第1章ー2話 ヤマダ・タロウです
「なーんだ。そう言うことなら早く言ってくれれば良かったのに。まさかお利口さんなマナが少年の飯を勝手に食べてるなんて、気づくわけないだろ」
意識が戻ると、と言っても意識を失っていたのはほんの数十秒であったのだが、長髪の大男は事情をマイアーから聞くなり、慌てて頭を下げて、俺を起こしてくれた。
「いえ。俺ももうちょっとはっきり伝えるべきでした。それに、知らない男が可愛い娘さんに声をかけていたら、怒るのも仕方ないですよ。おじさんは、娘さんにぞっこんなんですね」
「ば、ばか。よしとくれよ。娘の前で恥ずかしいだろ」
「照れないでくださいよ。まあ、でも分かります。娘さんこんなに可愛いですからね。心配するのも仕方ないですよ」
長髪の大男は、見た目に似合わず、顔を赤く染めながらにやけている。よし、この調子でこの場を丸く治め、撤退だ。マイアーには後で弁当でも届けてもらおう。
「おお、そうか。分かるか。なかなかどうして、見応えのある少年じゃないか。よし、これも何かの縁だ。一緒に飯にしようじゃないか。娘が食べてしまった分、俺様が奢ってやろう」
「ええっ!」
長髪の大男は、とても笑顔で提案してきた。その純粋な笑顔に当てられた俺は、しぶしぶ席に腰を下ろす。
そして、冒頭へと戻る。
「しかし、それにしてもここの料理は絶品だな。いくらでも食べられそうだぞ。なあ、マナ」
「うん。おいしい。マナも毎日ここのご飯食べたい」
ジュースをおいしそうに飲んでいた女の子は、力強く肯定する。両手で大きなマグカップをぎゅっと抱え、うんうんと頷く姿は愛らしく、長髪の大男は、「そうだな。そうだな」と、女の子の頭をくしゃくしゃと撫でる。
「そんなこと言ってもらえるなんて嬉しいね。一生懸命作った甲斐があるってもんだよ」
親子の声が聞こえたのだろう、マイアーがテーブルの前へやってきてうれしそうに言う。
「大将、いい腕してるじゃねえか。娘のこんな喜んでる姿久しぶりだぜ。ありがとよ」
「お褒めに預かり光栄です。まさか元勇者であるクレオ様に料理を出せる日が来るなんて、人生何があるかわからないものです。よろしければ、今後もごひいき願います」
頭に巻いたバンダナを外し、深々と頭を下げるマイアー。少し演技掛った言動ではあったが、あのマイアーが客に礼儀正しい態度をとるなんて。初めて見るマイアーの姿に面を食らいながら、それよりもマイアーの言葉に驚きを隠せなかった。
「どうした、少年。そんな間抜けな面をして」
「おじさん。元勇者って」
「なんだ、タロウ。知らないでこの人と飯食ってたのか。命知らずだな」
マイアーと長髪の大男を交互に見る。二人とも俺の表情がおかしいのか顔がニヤついている。
この男が元勇者・クレオ。娘を溺愛し、会話が通じず、おまけに暴力をふるうこの男が。
「紹介が遅れたな、少年。初めまして。俺の名は、クレオ。アン・ソール・クレオだ。10年前まで勇者をやっていた。今は、娘の十歳の誕生日記念に二人で世界を旅している。
この拳とグレーの長髪が名刺代わりだと思ってたんだが、自意識過剰のようだったな。恥ずかしい。少年、お前の名を聞こうじゃないか」
長髪の大男もとい元勇者クレオは、そう言って手をこちらに差し伸べる。その手に吸い寄せられるように、俺はクレオの手を握る。その瞬間、心臓が跳ね上がった。握った手が石のように固いとか、握る力に怯むとかそんな月並みなものではない。熱が流れ込んでくる感覚に襲われる。まるで、クレオのエネルギーが、俺の中へ流れ込んでくるような不思議な感覚がした。
「俺は、タロウ。ヤマダ・タロウです」