりとおっしゃいました。


「それと同時に、ルティーナ妃殿下もお気の毒に思うんです。貴族なら、子供が女だけでも爵位は継げます。でも、王家はそうはいかない。お苦しい立場だと拝察しますわ。……だからといって、味方はしませんが」


 ラノーバ家は跡継ぎのカルフお兄様がおりましたので、跡継ぎに悩むことがありませんでした。


 末っ子次女のわたくしとは違い、ローレナ嬢は、おふたりの妃殿下の気持ちがよくわかるのでしょう。



 ―――そして彼女の言うとおり、()()()()とは別問題。



淑女的格闘術レディアーツ極式ドライブ東北杭打ち落し(ミチノクドライバーⅡ)!!」


「ギャアアアア!!」


 わたくしの華麗な技が決まり、暗殺者さんがお星さまになりました。


「お美事みごとですわ、プレッツェル様!!」


 セザーム夫人が惜しみない拍手をくださいます。

 わたくしは息をついて、ポンポンと手を払い、服装の乱れを直しました。


「……毎度のことながら、護衛の出る幕がないな……」


 様子を見ていたスティングレー様が、なんとも言い難い顔でわたくしをご覧になっております。


「おかげ様で、わたくしも淑女的格闘術レディアーツオレンジ帯になりましたから。この程度、お茶の子さいさいですわ」


 わたくしは、淑女として満点の笑みをスティングレー様に向けました。


 ちなみにわたくしたちが今いるのは、王宮と馬車停の間の、ビミョーに王宮の敷地内かな?という歩道です。


 今日の分の王子妃教育が終わって、帰宅する途中でした。


「さて、おあとはわたくしが始末しておきますわ。……オラァこのドサンピン!ケツの毛までムシったるからなァ、腹ァくくっとけ!野郎ども、撤収!」


 オパール嬢が商人言葉(?)で怒号を飛ばすと、どこからともなく黒服が現れ、暗殺者一行を連行していきました。


 彼らはヘリング商会の手により、極海で船員として缶詰を詰める重労働が課されることになります。


「……いつも手間をかけてすまない、ブロッシュ嬢」


「ハハッ、気にしないでくだせぇ、スティングレー卿!これもアッシの商売の内でやんす!」


 では!と軽く挨拶をして、オパール嬢は去っていきました。


 大公家令息にあの口調で話しかけても、誰もツッコミを入れなくなって久しいですわ。


「ところでスティングレー様、わたくしに何か御用でしたしょうか?」


 本来、ここにはいないはずの彼にそう尋ねますと、こくりと頷かれました。


「ああ、帰りに大公家に寄ってほしくてね。良いだろうか?」


「かしこまりました」


 セザーム夫人に付き添いをお願いして、わたくしはスティングレー大公家に馬車を走らせました。



 ◇◇◇◇◇



「もう情報は入っているだろうが、先週、エメライン妃殿下が男児を出産なされた。お名前はランドブラウ殿下に決定した」


「ええ、スプラウト公爵家から聞き及んでおりますわ」


 スティングレー大公家の豪勢なゲストルームで、わたくしたちは話をしました。


「……久しぶりに暗殺者が来ました。無駄なことだとわかっていても、そうしないといられないのでしょうね、あの方々は」


「……いつも負担をかけてすまない」


「ふふ、謝罪はよろしくてよ?」


 一応、テュルキース殿下の婚約者ということで、準王族の立場を与えられているわたくしは、スティングレー様とこのように気安く話しても、咎められることはありません。


 それでもスティングレー様がやけに謝ってくるのは、理由がありました。


 それは―――先ほどの暗殺者を始めとする、わたくし個人に差し向けられているあれこれを―――ラノーバ侯爵家側が全ておおやけにせず、内々に処理しているからです。


 前回の⑦の段階で、王太子派・第2王子派は、お互いに手を出すべからず!と大公家にイエローカードを出されました。


 よって、⑦以降のあれこれは、発覚した段階でイエローカード2枚分、すなわち即退場処分レッドカードになるはずでしたが……。


 わたくしは3年前、高等部に進級する学期前休みにラノーバ邸を訪れた時の、彼とのやり取りを思い出しました。


 ・・・・


「大変申し訳ないのだが、ラノーバ嬢。この先、モントシャイン公爵、ならびに王太子派の貴族から何かふっかけられても、大事おおごとにしないでほしいんだ」


 ―――応接間の長椅子に腰掛けるなり、スティングレー様はそう切り出しました。


「我々スティングレー大公家は、国王陛下と王妃陛下、王太子殿下が反目し合って国内が乱れ、外交にまで余波が及ぶことを懸念している」


 ……それを聞いてわたくしは、なるほど、と思いました。


 我が国の王妃陛下は、賢婦人として名高い方ですが、出自は隣国の王族です。


 現王太子殿下をお生みになられた際、酷い難産でお体を悪くされたため、他にお子がいらっしゃいません。


 王子がひとりでは心もとないと、側妃を立てて第2王子殿下がお生まれになったのですが……。


「このまま王妃陛下の血を引いていない子供が、次々代の国王に決まってしまうと、王妃を通じて隣国がくちばしを突っ込んでくる可能性がある」


 ……つまり、国際問題になりかねない、ということですわね。


 王妃陛下のお輿入れで和平合意に至りましたけど、それまでちょくちょく小競り合いしてましたからね、隣国。


「王太子妃が男児に恵まれない限り、内政は荒れるだろう。そこを隣国につけこまれるわけにはいかん。……というわけで、すまないがこちらの次の手が整うまで、ラノーバ侯爵令嬢には、王孫テュルキースの婚約者でいてほしいんだ」


