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デブリ・バックパッカー  作者: 二進三退
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だから3分待てって言ったんだ

遅筆すぎる

トム・キティ、本名は「縄跳びとヘビのペペロンチーノ」を意味するこの男は、お察しの通りアメリカ人などではない。ついでに言うとパスタが大好きなイタリア人でもない。彼の出身は自由銀河連邦に加盟している、とある星である。彼は出張命令を受けて銀河のド辺境の田舎惑星、地球まではるばるやってこさせられたのだった。もちろん交通費代なんてものは出ない。出張の度に交通費がもらえていたら誰も出張先になど行かないからである。そんなわけでトムは、宇宙船が50年に一度来るか来ないかという辺境の田舎惑星までヒッチハイクでやってきたのであった。

実のところ、彼の仕事は3分あれば終わる仕事だった。だからトムは地球まで乗せてくれた船に3分だけ待つよう頼んだのだった。そして、彼らはそれを快く受け入れた。

ただ、その約束は守られなかった。

そんなこんなで、トムは田舎惑星で物好きな宇宙船を待つ羽目になったのだった。



固い。これならまだ我が家のせんべい布団の方がマシだろう。昨日べろんべろんに泥酔したまま帰ってきて、そのまま廊下で寝てしまったようだ。軽くシャワーを浴びて出社しなければ。

ただまあ、若干違和感はあった。

床板というよりは鉄板って感じだし、大勢の足音と怒鳴り声が響いているし、ごちそうの匂いもする。

「おいアキラ!いつまでも寝てないでそろそろ手伝ってくれ!」

どうやら一夜にして我が家はバケモノレストランになってしまったらしい。

厨房(もしかしたら宇宙警察の取調室かもしれないが、少なくとも厨房に見えた)では緑の物体Xが愉快なダンスを踊っている。実際の所、踊るように料理をしていたのか、料理をするように踊っていたのかは分からない。

よくよく見ると、その物体Xの目玉は三つで、ひょろっとした緑の体に左右三本ずつ腕が生えていた。バケモノと言ったがどちらかと言えばこれは・・・

「宇宙人・・・?宇宙人!?」

目の前が真っ暗に、頭の中は真っ白になった。俺はパンダかなんて余計なことを考える余裕もなかった。

「アキラ!目が覚めたなら手伝ってくれよ!」

頭の整理もつかないままトムと皿洗いすること数時間、間違いなく一生分の皿を洗った。

くたくたの体を壁に預けながら、大きく息を吐く。

「トム・・・もう僕は何が何やら・・・」

二日酔いが見せる悪い夢だったらいいのにと思ったが、そうじゃないことは大体分かっていた。

「本当はコイツに乗ったらすぐ説明しようと思ったんだけどさ、君が随分気持ちよさそうに寝てたもんだから・・・」

「寝てた?気絶してたんだよ僕は!」

「どっちにしろ同じことさ。まあかいつまんで説明すると、僕らは物好きな彼らの宇宙船にヒッチハイクさせて貰って、その代わりに皿洗いさせられたってことさ。」

さも当然の様に宇宙船とか言い出すのでクラッときてしまった。しかもこれからそいつをヒッチハイクで乗り継いでいくって話だ。全くもって意味不明で理解不能だ。

「そもそもどうやってヒッチハイクしたんだい?親指おっ立てたら乗せてくれるってか?」

「おっ、鋭いね。コイツを親指に被せて空に向かって突き出せば、近くの宇宙船に信号が送られる仕組みさ。通称『親指通信』って言うんだ。」

どうやら宇宙人には皮肉が通じないらしい。確かに地球にいた頃からコイツはよく皮肉に気付かなかった。

「っていうか帰してくれよ!宇宙旅行なんて聞いてたら・・・」

「そもそも行かなかった。そうだろう?でもねアキラ、君はもうこうして宇宙旅行を始めちまったんだ。それに聞くけどね、地球に帰って職探しでもして安全で平穏な退屈な毎日を過ごすのと、危険でスリリングでハッピーな日々を過ごすの、どっちがいいんだい?」

