第1章ー1話 出会い
「娘は目に入れても痛くないとか、食べてしまいたいくらいかわいいとか言う人がいるけど、そいつらは分かっちゃいないよ。だって、そうだろ。娘を目に入れたり、食べてしまっては、もうかわいい姿を見られねぇじゃねえか。娘ってのは、目から血が流れても瞬きを拒むほど目が離せない。これが正しい表現だと、俺はさっき思い付いたんだが、どう思う少年」
そんな事を大声で言わないでくれ。そして、そんなさっき思い付いた話を俺に振らないでくれ。
「そ、それは面白いですね」
当たり障りのない答えを返し、助けを求めて隣の女の子に視線を落とす。
「お父さんはバカだよね」
女の子は焼き飯を頬張りながら嬉しそうに言う。
「何を言うんだマナ。父さんが考えた素晴らしい名言だぞ。偉大な父を尊敬し、褒め称えよ。そして、感激のあまり抱きついてこい」
おじさん、目が怖いぞ。
「お父さん。目が怖いよ」
「な、何をいうんだ娘よ。父さんは何もやましいことなど考えていないぞ。マナに触れたいな、とか、抱き締めたついでに頬擦りしたいな、とか、その流れでチュー、とか、考えてないよ」
いや、セリフの最後だけ真顔になられても。全然、フォローできてないよ。そして、娘さん。あなたもあなたでスルーですか。焼き飯がもうなくなりそうだよ。
「もう、マナは食いしん坊なんだから。でも、そんなところも、かわいいっ。少年もそう思うだろ」
「いや~、本当可愛らしい娘さんですね」
「あぁん。なーに、人の娘をいやらしい目で見てんだ。ぶちのめすぞ」
…もう帰りたい。
「焼き飯おかわりー」
お酒に酔って、会話が成り立たないおじさんと、その横でちょこんと足の届かない椅子に座り、黙々と焼き飯を頬張る娘。馴染んでるように思われるかもしれないが、彼らとは出会ってまだ20分も経っていない。
配達の仕事を終えた俺は、夕飯のため酒場へ寄る。酒場の入り口からは店内の照明と共に賑やかな声が漏れていた。
「いらっしゃーい。って、なんだ太郎か。今日は遅かったじゃねえか」
「久々に晴れたからね。遠くまで出てたんだ」
「そいつはご苦労。いつものでいいんだろ。待ってな、すぐ持ってってやる」
厨房へ消えていくマイアーは、手を振る代わりに親指を立てて奥へ入っていく。きっと、今日も旨い飯を作ってくれるだろう。周りのテーブルから漂う香りが期待を膨らませた。
知り合い2、3人に挨拶を済ませ、奥のカウンター席に腰を下ろす。タイミングを見計らったかのようにマイアーがプレートを持ってカウンターの前へやって来た。
「お待ち。マイアー特製スタミナプレートだ。味わってくいな」
目の前に置かれたプレートの上には、豪快に切り分けられたサイコロステーキを中心にサラダとパンが並べられている。
「スープは自分でとれよ」
そう言って、マイアーは次のオーダーを取りにカウンターから離れていった。このプレートのいいところは、スープがおかわり自由なところなんだよな。マイアーの背中に礼を言って席を立ち、スープを取って戻ってくる。すると、あろうことか、俺の頼んだプレートが知らない女の子に食べられていた。
見た目10歳前後と言ったところか。髪艶や身なりはきちんとしているのに、この食い意地はなんだ。頬が小動物よろしく膨らんでやがる。
「ちょっと、君。なに人の飯勝手に食べてるの。てか、君みたいな小さな子がどうして酒場なんかに」
食べるのを止めようと、彼女の肩に手を掛けたその時だった。後ろからただならぬ気配と共に声を掛けられる。
「うちの娘に気安く触れてんじゃねぇ」
野太く心臓に響くような声に、恐る恐る振り返ると、そこには、グレーの長髪を後ろに束ね、無精髭を生やした屈強な大男が鬼の形相で立っていた。いや、今にも殴りかかってくる勢いで前のめりに立っていた。
「よう少年。いくらうちの娘が天使のように可愛いからって、手をだしちゃあいけねぇな。俺様のこの震えの止まらねえ右腕が動き出す前に、娘から手を離しな、少年」
長髪の大男の右腕は、ゴゴゴゴゴと、音が聞こえてきそうなほど震えていた。何て腕の太さだ。まるで丸太のようだ。
「す、すす、すみません。そ、そんなつもりじゃ。あの、これ、お、俺の頼んだ飯で。その、あの、えーと…」
「何モゴモゴ言ってんだ。男ならはっきり言いやがれ」
「は、はい。娘さんを食べたいだけです!」
次の瞬間、俺は宙を舞っていた。カウンター奥の壁にぶつかるまで走馬灯が見えた気がした。