本拠地
車に揺られて、どれくらいの時間が経っただろうか?
正直、美人二人に挟まれて、気が気じゃない俺は早くついてくれと思うばかりだった。
すると、車はゆっくりと減速し始め、最終的には止まる。
信号で止まったのか、もしくは目的地に着いたのか。
そんなことを思っていると、後部座席の扉が開かれる。
「お帰りなさいませ。友梨香様」
「ハイ、ただいま。出迎えご苦労様、杏奈」
扉を開いたのは他と同じ様に黒いスーツで身を包んだSPの様な人。
ただ先ほどと違うのは男性ではなく、女性だと言うこと。
それと眞谷さんが親しげに言っている感じ、もしかしたら側近的な人なのかもしれない。
「それでは蓮さん、ベリアル様、車の外へ」
「あ、ハイ」
「わかった」
俺とベリアルは先に車から出た眞谷さんに続く様に車から出る。
車から出て、まず目に映ったのは大きな屋敷……ではなく、木造建築の三階建てのアパート。
……え? 何で?
「えっと、ここは……?」
「オイ、眞谷。貴様、まさかとは思うが、ここが我らの本拠地、などと抜かす気じゃなかろうな?」
「そ、そうだよな。まずは家へと案内してくれたのかな。もしかして、俺たちが疲れてると思って、連れてきてくれたのかも」
流石にここが本拠地なんて、あるハズがないよな。
だって、独立するほどなんだから、それなりの拠点とかあっても、おかしくはないハズ……だよな?
眞谷さんは笑顔でこちらに振り向くと、コクリと一度頷く。
「ハイ、そのまさかです。ここは私達、『人類防衛隊』の本拠地兼家になります。本拠地と家を一緒にしている。土地代を両方払う必要もないため、経済的でしょ?」
その言葉に流石のベリアルも絶句。
SPの様な人達を雇い、如何にも高そうな車に乗っているから、凄い場所に案内されるものだと思っていたんだが……ベリアルも恐らく、そうだろう。
「主、経済的というのはまさか……」
「ハイ。独立したと言いましても、私の資産ではこれくらいが限界でして。政府にも一応、登録申請はしていますので、しっかり仕事をこなせばお金は入ってきます。まぁ、人数がそんなにいないので、厳しいところもありますが」
「主はそれで我らの衣食住をどうにかすると言っておるのか……」
「ハイ。きっと大丈夫です。特異点が三人、魔神様たちが三体揃っているのです。ここから資金を稼いでいけると私は思っています」
「向こう見ずにも、ほどがあるんじゃ……」
「我もそう思う」
俺の呟きに同意するかの様にベリアルも頷く。
何気に眞谷さんの後ろに控えてる側近であろう女性———杏奈と呼ばれていた人———も、俺たちに同意するかの様に頷いている。
「というよりも、『人類防衛隊』とはなんだ。ダサいぞ。もうちょっとマシな名前はなかったのか?」
直球すぎるベリアルの物言いに、少し思うところはあるが、それは俺も同意である。
名前を聞いた時、「え? 人類防衛隊って……」と思ってしまったほどだ。
指摘を受けた眞谷さん自身は小首を傾げる。
「そうでしょうか? 率直でわかりやすい名前で、私はとてもいいと思うのですが」
「主、ネーミングセンスないだろう……」
ベリアルはため息をつきながら、やれやれと言う感じに首を横に振る。
眞谷さんは何がいけないのだろうか? と首を傾げるも、気を取り直す様に一度咳払いをする。
「その話はまた後にするとして。それでは蓮さんとベリアル様の部屋に案内しますので、ついてきてください」
「え? もう用意しているんですか?」
出会って、まだ三十分くらいしか経ってないと思うけど。
すると、側近の女性が俺とベリアルに一礼する。