聞かれるまでもない。答えはとうに決まっている。

「安全で平穏で退屈な毎日に決まってるだろ!僕はなぁ、石橋を叩いて叩いて寧ろ叩き壊すタイプなんだ!」

「けど昨日の君はお世辞にもそんなタイプとは言えないと思うけど?」

「・・・・・・・・・」

「もう始まってるんだよ、アキラ。昨日の時点で君の愛する『平穏な生活』はもう無くなってるんだ。」

確かに、昨日はある意味おかしい一日だった。それは事実と言えなくもない。けどだからといってすんなり受け入れられることではない。

「まあ何はともあれご飯を食べようよ。」

こうして気持ちの整理もつかぬまま、初めて地球外でご飯を食べることとなったのだった。





ギャクハン人は兎に角、反抗や反逆をこよなく愛する宇宙人である。

三ツ目で六本の腕を持つ彼らは、反逆するためだけに生まれ、反逆のために死んでいく生き物であった。

ただ、彼らは別に最初からこんな感じだった訳ではない。かつては、おつむが少し弱い料理人達であった。

彼らに転機が訪れたのは、とある辺境の田舎惑星の近くを通りかかった時であった。

いつものように近隣惑星のラジオを盗み聞きしていたところ、なんと地球ではコックが反体制の象徴として問題になっていたらしい。

もちろん、ギャクハン人達は「コック」が何を意味するかなんて知らないので宇宙船のコンピューターに聞くしかなかった。

普段は彼らの愚かさに辟易しているコンピューターも、珍しく学習意欲を見せた彼らに嬉々として意味を教えてあげた。コンピューターは1+1が3ではないことを彼らに延々と説明することに疲れていたのである。

だがしかし、いくら料理人が辺境の田舎惑星で反体制の象徴となってることを知ったからといって、普通自分達まで反体制派になる料理人はいない。だがしかし、ギャクハン人は普通ではなかった。

彼らは不幸なことに、進化の過程で脳味噌と腎臓の大きさが入れ替わってしまったのである。

不幸な進化の過程で愚かになってしまった彼らは、自分達が何者かすら分かっていなかった。故にコンピューターの説明を聞いた彼らは、自分達が反逆の象徴であるのならばそう振る舞うべきだろうと思い込み、反逆を始めたのだった。

この逸話に関しては、某大学教授がギャクハン人は「コック」と何かを聞き違えたのではという説を提唱している。何故なら、誰もどのくらい広いのか分からないこの宇宙中でも、料理人が反体制の象徴とされている惑星など見つかっていないからである。もちろん、地球とて例外ではない。

また、全く関係無い話だが、地球には「ロック」と呼ばれる反体制を象徴する音楽があるという噂があるが、所詮は噂である。





人生初の宇宙食は、意外にも食べ慣れたカップ麺だった。無重力空間でお湯なんて注いだら大変なことになるはずなのだが、そんなことを考える余裕も無いほど疲れていたのだった。

僕とトムは慣れた手つきでカップ麺を作る。作ると言ってもお湯を注ぐだけだが、これでも立派な料理だと僕は考えている。

「僕はね・・・3分すら待てないヤツがどうしても許せないんだ・・・」

不意に虚ろな目をしてトムがそうぼやくので、危うくお湯を入れすぎてしまう所だった。

「・・・君はカップ麺を規定時間キッチリに作ることにそんなにこだわりを持つ男だっけ?」

「別にカップ麺に限った話じゃ無い。たったの3分が待てないヤツが許せないだけなんだ・・・」

よく分からないが、ふたの隙間から漏れ出す湯気を眺めてじっと待つほか無い。

だが、腹の方はじっと待ってくれそうに無い。さっきから工事現場ばりの轟音を奏でている。

あらかじめ断っておくと、僕はカップ麺については3分きっかり待つタイプだ。

だがしかし、今の僕はかなりの飢餓状態にある。普段はどか食いしているヤツがダイエットを終えた直後くらいには空腹だったりする。

加えて、人間というのは「するな」と言われると「したく」なる生き物である。

だから、ほんの少し魔が差した。

けれどまあ結論から言えば。

僕は3分待つべきだったのだ。





前述のとおり、ギャクハン人は愚かで、反逆やら反抗やらが生きがいの生き物である。

どうしようもなく愚かな彼らだが、料理の腕は確かなので、古くから公的宇宙船の付随食堂船の料理人として活躍してきた。

しかしある日を境に彼らは盛んに密航者を乗せるようになった。理由が何であれ、これは困ったことであったし、何か対策しなければならなかった。ただ幸いなことに、ギャクハン人は常軌を逸して、おつむが弱かった。故に、多くの惑星はギャクハン人を警察船付随の食堂船の料理人として使っていった。

