ドラゴンレース2
ドラゴンレースの誕生は100年以上昔にさかのぼる。
人類が初めてドラゴンの使役に成功したのは、1200年前と言われている。それ以前は部族ごとの紛争が絶えず、あらゆる地域で絶えず争いが起こっていた。こちらの部族と争いながらあちらの部族とも諍いを起こしている、そんなことは日常茶飯事で人類が一つの国に集まって共に繁栄を築くなどということは絵空事のような時代だったのだろう。そんな時代に英雄が一人、生れ落ちる。
神子エリス
彼女はドラゴンと念話することができ、ドラゴンを使役してあらゆる紛争を終結させた。誰にも従わず、また誰の益にも与せず、己の栄誉も富も求めず、龍とともに暮らし、争いが起きると現れて、争いを収めてまた去っていく。人類は部族によって、特徴が分かれたが、エリスはドラゴンの力によってそのあらゆる特徴を凌駕した。科学を、魔法を、身体能力を、ドラゴンの力で蹂躙した。しかしエリスはむやみに人を殺さなかった。科学の産物である破壊兵器を破壊し、魔法を無力化し、身体能力を屈服させた。が、否応ない場合や事故を除き人類の死者はほぼ出なかった。世の中は神子の調停により平和になっていった。平和の流れは人類はすべての部族が平等に暮らすことを第一義とした、エリス神聖国を建国するに至った。国王エリスを掲げ、誰も権益を持たないこの国は何故だか長く続いた。
今となっては神話の一つ、おとぎ話であり真偽は分からない。ただ、今も、人類はエリス神聖国で暮らしている。そして、小学校の授業では、巨大な蛇が空を飛んでいるかのような、体が細長い龍にまたがる少女の話を学び、あらゆる栄誉ある勲章には龍にまたがる少女のイラストが描かれている。
また、エリスはあらゆる人類の夢を一つ作り上げた。ドラゴンの使役である。それに挑戦して、森の、山の、海の、龍が棲むようなあらゆる秘境に人類は度々冒険を試みた。しかし、使役はおろか生還者さえ出ない。中には部族を上げて秘境への侵略を試みたり、科学の英知を結集して秘境の様子を探ったりといった、大規模な探索も行われた。しかしそうした規模でさえ、成果は微々たるものだった。人々はいつしか、ドラゴンの使役は神子の御業として自らが成すことは諦め、そのために開発された科学力を基に生活を豊かにした。ドラゴンの調査探索を行うのは一部の学者か変わり者のみとなった。
一方で人々の暮らしは飛躍的に進化し、今やこの世界のことはかなり多くの部分が解明されている。人間が暮らすこの肥沃な大地は、この世界のほんの一部に過ぎず、もっと広大でもっと雄大な大森林や大渓谷や大海原が世界には広がっている。そしてそこには人間の何万倍もの大きさを持つドラゴンやそのほか未知の生物が生活している。人々は自分たちが暮らす範囲を大きく拡大しているが、それも世界からすればほんの少しずつに過ぎないのだ。
エリスは今も生きているのか、それとも本当はいなかったのか。そんなことは今の人類には知る術はない。ただしかし、争いが起きればエリスが龍を引き連れてくる。そして、人類の科学が進歩し、文明が発展したことで、龍によって破壊されてしまう代償も大きくなった。この家も、この町も、すべて1からやり直しになる。発展は人類に協調を強めさせた。龍は平和の象徴なのだ。
ところで、人類が龍の使役を諦めた後も、一部の変質者たちによる龍の解明は続いていた。
そして、一人の天才が偉業を成し遂げる。龍の生態の解明だ。いつの時代も天才と変質者は紙一重なのだ。
龍は何らかのルールに基づき群れを成して生活している。
これは、自動空撮機によって撮影された幾つかの地域の龍の生態を見ることによって明らかになった。また、龍が必要以上にものを食べないこと。龍の群れは極めて静かに争いなく暮らしていること。も明らかになった。
これらの解明により、人類に「変質者」が増えた。そして、その人数が一定を超えるとそれは変質者ではなくなる。その集団の主張が多くの人に認められるようになる。ドラゴン調査団。人は、龍の研究をする人たちを変質者ではなく、そう呼ぶようになる。
ドラゴン調査団の誕生は約250年前だ。ドラゴン調査団は調査を記録しているため、神子エリスの時代と違い伝承ではなく、歴然としている。科学の進歩により、人類はドラゴンが棲む地域とその地域までの安全な空路を自動空撮によって特定し、勇敢なものがドラゴンとの接触を試みる現場も自動空撮によって撮影し持ち帰った。すると、あるルールが浮かび上がった。龍の群れは、何らかの方法で近づいてくる生命体の数を特定している。1人で近づくと1匹が、複数で近づくと複数が反応し近づいてくる。そして、喰われる。しかし、龍は丸呑みはしない。近づいた人間の一部をいとも簡単に喰らうのだ。また、複数で近づいた場合、喰われないものもいる。踏みつぶされたり叩き飛ばされたりする者もいる。だが最後に残るものは必ず喰われるのだ。何百人という犠牲の上にこのルールを見出したドラゴン調査団は、龍の肉を喰うことを目標に掲げその手段を模索した。そして、100年の時間をかけてそれに成功する。それにより、また新たな龍の生態が解明された。
人は龍の肉を喰うと、その龍と意思疎通ができるようになる。
龍は再生する。
龍は争いを好まない。具体的に言えば相手をむやみに殺さない。
龍は自分の肉を喰われた場合、その相手を群れのリーダーとして敬うようになる。
龍と意思疎通をしたエリス以来2人目の人類により、これ以降も龍の解明は飛躍的に進むことになる。
龍は、大体の生命体の考えを読み解くことができるらしい。これは、解明が進んだ現在でも「らしい」の域を出ない。龍と意思疎通を可能にした何人かの人間が同じことを言うので恐らく正しいのだろうが、真実は龍にしか分からない。
また、龍は肉を喰らえば絶対服従ではなく、龍にも個性が残る。龍の肉を喰らった人間が、
「俺が世界を統一するために力を貸せ!必要とあらばあらゆる部族を殺す!」
と考えれば、龍は、
「殺すのは好きじゃない。お前がそう考えるのならおれはお前をリーダーとすることをやめる。」
と主張するだろう。あくまで自分の肉を喰った相手を敬うのであり、従うのではないのだ。
こうして、人類は龍への理解を進めた。そんな中で、ドラゴン調査団の中でも異端な人間が出てくる。集団が集まれば必ず異端は発生するのだ。
「私はもっと龍のことを知りたい。協力して欲しい。」
最初にその肉を喰らった龍に、更なるほかの龍の肉を喰らうための協力を乞い、自らが喰われないようにしながらより多くの龍の肉を喰った。そして、喰らった龍が4種に達したとき、その異端者は言ったのだ。
「君たちが競争したら、誰が一番早いんだ?」と。
その様子は自動空撮機によって撮影され、ネットワークを通して世界中の人類に配信された。その配信は史上最高の視聴者数を記録した。過去の最高視聴者数記録を2倍以上に更新する圧倒的な人気動画となったのだ。
これが、現在の世界で他の追随を許さない人気を誇るドラゴンレースの起こりである。今から100年前。伝説のレース動画としてその動画は今も視聴者数を伸ばし続けている。