「眞谷様からご連絡をいただき、私が部屋を割り当てさせていただきました。とは言っても、人が少ない組織なので、部屋はほとんど空いているので、割り当てたとは言い難いですが」
「いえ、それでもすぐに対応してもらってありがとうございます。その、自己紹介が遅れました。黒川 蓮です。ベリアルの契約者です。よろしくお願いします」
「どうも初めまして。私は眞谷様の側近を勤めさせてもらっています。鶴屋 杏奈と言います。これから同僚として、よろしくお願いします」
俺が頭を下げるのに合わせて、鶴屋さんも頭を下げる。
ベリアルは「我も一応自己紹介した方がいいだろうか?」とボソッと呟いていたりする。
「それでは行きましょうか」
「あ、ハイ」
眞谷さんが歩き出し、俺たちはその後について行く。
階段を上り始めた辺り、二階か、三階の部屋なのだろうか? と思っていると、二階にある一室の扉が開く。
そこから姿を現したのは黒髪を後ろで一つに括って、ポニーテールにしている女性。
見た感じ、俺と同い年だろうか、と思えるのだが、俺はすぐさま彼女から目を逸らした。
理由はただ一つ。
「あ、眞谷さ~ん。お帰りなさ~い。『門』が出現したって聞いたんだけど~、大丈夫でしたか~?」
聞こえてきたのはどこか気の抜けた様な間延びした喋り方をする女性の声。
のんびり屋さん、という様な印象を受ける声だ。
「ただいま、音夢さん。大丈夫でしたよ。この人たちが『門』の対処をしてくれて……と言いたいのですが、音夢さん。その恰好で外に出てはいけないと言いませんでしたか?」
「え~。だって~、さっきまで寝てたし~。あんまり~外に出たくないし~、だから~、これでいいんじゃないかな~って~」
「それでも男の人たちもいるんです! 部屋ではともかく、外に出るならちゃんとした格好をしてください! シャツ一枚だけで出てくるなんて!」
そう、眞谷さんの言った通り、音夢と呼ばれた女性の恰好は上にシャツ一枚を着ているだけで、それ以外何も身に着けていないのだ。
そのせいでパンツまで見てしまったなんて言えない。
更に言ってしまえば、薄着な恰好をしているせいか、胸部に実る大きなものにシャツが押し上げられている。
一応思春期の男の子なので、勘弁してほしい。
目の保養……じゃなくて、毒である。
「ゴメンね、友梨香。ボクも何回か言ってるんだけど、聞いてくれなくてさ」
声が聞こえてきたのに反応して、視線だけそちらへと向ける。
次に姿を現したのは緑のフードマントに身を包んだ少女。
綺麗な緑色の髪と、黄色い瞳を持っている。
ベリアルの負けず劣らずの美少女だけど、もしかして。
「む? レラジェではないか。久しいな」
「おや? そういう君はベリアルじゃん。久しぶりだね」
ソロモンに仕えた同じ悪魔同士、久々の再会に笑顔を浮かべて近づいて、会話を始める。
ということは彼女がレラジェと契約した特異点。
俺は音夢さんへと視線を向けるも、すぐさま顔を背ける。
その俺の動作に眞谷さんは苦笑いを浮かべる。
「ちょうどいいので、紹介しておきますね。彼女は狩埼 音夢さん。『腐敗の悪魔』レラジェと契約した特異点です。音夢さん、こちらは黒川 蓮さんです。『煉獄の悪魔』ベリアルと契約した特異点で、今回の『門』の対処に向かった時に出会いました」
「そうなんですね~。仲間が~一人増えると言うことは~私の寝れる時間も~増えるってことですね~! ということで~よろしくね~新人君~。私の分まで~、しっかり働いて~くれたまえ~」
「えぇ……」
声のトーンとか、声色で何となくわかっていたが、予想通りの人の様だ。
この人、基本動きたくない人の部類だわ……。
何で、こんな人が魔界と戦う運命に巻き込まれる契約をしたのだろうか?