これが功を奏し、宇宙全体の検挙率は20倍にも跳ね上がった。

しかしここで別の問題が浮上した。ギャクハン人は阿呆だったが、姑息な密航者達はその限りではなかったのである。

密航者達は、ギャクハン人の船に取り付けられた興奮度センサーが最大の障害だと突き止めた。馬鹿なギャクハン人達は密航の手助けという「反体制的行為」に興奮してしまい、それが密航者の発覚につながっていたのであった。

密航者達は密航を手助けしても興奮しないようギャクハン人にお願いし、これにより宇宙全体の検挙率は20分の1にまで下がった。

密航の手助けへの興奮は抑えられるようになったギャクハン人だが、他の反体制的行為には相変わらず興奮してしまうのであった。

例えば、カップ麺を3分待たずに食べようとする、とか。





一口麺をすするかすすらないかのうちに、宇宙船内にけたましいサイレンが響き渡った。夏の蝉達の大合唱と良い勝負だ。

「な・・・何が起こってるんだ・・・?」

「ああくそ!やっぱり宇宙警察の食堂船だったか!だから僕は3分待てって言ったんだ!いつもこうだ!僕の周りで誰かが3分待たないときは、決まっていつも僕が不幸な目に遭うんだ!」

いきなり怒鳴り散らしだしたトムに目を白黒させていると、宇宙船に大量に乗り込んでくる影が見えた。よく分からないがここにいない方が良いことだけは分かった。

「ト・・・トム・・・ここにいたらマズイんじゃ・・・」

「ああそうさ!よく分かってるじゃないか!僕たちは密航者で今まさに逮捕されようとしてるんだよ!」

「つまり?」

「逃げるんだよバカ!」

トムに腕を引っ張られ、体勢を崩しかけながらも前に進む。進むのだが・・・

「ああくそ!もう集まってきてる!」

すでにでっぷりとしたお腹を突き出した宇宙人が行く手を塞いでいた。どうしたものかと考えていたら、思い切りすっころんでしまった。ついでに後生大事に握りしめていた僕の飯も飛んでいってしまった。

空飛ぶカップ麺は美しい弧を描き、土手っ腹ポリスへとお届けされた。

「ナイスだアキラ!今のうちにこいつらの船を乗っ取っちまおう!」

熱さに悶える彼らを尻目に警察船へ向かうと、何かが飛んできた。そいつは僕の頬のかすめ、後ろの壁に風穴を開けた。

「チッ・・・ネズミ風情がいきがりおって!」

いかにも光線銃といった感じのモノを僕らに向けて、三段腹ポリスは忌々しそうに怒鳴ってきた。

次の瞬間、ヤツの手元が光った気がした。トムが引っ張ってくれなかったら僕の頭はポップコーンみたいに弾け飛んでいただろう。

トムと転がり込んだ真っ暗な部屋には何やら赤く光る数字盤があった。

「こいつは・・・銀河座標無作為選出装置・・・」

「ぎん・・・何?」

「銀河座標無作為選出装置。わかりやすく言うならワープ装置だな。」

それならそうと最初からそう言えばいいのに、と思わなくも無い。

「何事も正確に伝えることが重要さ。」

「心を読まないでもらえるかな・・・っていうかそれならこれで逃げれば・・・」

「言ったろ?こいつは無作為にワープさせるんだ。5桁の適当な数字を入れるとそいつがどうにかなって銀河のどこかに放り出されるって仕組みだ。主に犯罪者の流刑用だな。」

なんと物騒なシロモノだろうなんて考えていると、さっきのおデブポリス三兄弟がドアを押し破ってなだれ込んできた。

「ど、どうするんだよ!こんなとこで死ぬのはゴメンだぞ!」

「奇遇だね、僕もだ。とりあえず適当な5桁の数字を入力するしか無いよ。」

「放り出された先で死ぬことは?」

「ここでこのままポップコーンになるよりはマシじゃないかい?」

「さっきはよくもコケにしてくれたな・・・タイホだ!タイホしてやる!」

悩んでいる暇は無かった。僕は脳裏にこびりついたあの5桁の数字を必死に入力した。とっさに浮かんだのがそれしか無かったからだ。

そうして僕らは、宇宙のどこかに放り出されたのだった・・・


スピードをあげていきたい

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