11.肥溜め令嬢の婚約お披露目会
そろそろ敬語がよくわからなくなってきました
正式にわたくしたちの婚約が整ってから一週間後、きらびやかな王宮のホールで、お披露目会がありました。
国王陛下の独断で急遽決まった婚約ですので、会自体は簡易的なものになりましたが、居並ぶ顔ぶれはそうそうたるものでしたわ。
ニッコニコの国王陛下はもちろん、王妃陛下、王太子殿下ご夫妻、スティングレー太公閣下ご夫妻、三大公爵ご夫妻……。
ウオオオ。高位貴族ズラーリ。
壮観!壮観のひとことに尽きます!
「ここに、我が最愛の孫、第一王子テュルキース・コールユーブンゲンと、ラノーバ侯爵令嬢プレッツェルの、婚約が成ったことを宣言する!」
そんな中、国王陛下の発せられたお言葉に、会場の方々がざわつきました。
第一王子という呼び方、コールユーブンゲンという、王族のみ名乗ることが赦されるミドルネーム。
更には、他にふたりの女孫がいらっしゃるのに、「最愛の」という枕詞。
それが他ならぬ国王陛下の口から出たことにより、モントシャイン公爵閣下の目に、険しい光が浮かびました。
「恐れながら申し上げます、国王陛下。……第2王子殿下並びにテュルキース殿下は、ズィルバー姓を名乗られ、奥方と共に辺境伯領に戻られるはずだったのでは?」
モントシャイン公爵閣下が進言されますと、国王陛下からスッと笑顔が消えました。
「控えよ、モントシャイン卿。それは3年前までのことじゃ。これでもワシは数年待ったのじゃぞ?王太子妃に男児あり、という報をな」
国王陛下のお言葉に、モントシャイン公爵閣下、並びにルティーナ王太子妃殿下の顔色が変わりました。
「のう?モントシャイン卿、そちの娘御が王太子に嫁してから、間もなく10年経つ。ワシはあと何年待てば良かったのかのう?老い先短いこの身で」
ヒィ、国王陛下からノーブルな圧がダダ漏れですわ……!
あ、でもこちらが国王陛下の平常モードでした。
単なるジジバカではないのです、完全に忘れてましたけど。
「も……申し訳ございません、陛下……我が不徳となすところで……」
公爵閣下が畏まって叩頭しました。
「陛下……妃の至らなきは、我が事と同じ。私からも謝罪を」
王太子殿下も一緒に頭を下げられました。
王太子妃殿下は、顔を青くしたまま、無言でお二方に倣われます。
……何だかなあ、と思いますわ……。
王女様だけど、ふたりもお子様をお産み参らせた王太子妃殿下が、こんなに責められるなんて……。
わたくしも30歳でテュルキース殿下と結婚して、男児を産まなければ、こういう風に言われるのですね……ブエエエ。
「……なるほど、そなたらが非を認めるのであらば、今この場で誓えような?……この先、テュルキースを第一王子として敬い、次々代の王として遇することを!」
国王陛下の冷徹な声が、お三方に向けられました。
「それはっ……」
王太子妃殿下が思わず声を上げかけましたが、モントシャイン公爵閣下が目線で制しました。
「……国王陛下の仰せのままに」
絞り出すような声でおっしゃると、お三方はそのまま、更に深く頭を下げられます。
「フォッフォッフォッ、よきかなよきかな!一同、此度のテュルキースとプレッツェル嬢の婚約、存分に祝うてくれい!乾杯!」
国王陛下が手に持ったグラスを掲げると、会場の皆様が、やや遅れて追随されました。
一見すると和やかに見える雰囲気の中、わたくしは名だたる面々から、口々に婚約を祝われます。
本来ならば婚約者であるテュルキース殿下が隣に立つべきですが、国王陛下がべったり張り付いてあやしておられる最中なので、代わりにお父様が受け答えをなさってくれましたわ。
……そして、モントシャイン公爵閣下、王太子殿下、王太子妃殿下がわたくしの前に立たれ、祝賀の言葉を述べられた時。
『侯爵家ごときが。このままでは済ませんぞ』
口には出さずとも、湧き上がるオーラから、考えていることがありありと伝わってきました……。
(うーん、この様子じゃ、全力でわたくしを潰しにかかってきますわね、この方たち……)
特に、王太子妃殿下のわたくしを見る目つきがヤバかったです。
そして殺気を込めて睨んできても、美しい人は美しいと、初めて知りました…。
「さて、どう出てくるか」
隣に立つお父様から、不穏な声が聞こえてきて、わたくしはゾッとします。
(お父様、どうしてどこか楽しそうにされているのですか……!)
