10.肥溜め令嬢の行く末
卒業式から数日後、王宮にて、わたくしことラノーバ侯爵家令嬢プレッツェルと、テュルキース王孫殿下の、顔合わせ兼婚約式がありました。
お父様とお母様、わたくしの3人は、王族のプライベートルームに招かれ、超ゴキゲンな国王陛下、並びに第2王子殿下ご夫妻、元気いっぱい3歳児殿下と向かい合いました。
「苦しゅうない、今日はめでたい席じゃ」
挨拶もそこそこに着席を促され、わたくしたちはフッカフカの長椅子に腰掛けました。
「フォッフォッフォッ、ラノーバ嬢、どうじゃ!このテュルたんの愛らしいこと!ぷにぷにのほっぺ、ぷくぷくのおてて!ワシはもうテュルたんが可愛くて可愛くて、明日にでも王位を譲って1日中愛でたいほどなのじゃ!」
……始まりました、ジジバカ構文。
わたくしはまだ溺愛耐性がありますので、長くなりそうだなあで流しておりますが、お父様がやや引いているのが気配で伝わりました。
「ええ、わかりますわ国王陛下!殿下の愛らしさ、山の如しですわね!あらまあ、あんよも小ちゃくて可愛いですわあ!」
「おお!わかるか、ラノーバ夫人!テュルたんはあんよも上手なのだぞ!」
そこに子供だいすきお母様が加わり、状況はたいそうカオスなことになりましたが、なんとかお父様が場を仕切り、婚約の書類を整えます。
お互いがサインをして……殿下はまだ文字が書けないので、陛下が代筆しました。
「うむ!これにてプレッツェル・ラノーバ嬢は、テュルキース第一王子の正式な婚約者じゃ!お披露目は来週に行う!フォッフォッフォッ、ふたりの行く末が楽しみじゃのう!」
ひとり陽気な国王陛下の隣で、第2王子殿下ご夫妻が、ひとことも口を開かれないのが気になりますが……。
「じーじ!じーじ!おんもいきたい!おんも!」
退屈したのか、テュルキース殿下が騒ぎ出します。
「おぉ、よーしよし、おんもじゃな?すぐ行こう!それではラノーバ侯爵、あとは任せるぞよ!」
びょんびょん跳ねる殿下に手を引かれ、デレッデレの国王陛下は、さっさと部屋から出ていかれました。
バタンと扉が閉まる音で、嵐が過ぎ去ったのを実感します。
「……済まない、プレッツェル・ラノーバ嬢!こんなことになってしまって!」
突然、第2王子殿下と妃殿下が頭を下げられました。
「いくら姉君にこっ酷くフラれたからって、妹の君を巻き込むつもりはなかった!私は元王族のジェダイドとして、ズィルバー辺境伯家に婿入りするつもりだったんだ……!」
茶色い髪に茶色い瞳の第2王子殿下……ジェダイド・コールユーブンゲン様は、半泣きで仰せになりました。
「で、殿下!おやめくださいませ!」
わたくしは大慌てで声を上げます。
「ジェダイド王子殿下、どうか頭をお上げください。エメライン妃殿下も。もったいのう存じます」
重ねてお父様が請願すると、おふたりはようやく身を起こされました。
両殿下の顔色は悪く、涙目です。
特にエメライン妃殿下……御年18歳とは思えないほどロr……もとい幼気な彼女のお腹は、明らかに膨れており、妊娠されているという噂は事実のようでした。
前屈みの姿勢、お辛かったでしょうに。
「わ、わたしも、なんでこうなったかわかんないんです……!だいすきなジェイと結婚して、可愛い子供を産んだだけで……わ、わたし、一人娘なんです、ジェイと子供たちと、ずっとズィルバー領で暮らしていくはずだったのに」
エメライン殿下は、涙ながらにおっしゃいました。
――おふたりの話によると、婿入りの件で王宮に連絡を入れたら、王家の血を継ぐ人間を平民のまま婿にやるわけにはいかない、と勅使が飛んできたそうです。
それで、ジェダイド殿下の王位継承権は完全に放棄した状態で王籍を戻し、式は伝統ある王家の教会で、厳かに行われました。列席者は王家の方々だけだったとか。
式の後、おふたりは辺境伯領に戻り、盛大に披露宴を催し、三日三晩お祭り騒ぎをされたそうですわ。
「おかしくなったのは、テュルが生まれて3ヶ月くらい経ったころでした……国王陛下が、孫の顔を見たいとおっしゃられて」