「働かざる者食うべからず、ですよ。しっかり働いてくれないのでしたら、食事を用意しませんよ?」
「え~、それは~困るな~。仕方ないですね~。次に~何かあった時は~しっかり~働きますよ~」
「次とは言わず、人類の脅威との決着がつくまで、お願いします」
「えぇ~?」
眞谷さんと狩崎さんの会話に苦笑を浮かべながら見ていると、ふと背後から視線を感じ、振り返る。
そこにいたのは開いた扉から顔を少し覗かせる一人の水色髪の少女。
全貌が見えないので、何とも言えないが、幼さが見える顔を見る限り、恐らく小学生くらいの子だ。
少しの間だけ、俺たちをジ~っと見ていたが、俺と目が合った瞬間、慌てる様に扉を閉めて、隠れてしまう。
しかも、ガチャ、と聞こえてきた辺り、鍵も閉めたのだろう。
俺を警戒してなのか、どうかはわからないが……それでも眞谷さんに声をかけるものじゃないのだろうか。
俺が不思議に思っているとだ。
「どうかされましたか、蓮さん」
「いえ、さっき、あの部屋から覗いていた子がいたので」
俺が指さした方を見ると、鶴屋さんはあぁ、と納得した様に頷く。
「あそこ……203号室から顔を覗かせていたのは『治癒の悪魔』ブエル様と契約された特異点、『クレイ・ローレン』です。彼女はこの組織の中で最年少であり……その、難しい子で、私達大人を嫌っております」
「え? 大人を?」
「ハイ。大人、というよりも自分より年上の人を、と言った方が正しいかもしれませんね」
自分より年上の人をって……一体、何があったのだろうか?
俺は不思議に思いながら、先ほどの少女———クレイの部屋へと視線を向ける。
アレ? でも、ここにいるってことは眞谷さんには心を開いてる?
「……眞谷様の誘いにのってくれたのも、衣食住に困っていたから、だけでした。ここに来てから、彼女は私達に関わろうともせず、ああやって閉じこもっています。一応、『門』を察知した際には単独で飛び出して、向かってくれてはいるのですが」
「そうですか」
俺が考えているであろうことを見越してか、鶴屋さんは説明してくれる。
それにしても、あんな子が単独で『門』を破壊しにいくなんて……。
それほどの実力を持っていると言うことだろうか?
だけど、契約悪魔の名前は『治癒の悪魔』と言っているけど。
そんなことを思っていると、誰かが俺の肩を叩いてくる。
反応してみてみると、ベリアルがそこにいた。
「そのクレイ、という子は今考えてもどうにもならぬだろう。杏奈よ、部屋に案内してくれぬか? 友梨香はレラジェの契約者との言い合いがヒートアップしてきているので、それどころではなさそうだからな。我らも流石に疲れた。野宿を二日もしているとな」
そういわれ、視線だけ向けてみると、確かにまだ言い合いを続けている。
というよりかは、狩崎さんが言っていることに眞谷さんがツッコミを入れている様な状況だが。
それを確認した鶴屋さんも頷く。
「かしこまりました。それではこちらです」
そういって、俺たちが案内されたのは203号室のクレイの隣の部屋、204号室の部屋。
「こちらが蓮さんとベリアル様の部屋になります。こちらは鍵になります」
「あ、ありがとうございます」
鶴屋さんか差し出された鍵を受け取ると、鶴屋さんは「それでは失礼します」と一言だけ言って、その場を後にし、眞谷さんの元へと向かう。
鍵を開け、扉を開ける。
ベリアルが先に中へと入っていき、俺は一度眞谷さんと狩崎さん、レラジェの方へと視線を向け、次に隣人であるクレイちゃんの部屋へと目を向けてから、中へと入る。
ただ一つわかることがあるのは……このチーム、大丈夫だろうか。
この組織に入って早々、そういう不安が募るのだった。