第1章ー5話 エレーヌもきっと同じ気持ちだろう
翌日。
俺は、いつも通り配達の仕事を終えると、マイアーの酒場へ足を向けた。
「マイアー、いつものを…」
いつものプレートを頼みながら店へ入ろうとしたが、店内の状況を見て言葉が止まった。
「よう、少年。遅かったじゃねえか」
酒で顔を赤くしたクレオが上半身裸で、若い衆3人に担がれ奇妙な踊りを披露していた。
「………人違いです」
「ちょっ!待てって」
「うわっ!」
状況についていけないと思い、店の扉に手を掛けると、クレオは10メートルほどの距離を一飛びで詰め寄り、俺の肩をがっちりと掴んだ。さすが、元勇者。あまりのスピードと力に驚き、変な声が出てしまう。
さっきまでクレオを担いでいた3人の若い衆が倒れているのが、彼越しに見えた。
「お父さんは、バカだよね」
倒した3人を引っ張り上げたクレオと共に、マナの座る席へ戻ると、マナは笑顔でそう言った。
マナの目の前にはすでに空の皿が2皿積まれていた。
「マナよ。お父さんは、バカではないぞ。偉大な男だ。なあ!タロウも何とか言ってやってくれ。最近、何かと俺のことをバカだバカだと言ってくるのだ」
「………こんばんは。マナちゃん。今日もいい食べっぷりだね」
「ほんふぁんわ」
戯言しか口にしないクレオはほっといて、マナに挨拶をすると、口いっぱいにご飯が入っているため、何を言っているかわからない挨拶が返ってきた。頬を膨らませモグモグと口を動かす姿は、小動物を連想させて、とても愛らしく思えた。
その隣で、「こらー、無視するな―」「マナを見ていいのは俺だけだー」と喚いているクレオも、この可愛さを前にすると全然気にならない。
「マナちゃん。女の子が口に物を含みながらしゃべるのは、良くないよ。話すときは、モノを飲み込んでからにしようね」
しかし、子供の不正を正すのが大人の役目。俺は、角が立たないよう、できるだけ柔らかくマナに声を掛ける。俺の言葉に、クレオもハッとしてマナの方へ目を向ける。
「………こんばんは!」
頬張っていたご飯を飲み込むと、マナは元気よく挨拶を言い直した。その天真爛漫な笑顔が俺とクレオの心を射抜いたことは言うまでもない。
「それで、クレオのお願いってのは何なのですか?」
酔ったクレオは危険だ。話が通じず、どこへ迷い込むかわからない。昨日の二の舞にならぬよう先手を打つことにした。
「お願い?俺の願いはただ一つ。マナの幸せだけだー」
駄目でした。踊る阿呆にみる阿呆とは、どこぞで聞いたが、しゃべる阿呆はどうするべきか。しゃべらにゃ損なのか。クレオは、先の言葉を機にマナのきれいな髪をくしゃくしゃと撫でていた。
「世界旅行の目的は、何かあるんですか?」
俺は、負けない。流されてはだめだ。話題を変えるべく債を投げる。
「目的?それは、マナに世界を見せたいと思ってね。10歳は、この世界じゃ人生の節目といっても過言ではないだろ。タロウだって、盛大に祝ってもらったんじゃないか?」
最初は、酔った口調だったが、だんだんと言葉がはっきりとしてくる。
「これからの時代を築く若者に、少なくとも娘には、今の大国を見てもらいたかった。そして、立派なレディーへと育ってほしいと思ってる。」
クレオのマナを見つめる瞳がやさしく揺らぐ。マナもそれに応えるようにやさしく微笑み返す。しかし、お腹が膨れて眠くなったのか、あくびをした後にマナはウトウトし始めた。
先ほどまで乱暴にマナの髪を撫でていたクレオの手は、いつしかやさしいものへと変わっており、「エレーヌもきっと同じ気持ちだろう」と、独り言ともつかない言葉を発した。
「少年。俺の頼みを聞いてくれ」
マナがすっかり眠りにつくと、クレオは頼みを打ち明けた。