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【完結】妄想ディレクション  作者: 夏目くちびる
第四章 ライフ・イズ・ビューティフル
39/42

 「……つ、次の映画の練習?」



 「違う」



 「えっと、あの実はあのガムの事でした~、的な」



 「違う」



 「えっと、えっと。じゃあ……」



 「お前が看病してくれたあの日から、俺はずっと姉崎絵凛が好きだったんだ」



 突然の言葉に、上手く喋る事が出来ない。思うように、息が出来ない。



 「みんなに言われたんだ。エリーの気持ちを考えろ、と。だから、凄く真面目に考えたんだ。……今のは、そのアンサーだ」



 すると、彼女は一度息を吸い込んだ。しかし、手放しで喜ぶ事をあの出来事が許さず、フラッシュバックするのは血を吐く勘九郎の姿。少しずつ漏れていく空気を抑える様に俯くと。



 「だ、だったら……」



 呟き、涙を流した。



 「だったら、なんでキスしろなんていうのよ……ぉ!わたし、本当に……!」



 その声色を、何に例えようか。喜ぶようで、心配するようで、怒るようで、甘えるようで。全てが絡み合って、何かを探すように震えていた。だから、勘九郎はエリーの元へ跪くと、抱き寄せて頭を撫でた。



 「……悪かった」



 「ひっ……。なんで、一番に言ってくれないのよ……ぉ。なんで、あんな心配させるのよ……ぉ。ひっ……。本当に辛かったんだから……ぁ、本当に悲しかったんだから……ぁ!」



 勘九郎のシャツを濡らし、静かに泣き続けるエリー。しゃくりあげると背中を優しく叩かれて、だからその度に強く体を寄せた。一人よりも寂しい事があると知ったから、勘九郎に奪われた体温を、勘九郎から欲しがったのだ。



 「わ、わたし、カントクなんて大っ嫌い……。ひっ。絶対に、許してあげないんだから……ぁ。だい、きら……」



 しかし、二度目は言葉にならなかった。その理由だけは、勘九郎にも分かったようだ。



 だから、彼女の唇にキスを落とした。()()は種も仕掛けもない、本物のキスだ。



 × × ×



 テストが終わり、数日後の宿直。勘九郎はやはり作業をしていて、その隣にはエリーが座っていた。メンバーの集まる前、彼女は本棚にある資料を手にとっては勘九郎に寄りかかり、それがどんな映画なのかを訊く。そんな事ををずっと繰り返していた



 彼らは恋人同士ではない。しかし、もう同じ映画を作っているだけの仲間ではないのも確かだ。ただ、何以上で何未満なのかは、本人たちにも分からない。そんな関係が、彼らには心地よかった。

 エリーは、勘九郎の真剣な横顔が好きだ。その癖に、ずっと見ていると自分だけが心を奪われてしまう気がするから、こうして彼の集中力を乱す。もちろん、映画はほとんどが完成しているのを、エリーも理解している。



 やがて、チームメイトが全員集まると、全員で最後の作業に取り掛かった。映像とポスター。それぞれに班を分けて進めていくと、先に仕上がったのはポスター班であった。



 「制作、完了しました!そっちはどうですか?」



 「そろそろだよ。後は、細かい修正をしていくだけ」



 「よくやった!当然、一番いい紙に印刷してくれ!もちろん加工もするんだぞ!部数は10……。いや、20部だ!」



 「そんなに印刷して何処に貼るのよ」



 言われ、「じゃあ5部にしよう」と下方修正を行う。そんな会話がおかしくて、だから部屋の中には笑い声が響いた。



 それから一時間後、遂に作品は完成した。妄想ディレクションの全てを詰め込んだ、まごうこと無き最高傑作。



 「試写会だ!スタジオで見よう!」



 言って、階段を駆け上がって行ったのは勘九郎とミアとサラ。他のメンバーはやれやれと頭を振ると、互いを称え合いながら階段を登った。



 スタジオに入ると、既にプロジェクターを開き、スクリーンを立て、窓と入り口にカーテンを引いて上映の準備を済ませていた。信じられない手際の良さには、尊敬を通り越して逆に呆れが浮かんでくる。



 「3回は見るぞ」



 「事情によってはもっと見るわ」



 「パンフレット書けるまで見ます」



 映画が大好きな三人は、横に椅子を並べ、そこに背筋を伸ばして座った。残りの四人はゆっくりと後ろに椅子を置き、どうせならと持ってきたポップコーンの袋を開けた。



 「ちょっと落ち着きなよ。再生は一先ず置いて、まずは乾杯でも……」



 「いいや!限界です!押します!」



 ミゲルの言葉を遮り、サラはプレイボタンを押した。暗がりの中、浮かぶように映像が映し出されると、彼らは口をつぐんで上半身を前のめりにした。さながら、スポイトで餌を貰うひな鳥のようだ。



 彼らがその姿勢で固まること75分。あっという間に上映は終了。外はすでに真っ暗になっていた。



 「ねえ、カントク」



 「なんだ」



 「これ持って、ドルビー・シアターに殴り込みましょうよ。オスカー受賞者も、きっと裸足で逃げ出すわ」



 ドルビー・シアターとは、ロサンゼルスにあるアカデミー賞(オスカー賞とも言う)の授賞式が行われる場所だ。



 「いいな。そしたら月に映画館を建てよう。月面のスクリーンで、地球に住む全員に見せてやるんだ」



 「いいですね。砂漠からも海からも、妄想ディレクションの映画が見られます」



 蕩けたように余韻に浸る彼らは、訳の分からない空想を語っていた。しかし、その姿を見守る四人も、今だけは絵空事にツッコミを入れる事はせず、パチパチと称賛の拍手を送ったのだった。



 さしものミアとは言え、やはり恋愛に関する演技はエリーに譲る他ないと考える。自分の知らない感情に本気になれる彼女が、ミアには無性に羨ましかった。



 「きっとすぐだよ、大丈夫」



 言って慰めたのは、やはり彼の兄だった。その声に一度だけ振り返ると、「そうね」とだけ呟いて再び前を向いた。



 視聴回数は、勘九郎の言う通り本当に三度に及んだ。何度も自分の頬を赤らめる表情を見られるエリーだったが、前のように照れた様子はない。何故なら、あの顔を向けた相手が、他でもない勘九郎だったからだ。



 彼女は、自分の恋に誇りを持っているのだ。



 ようやく照明をつけてワイワイと感想を語っていると、灯りに気が付いた警備員がやって来た。



 「もう、早く帰りなさい」



 言われ、彼らは浮ついた気持ちのままに校舎の外へ出て行った。校門を出ても興奮を冷めず、ひたすらに互いを褒めたたえていたのだ。



 ……そんな彼らが、ディスクをスタジオに忘れて行った事を、一体誰が責められるだろうか。翌日の朝、破壊された柵を見付けたのは、誰よりも早く訪れたエリーだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] おうっと… 奴らは相変わらず… さすがに、ディスク一枚だけ破壊されてもバックアップぐらいはあるだろうけれど… それに、それを見ても自分たちの作品を直す暇はないだろうけれど… もうまごう事な…
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