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【完結】妄想ディレクション  作者: 夏目くちびる
第二章 トラ・トラ・トラ
11/42

 「カントク、ジャッキーカルパス以外のお菓子は?」



 「ない。それ以外の菓子は買ったことがない」



 「絶対に嘘で草」



 桜が散り、夏に片足踏み込んだとある日の朝。映画研究会の部室である第三旧校舎の宿直室で、画面をのぞき込む二人の男子生徒の姿があった。デバイスは、嘗ての様なノートパソコンではなく、デスクトップ型の最新モデル。発電機をもう二台持ち込んで、おまけに冷蔵庫と扇風機まで設置した彼らの城は、入り浸るのにも快適な空間となっていた。



 「あぁ、違う。そこはもっとガッて感じだ」



 「なんだよ、ガッて」



 「こう、フラゥが沈んだ感じになるだろう?そんな気持ちを払拭するようにガッ、だ」



 「アガガガ」



 数日前、元アニメ研究部の部員であるウォズ事魚住太一が、正式(そもそも映画研究会が非公式だが)な映画研究会のメンバーとなった。彼の編集技術はやはり凄まじく、次々に勘九郎のイメージを形に変えていく。そんな光景を目の当たりにして、彼の興奮が落ち着くはずもなく。



 「あ、また徹夜してる」



 扉を開けて早々、二人の姿を見て頬を膨らませるエリー。



 「エリーちゃんおはよう」



 「おはよう、もう徹夜はダメだって言ったのに」



 叱られて、アワアワと狼狽えるウォズ。



 「だって、カントクが」



 「なに?ウォズだってバイブス上がって来た、とか言って盛り上がってただろう」



 「いい訳しないの、もう」



 しかし、それ以上はツッコまず、冷蔵庫の中からいちご牛乳を取り出してストローを差すエリー。なんだかんだ言って、自分もちゃっかり設備を活用しているのだった。



 「それで、どこまで出来たの?」



 そう言って、ウォズの右肩に手を置くエリー。左肩にはカントクの手が置いてある為、一人で二人の体重を支える形になっている。最も、二人を合わせてもウォズの体重に届くかは分からないが。



 「もうそろそろ完成するよ。と言うか、今日中に終わらせないと仕事の方がヤバい」



 「そっか、ウォズは他の人の動画編集もやってるんだっけ」



 「まぁね。もしエリーちゃんがユーチューブやる事になったら、依頼は是非『画狂若人卍(がきょうにゃくじん)』までどうぞ」



 「そんな時間はない。次の撮影だって、明日には始まるからな」



 割って入り、タイムスケジュールを確認する勘九郎。



 「でも、今どきPRにユーチューブを使わない手なんてないと思うよ?カントクは自分の映画、そろそろ世に出したほうがいいんじゃ?」



 「その予定は無いが」



 「無いのかよ!ホント映画撮ることしか考えてないのな!」



 いつの間にか、エリーは蚊帳の外になってしまう。あーでもないこーでもないと議論を交わす二人の姿を見ていたが、決着が付きそうにない事を悟るとウォズから離れて鞄を持ち上げた。



 「まぁいいや。それじゃ私は授業出てくるね。二人もそろそろテストなんだから、受けなきゃダメだよ?」



 言われて、虚を突かれたような顔をするウォズ。



 「そういえばそうだ。カントク、やっぱり僕も授業出るよ。どうせなら一緒に行かない?」



 「……いや、対策は済ませてある。俺は少し眠るよ」



 そう言って、二人を見送る勘九郎。前回熱を出したことを思い出して、少しは体を休めようと考えたからだ。編集状況を保存して、ブラウザを閉じると部屋に鍵をかけて横になった。



 一方、本校舎へ向かって歩く二人は、来る次の撮影に向けて各々の思いを話す。



 「ウォズは、映画出ないの?」



 「ぼ、僕はダメだよ。デブだし、顔だってブサイクだもの。それに、裏方の仕事が気に入ってるから」



 彼らが二人で話すのは初めての事だった。ウォズは妙に緊張してしまっている。



 「そんな事無いよ。でもそっか、確かにあの技術は凄いもんね。カントクが惚れ込むのも分かる」



 「う、嬉しいよ。エリーちゃんも、演技凄いよね。僕、あの時は本当にラフィちゃんが来てくれたのかと思ったし」



 スタンディングオベーションどころか、腰を抜かして椅子から転げ落ちてしまった事は記憶に新しい。



 「ありがとう。それにしても、カントクも強引だよね。頭の中、どうなってるのか覗いてみたい」



 「確かに。あ、あのセリフもカントクが考えたんでしょ?」



 「そうだよ。全く、すっごく恥ずかしかったんだから」



 それからは、教室に入って互いに別の席に着くまで、勘九郎の話で盛り上げったのだった。



 ……少しの時間が経ち、再び第三旧校舎近くの道。目を覚ました勘九郎は、久しぶりに外でカメラを回してアイデアを探していた。授業をサボってタバコを吸う不良や、恥ずかしげもなくキスを披露する男女。この学園には生徒が多いだけあって、撮影シーンに事欠かない。



 歩きながら、ふと空を見上げる。そこには、空を切り裂く様な飛行機雲。どこまでも長く続いていて、その果ては竜の巣の様な大きな雲に繋がっていた。



 「空も、いいなぁ」



 言いながら、カメラを向ける。道端に座り込んで、吸い込まれそうな青い空をただ見上げていると、彼の前を通った影が一つ。それはレンズの下を通り過ぎず、足音を止めて言葉を言い放った。



 「ねえ、あんた何撮ってんの?」



 聞いて、正面を向く勘九郎。そこには、やたらと気の強そうな、しかし高校生にしては少し幼く見える少女が腰に手を当てて立っていた。表情は活発で、元気が後から後から沸きだしているようだった。



 「空、撮ってる」



 「そうなんだ。ひょっとしてあんた、映画研究部でしょ」



 「いいや、違う。俺は……」



 「誤魔化しても無駄よ。そんな大層なカメラ持って、あの部活に所属してないワケないじゃない」



 ……こいつ、面白いな。



 鼻っ柱が強く、そして人の話を聞かない性格。胸のリボンは緑色。どうやら一年生の様だ。カントクの事を知らないのも頷ける。



 「あたしもね、映画研究部に入ろうと思ってるの。それも、女優志望でね!」



 言われ、彼女に興味を持つ勘九郎。このまま、もう少し手のひらの上で踊ってみてもいいと思ったのは、そろそろ四限の授業が始まる昼下がりの事であった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 女優ばかり増えても困るかもしれないな。 女優目当ての男なら山ほど集まりそうだけれど、仲間になれる俳優となると、難しそうだなあ。 しかし、今どきだと、普通に校内でキスするんかなあ。
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