門と異界
「次はそこを右だ」
「あぁ!」
ベリアルに案内されながら、門を開こうとしている悪魔がいる場所へと向かっていた。
それにしても、このバイク……いや、バイクは失礼だろうからガルムは速い。
まさしくヒーローが駆るスーパーマシンの様だ。
更には魔獣ガルムが変化したものだからなのか、俺が避けれないと思った物や人に対しては、勝手に回避してくれる。
いくら免許持ってた経歴があっても、腕には自信がなかったからありがたいことだ。
コレ、スピードメーターないんだけど、絶対400近くは出てるよな。
そんなことを思いながら、ガルムを走らせていると、どんどん人気のない 場所へと移って行く……ん?
「なぁ、ベリアル?」
「次はまっすぐ、ってなんだ? どうした?」
「いや、一つ聞きたいことがあるんだけどさ、住宅街に来たっていうのに、人の気配が感じないんだけど」
「ふむ、そこらへんの話もしていなかったな。よかろう、案内しながら、教えるとしよう」
ベリアルは申し訳なさそうな声で言ってくる。
どうやら、まだ説明することがあるみたいだ。
「『門』というのはな、魔界と人間界を繋ぐものだと言うのは理解できるな?」
「まぁ、なんとなくはな」
「理解しているのならいい。その『門』を召喚する際なのだが、『門』を呼び出す影響か、『門』近くの一帯は特殊な結界が張られる。我らはそれを『異界』と呼んでおるがな」
「『異界』?」
「あぁ、『異界』だ。『門』が別世界同士を繋ぐ時に起きる次元の磁場によって生み出されるもう一つの世界、我ら悪魔や人智を超えた存在しか認知できないし、入れない場所、それが『異界』だ。この『異界』の広さによって、『門』が現れるまでの時間がわかるのだが」
「それはどうしてだ?」
純粋な疑問だ。
『異界』と呼ばれる特殊な結界はベリアルの様な人智を超えた力を持つ者たちしか認識できないものだと言うことはわかった。
だが、『異界』の広さによって、門が現れるまでの時間がわかると言うのはどういうことだろうか?
俺の疑問の声にベリアルは少しの間黙っていた。
恐らくだが、どう説明しようかと考えているのだろう。
「うむ……そうだな。あ、その前にそこを右だ」
「わかった」
どうやら考えがまとまった様だが、その前に右に曲がる様に言われたので曲がる。
その瞬間、何かしらの力が発せられている波の様なものを感じ取ることができる。
恐らくだが、これが『門』が発している次元の磁場。
近くに来ているからだろうか、それを感じ取ることができるのだ。
これもベリアルと契約したおかげだろうな。
「ふむ、近いな。レンも感じ取っているだろうから、後はいけるだろう?」
「あぁ、後は大丈夫だが、さっきの話の続きは?」
「そうだったな。それで『異界』の広さによって、『門』の出現までの時間がわかる理由はだな、お前達人間が使う電波と一緒だ」
「電波と?」
「うむ。つまり、別世界を繋げるためには次元の磁場の波長を合わせる必要がある。電波を合わせて、ラジオの番組を探したりするだろう? それと一緒だ」
「なるほど」
つまり、人間界と魔界を繋ぐためにはお互いの電波の様なものを合わせる必要がある。
だから『異界』が小さくなればなるほど、合わさってきている証拠であり、最終的になくなれば門は出現すると言うことか……アレ? もしかして。
「この『異界』がなくなる前に、『門』の召喚を阻止すれば」
「あぁ、『門』も出現しないし、『異界』も消えて、問題は解決だ。お主と初めて出会った時も『門』を察知して行ったのだが、満足に力を振るえない我では悪魔を止めるのは難しかった。結果、あんな惨事が起こってしまった……」
「そうなのか……。一応聞いてもいいか? その時の悪魔はどうなったか」
「……逃げられたよ。我が何とか煉獄を出してみせた瞬間にな。その時にちょうどレンと子供が目に入ってな。そのままレン達を守る結界として放ったまでだ。まぁ、偶然助けたのが我と契約可能な特異点だとは思わなかったがな」
なるほど……力を満足に振るえないのに、あの時の炎の結界はどうやったのかと思っていたが、そういう理由があったのか。
やっとのことで引きだしたベリアルの煉獄を見て、悪魔は逃げ出したのだろうか?