 言いづらそうにスティングレー様がおっしゃいました。


 ……ははーん、なるほどなるほど。


 この時わたくし、ピーンときました。

 伊達に3年間トップレディを張ってきたわけではありませんわね。


「……要するに、“しばらくの間、けして表沙汰にせず黙って矢面に立って殴られ続けてくれ”、と。……そういう『命令』と理解してよろしいでしょうか?スティングレー様」


 わたくしが答えますと、スティングレー様は、気まずそうに目を逸らされます。

 それは肯定を意味しました。


 ……まあ、欲しかったのでしょうね。

 モントシャイン公爵や王太子妃殿下方の緩衝材(ガス抜き)として機能する、適当な貴族が。


 ラノーバ侯爵家はちょうど良かったのでしょう。


 第2王子派には風よけとなり、王太子派には良いサンドバッグになる、イケニエとして。


「言い訳になるが……こうならないよう、ラノーバ嬢には、我がスティングレー大公家の方から縁談を持ちかけていたんだ」


「え、縁談?」


 やだ、初耳。

 それで卒業パーティーの時に、事前にわたくしのエスコート役を尋ねられたのですね。


 ……え、ちょっと待って。

 スティングレー大公家の縁談となると、まさか……。


「縁談の相手は、クロイゼルング公爵家のギースバッハ卿だ。母の……大公家夫人の生家に当たる」


 あ、違った。ホッとしましたわ。


 クロイゼルング公爵家は、この国の3大貴族のうちのひとつです。


「有事の際にしか動かない」と言われるほど、普段は表舞台に出てこない家で、主に軍務を担っておられます。


「ただ、ギースバッハ卿はラノーバ嬢より10歳ほど年上なんだ。年の近いほうがいいというなら――」


「10歳差?!わたくしとテュルキース殿下より、2歳も年が近いではありませんか!!男性が上なら、そこまで問題になりませんわ!」


 食い気味にわたくしが言い放ちますと、スティングレー様は「そうか」とだけおっしゃって、俯かれました。


「……君が先にクロイゼルング公爵家の婚約者になっていれば、国王陛下もあそこまで強硬手段に出なかっただろう。こちらがもたついているうちに、卒業式で先手を打たれてしまった」


 ……うーん。

 これ、先手を打たれたというよりは、お父様は最初から国王陛下に付いていたのでは?と思いました。


 だって婚約が成立するなり、セザーム夫人を館に迎え入れ、裏稼業に通じているヘリング商会もソファアお義姉様を通じてわたくしに付くように手配しておりましたし。

 準備万端すぎますわ。


「こうなってしまったからには、もう何もかも遅い。幸い、スプラウト公爵家が、今回の国王陛下の独断に疑問を抱いて、ラノーバ侯爵家を支援してくれるそうだ。我がスティングレー大公家も、できるだけ早く手を尽くす」


 そこでいったん言葉を切って、スティングレー様が頭を下げられました。


「過酷なことを頼むが、しばらく堪えてくれ。すまない」


 ……うわあ。大公家令息に、頭を下げられる日が来るとは……。


「どうぞお顔をお上げくださいまし。どうせ、この件は我が父も承諾しているのでしょう?ならばわたくしに否やはありませんわ」


 そう声をかけると、スティングレー様が身を起こされました。


 本気で申し訳なそうな顔をされておりますね。

 学園でのあのチャラい態度より、今の姿が彼の本質なのでしょう。


「委細承知いたしました。このプレッツェル・ラノーバ、身命を賭してご下命を果たしましょう」


 そして今度はわたくしが、優雅に頭を下げました。


 覚悟ならとうに決まっておりますわ。


 淑女的格闘術レディアーツだろうと王子妃教育だろうと、与えられた課題をこなす。


 それしか進む方法はないのですから。


「ありがとう、ラノーバ嬢」


 思いのほか柔らかなスティングレー様の声に顔を上げますと、そこには初めて年相応に見える微笑を浮かべた彼がいました。


 そういえばこの方美形でしたわね、と、わたくしはちょっと見惚れてしまったのでした。


 ・・・・



 さて、あれから3年。


 目の前には、すっかり少年から大人に変わった、スティングレー様がいらっしゃいます。

 相変わらずの金髪碧眼おイケですわ。


「ランドブラウ()()()()殿下の告示は、2週間後行われる。お披露目は冬至祭のパーティーになるだろうな」


 ……ああ、やっぱり。

 3人目の男御子も王子として取り上げられ、ジェダイド殿下もエメライン妃殿下も、王宮に抑留されたままとなりましたか。


「そしてパーティーでは、王子のお披露目以外にも、国王陛下から()()()()()があるそうだ」


 スティングレー様が紅茶のカップを傾けながら、ニヤリと笑いました。


「では、ついに……」


 わたくしは目を見張ります。


「そうだ、ラノーバ嬢。ようやく()()()が来たんだ―――」


 スティングレー大公家の豪奢なゲストルームで、わたくしたちの話し合いは、しばらく続きました。



もう少し続きます。よろしくおねがいします!

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