こうして、腹の中とは裏腹な祝福を多々受けつつも、婚約お披露目会は、(表面上)平和に終わったのでした。
……だんだん肥溜めエンドどころの話じゃなくなってきましたわ……((((;゜Д゜))))。
◇◇◇◇◇
「というわけで、プリィ。お前が王子妃教育に通う際の付き人となる、セザーム夫人だ」
翌日。
お父様の紹介で、できれば2度と会いたくなかった方が、ラノーバ邸においでになりました。
「テイターニア・セザームです。プレッツェルお嬢様、以後お見知りおきくださいませ」
淑女の鑑のようなキッチリした初老の夫人は、一部の隙もない礼をしてこられます。
どうして……ドウシテ……。
「セザーム夫人は私の実姉だ。亡くなられたセザーム伯爵は長く王宮勤めをされた方でな、今でも夫人の名前が利く。プリィ、王宮内では彼女から離れるな」
「は、はい……」
巻き戻り前の記憶が蘇り、震え上がってしまうわたくし。
しかし、セザーム夫人はなんと、その永久凍土のような鉄面皮をわずかにほころばせて、わたくしに微笑みかけました。
「……エイブラハム。あなたの言った通り、なかなか見所のある令嬢のようね。わたくしの淑女的格闘術の美闘気を受けて、逃げ出さないとは」
「……あの、今なんかよくわからない単語出ました?」
困惑するわたくしの横で、お父様がうんうんと頷いております。
「プリィ、セザーム夫人は、古代王朝の世代から連綿と受け継がれて来た、女性用の格闘術の師範代だ。頼りにしていい」
「今でも日々の鍛錬は欠かしておりませんわ。そこらの傭兵風情ならば瞬殺できる自信があります。ご安心ください」
情報が多い。情報が多い!
ていうかそんな設定、巻戻り前からあったのでしょうか?
わたくしが夫人を恐れていたのは、そのせいもあったとか……?
「セザーム夫人!その格闘術は、私でもできますか?」
脇で見ていたソファアお義姉様が声を上げられました。
「もちろん。淑女的格闘術は、全ての貴婦人に門戸を開いております。よろしければわたくしが指導しましょう」
「ありがとうございますセザーム夫人……!いえ、師匠!」
やーめーてー!
ソファア義姉様、これ以上属性増やしてどうするおつもりですか?!
しかもなんかこれ、ローレナ嬢が聞いたら、彼女も習いたいと言い出しそうな予感がするんですが……!
◇◇◇◇◇
「ソファアの姐御!オパール・ヘリング、ご挨拶に伺いましたァ!」
セザーム夫人を招き入れた翌日。
元気な少女の声が、ラノーバ邸に響き渡りました。
今度はなんですの?!と自室から前庭に向かいますと、ソファアお義姉様とセザーム夫人の間で、令嬢がひとり倒れ伏しております。
「師範!彼女は私の歴友の妹さんで、プリィ様を学内でお守りするよう、協力をお願いしている方なんです!」
「まあ、そうでしたの?ヘリングなどという貴族名簿にない家名を名乗ってらしたので、どこぞの平民が殴り込んできたのかと」
ソファアお義姉様の訴えに、セザーム夫人は美闘気を収められました。
「……失礼しました、わたくし、今はオパール・ブロッシュを名乗らせていただいております……ヘリングは商会名になります」
よろめきながらも自力で起き上がると、少女……オパール・ブロッシュ伯爵令嬢は、ぎこちない礼をしました。
赤い髪の巻毛が可愛らしい彼女は、わたくしが高等部に通う前のこの時期に、挨拶に来られたそうです。
「買収・贈賄・脅迫・捏造、万事おまかせください。姉御の頼みとあらば、如何様にも便宜を図ります」
のっけから不穏ですわね。
「わたくしの美闘気を受けながら、この回復の早さ……元平民の成金商会の娘にしては、なかなか根性がありそうだこと。ふむ、これなら良いでしょう」
セザーム夫人は、オパール嬢を認めたようでした。
え、何でしょう、この先はこういう流れで行くのでしょうか?
そうこうしている間に、今度は侍女のネリーが来客があると伝えてきました。
ええい、どいつもこいつもアポ無しかよ!と思いながら訪問者の名を聞くと、
「スティングレー大公家のグラナート様がお見えです」
と告げられて。
……なんかね、もうね、来月から本格的な王子妃教育と、高等部通学が始まりますのでね。
(学期前の休みの間くらい、ゆっくりしたかったですわ……)
そう思いながら、スティングレー様の応対の準備をネリーにお願いしました。
(そういえば、卒業パーティーの時にしていたお話って、何だったんでしょうね?)
ちらりと脳裏に疑問が浮かびましたが、今日までのあれこれで疲れていたわたくしは、あまり深く考えることはありませんでした。
もう少し続きます。よろしくおねがいします!