辺境伯領では、一人娘のエメライン殿下が無事男児を産み参らせたことにより、浮かれまくっていたそうです。
祖父にあたる国王陛下のご来駕を賜り、領地総出の大歓迎で迎えたのですが……。
『この子は我が国の第一王子として、王宮に迎え入れる!』
……と、国王陛下が宣言され、そのまま有無を言わさず、王宮に連れて行かれたそうです……。
「テュルは王子じゃなくて、辺境伯家の跡取りなのに……わたしたちが陛下を追いかけて王都入りした時は、もう王家の御子だと告示されてました……」
お腹をさすりながら、エメライン殿下は息を吐かれました。
「父上は、あんな強引な方ではなかった。私がグレた時も、母上よりよほど気遣ってくれて……それが、テュルを一目見た途端、人が変わったようになられた」
エメライン殿下を慰めるように、その肩に手を添え、ジェダイド殿下が心情を吐露されます。
なんか『ワシには見える、見えるぞッ……この子は、将来ワシを超える名君になるぞいっ!』とか、国王陛下ひとりだけで盛り上がっておられたそうで。
「……お父様も、ソファアお義姉様が赤ちゃん産んだら、そんなことになってしまわれるのかしら」
「それはない」
思わず頭に浮かんだ疑念を呟いてしまったら、即座に否定されましたわ。
「ジェダイド王子殿下、エメライン王子妃殿下。……わかっておられましょうが、陛下がテュルキース王孫殿下を『第一王子』と呼ばれる限り、両殿下の願いは叶いますまい」
お父様が厳しい口調でおっしゃると、両殿下は、ぐっと息を呑まれました。
第一王子とは、ゆくゆくは王太子、国王となられる王子を指す言葉です。
――このままであれば、辺境伯領の跡を継がれることはないでしょう。
「で、でも、兄上のとこに男児ができれば、きっと……」
「どうでしょうか。国王陛下のあのご寵愛ぶりでは、王孫殿下を手放される可能性は薄いかと存じます。……むしろ、王孫殿下を正当な継嗣とするために、王太子位の交代を望まれるやも」
「そ、そんな……兄上を差し置いて、私が王太子なんて……!」
お父様が被せ気味に殿下にお伝えしますと、更に顔色が悪くなってしまわれました。
「……まあ、いくら国王陛下の仰せでも、現王太子殿下を除することは叶わぬでしょう。モントシャイン公爵家始め、王太子派の貴族が周囲を固めておりますからね。妃殿下が今身籠られているお子様ならば、辺境伯家の跡取りとされることもできましょうが、テュルキース王孫殿下は……」
それは、言外にテュルキース王孫殿下のことは諦めた方が……という意味を込めた発言でした。
ワッとエメライン殿下が泣き伏されます。
ジェダイド殿下も、心痛を露わにされました。
……いたたまれませんわ。
国王陛下も、なんという罪な差配をされるのでしょうか……!
「ご心配いりませんわ、両殿下!テュルキース王孫殿下は、我がラノーバ家を始めとする古代王朝の血を引く一族が支援いたします!立派な第一王子として立たれることでしょう!」
このビミョーな空気の中、お母様がニコニコと能天気に言い放ちました。
……さすがお母様、全く空気を読まれない。今はそういう流れじゃないんですけども……。
「妻の申す通りです、両殿下。我々はテュルキース王孫殿下をお守りいたします。そのために、我が娘プレッツェルは婚約者となりました。この先、王孫殿下並びに両殿下に降りかかる火の粉があらば、全力で振り払いましょう」
お父様は、テュルキース王孫殿下の台頭をよく思わない筋からの攻撃から、お三方をお守りする宣言をされました。
それを聞いて、わたくしは両殿下に改めて叩頭し、礼の姿勢を取ります。
「ジェダイド王子殿下、エメライン王子妃殿下。わたくし、プレッツェル・ラノーバは、テュルキース王孫殿下の婚約者として、誠心誠意努めますわ。どうぞ末永くよろしくおねがいいたします」
……これでもう、後戻りはできません。
これから先、どうなることか。
それは正しく、神のみぞ知るといったところですわね。