まぁ、魔王クラスのベリアルの炎を見れば、普通の悪魔は逃げ出すよな。
一体どんな悪魔だったんだろうな……と、コレは。
「ふむ、『門』だな」
俺は『門』の気配をすぐ近くに感じてガルムを止める。
すると、そこには紫色の魔力? エネルギー? まぁ、何かが集まって、少しずつ門の形を形成し始めているものがある。
その傍には背中からコウモリの様な翼をもった人型の異形。
いかにも悪魔です、と言わんばかりの姿だが、スーツを着ているのは何故……?
「ケケケ……! この『門』を開けば、俺も名を貰える……!」
悪魔は嬉しそうに笑みを浮かべながら、『門』を開くためか、力を与え続けるのに集中している。
俺たちが来たのにさえ気付かないとは……。
ガルムから降りた俺とベリアルは『門』を開こうと一生懸命な悪魔へと向き合う。
「ふん、なるほどな。名無しの悪魔か。力もそこまで大きくない。『下級悪魔』だな」
「インプ……?」
「あぁ、下級の悪魔をそういうのだ。下級でも、名があればそれなりに強い奴もいたりするが、アレは名無しだからな」
悪魔にも、色々と事情はあるみたいだ。
てっきり、神話とか、話とかで伝えられている様な悪魔が来るものなのだとばかり思っていたが、どうやら違う様だ。
まぁ、インプも結構知られている悪魔だけどさ……大量にいるっていうことで。
「まぁ、名無しで下級だと言っても、悪魔だ。ゴブリンやオーガなどよりも強いのは確かなのだが」
「だろうな」
むしろ、弱かったら、あの魔物たちが従うとは思えないし。
それなりに強いと言うことだろうか。
「だが、我の力を使うからな。勝てん相手ではない。むしろ、初悪魔戦にはちょうどいい」
あ、最早経験値扱いされてる、あの悪魔。
ベリアルも外見は少女なのに、悪魔の様な悪い笑みを浮かべている。
いや、まぁ、元は悪魔だけどさ。
それよりも、今は門を開くのを阻止しないといけない。
俺はリュックから『煉獄の魔導書』を取り出すと、ベリアルが載っている一ページ目を開く。
「行くぞ、ベリアル」
「もちろんだ、レン。我らの力、下級とはいえ、悪魔に思い知らさせてやろう」
「あぁ。纏衣『ベリアル』!」
「ケケッ!?」
俺の声に反応したのか、デビルはこちらへと反応する。
その瞬間にベリアルの姿は魔導書に記されている炎の化身へと姿を変え、俺は炎に包まれていき、魔導書は俺と一体化する様に胸の中へと入っていく。
ちなみに、炎の方だが正直言うと体が焼けるかの様な熱さに包まれている感覚はある。
「うぐっ……!」
だからこそ、それに耐える様な声だって漏れてしまう。
ベリアルは何度かし続ければ、自然と慣れてきて、大丈夫となると言っていたが、本当なのか不安だ。
その間に炎と一体化するかの様にベリアルが俺の体に抱き着くと、炎は激しく、紅い炎へと変わり始める。
紅蓮とは違う。
血の様な紅い炎……それが全てを燃やし尽くし、灰と帰す地獄の炎、『煉獄』。
「うぐっ……! あああああああああああああ!」
叫ばなければ耐えられないほどの痛み。
そして、俺が叫びをあげたと同時に背中に巨大な炎の翼ができ、俺の身を包む。
次の瞬間、煉獄の翼が弾け飛び、その中から姿を現したのは俺の身を守る鎧。
上半身を覆うのは炎を表すかの様な煉獄と同じ、血の様に紅い色をした鎧。
両手も肘の部分まで紅いアーマーで覆われているが、手は何かを掴みやすい様にか、グローブで形成されている。
肘から上の部分は黒いスーツの様な物で覆われている。
下半身は足から膝までにかけては手と同じ様に紅いアーマーに覆われており、これは鎧と同じ様に炎を表すかの様なデザイン。
膝から上は先ほどの肘と同じ様に黒いスーツで形成されている。
顔も兜というべきだろうか?
どちらかというとフルフェイスヘルメットの形状で、炎の化身を表すかの様な燃え上がっている様なデザインで、目の部分は切れ目の様な鋭い黄色いフレームがはめ込まれている。
フルフェイスでのこのデザイン……カッコいいと思ってしまった自分がいる。
ちなみに何故、頭の方のデザインを何故知っているのかというと、初めて纏衣をした時にビルの窓に映ったのを見たからだ。
コレでベリアルの『纏衣』は完了だ。
「『纏衣』完了……。今の俺はベリアル。地獄の炎で、お前達を灰へと帰す」
『二度目だが、この一体となる感覚は好きだな』
俺は焼かれる思いをしながらなるけどな。
『そこはアレだな。お主が慣れるまで頑張れということだ』
しかも、一体化しているから、考えてることまでわかるみたいだし。
『そんなことはどうでもいいだろう? 我らは文字通り、一心同体なんだからな。それよりも、デビルの奴が動き出すぞ』
ベリアルのその一言に反応し、デビルへと視線を向ける。
向こうは魔法陣から三叉槍を取り出すと、それを軽々と振り回してみせてから、構える。
「ケケケ、お前、『特異点』だな? サタン様から聞いてるぞ。ソロモンとかいう人間に誑かされた悪魔たちと契約が可能な特別な人間。今後、我らの邪魔となるかもしれないと。出会ったのなら、裏切り者もろとも殺す様に言われている。それに特異点を倒せば、俺は名前を貰えるだけじゃなく、インプより上の悪魔になれる!」
『よくベラベラ喋る奴だな。聞いてもないのに、色々話してくれたぞ。どうやら我ら、賞金首的な扱いになっている様だな。やったな、有名人だぞ』
「嬉しくもない有名人だ」
しかも、主に魔界にだけじゃん。
とはいえ、向こうも武器を出したみたいだし、こっちも。
『いや、正直いるか? 力を見せてやるとは言ったが、下級相手だぞ? あのカッコつけて振り回してる槍、下級なら誰もが持ってる武器だぞ? いわば、支給品みたいなものだな』
インプがカッコつけて振り回した槍を見て、ため息をついているであろうベリアル。
支給品って……あぁ、確かに。
よくよく見れば、お話の中で悪魔がよく持っている三叉槍に似ている。
なるほど、確かにそう思うとベリアルの武器を使う理由は確かになさそうだが……。
「それでも油断は禁物だ。そういう傲慢さがやられる原因になるからな」
『なるほど。確かに一理あるな。ならば、例え相手が名無しのインプだろうと全力で行くのが道理だな』
「そういうことだ。来い! 『終焉の炎』!」
利き手である右手に煉獄の炎が集まり出す。
やがてそれは形を作り始め、炎が弾け飛ぶと、姿を現したのは一振りの刀。
綺麗に輝く真紅の刀身が特徴的で、刀全体は炎と力強さを表している様に感じ取れる。
俺はその刀をカッコいい……! という感激を覚えながらも、一つの疑問が過ぎる。
なんでベリアルが日本の物である刀をモチーフにした武器を持ってるんだ?
『実はこっちに来た時にな……。展示会というところに偶然寄った時に刀を見たのだ。その時、こうビビッ! と来るものがあって、そういう形に変えたのだ! どうだ? カッコいいだろ? 刀のことをしっかり学んでから、わざわざ形成し直したからな』
少し興奮気味に語るベリアルにどう答えるべきかわからない俺。
つまりはアレだろうか?
外人が刀とかにハマる様な感じと同じと考えればいいのだろうか?
いや、絶対にそうだろう、コレ。
まぁ、俺も刀は好きだから、嫌っていうわけではないけどさ。
「さっきからぶつぶつ言いやがって。覚悟しやがれェ!」
インプはこちら目掛けて走り出してくる。
『来るぞ!』
「わかってる!」
すぐさまカタストロフを構え、一歩踏み出した。
その瞬間、地面を踏み砕く感覚と共にインプとの距離が一気に縮まる。
いきなりのことで驚いているインプ―――俺も初めてなった時、あまりの速度に驚いたが―――を余所に、俺はカタストロフへと魔力を集中させる。
刀身からは煉獄が溢れ出す。
こういう武器って、魔力とか何か流し込めば何か起こると思ってたけど、予想通りだな。
驚いていたインプは煉獄の熱を感じてか、すぐに気を引き締めるが、もう遅い。
「貴様……!」
「遅い!」
インプが三叉槍を突き出すよりも先に一閃、カタストロフを横一文字に振るう。
インプの体は上と下で真っ二つに分かれ、その直後に斬られた場所から煉獄が溢れ出して、その身を包んでいく。
いくら悪魔といえど、地獄の炎に包まれて平気なハズもなく、悲鳴をあげ始める。
「ぎぃああああああ!? か、体が……!? 俺の体がぁぁぁぁ!?」
『ふむ……やはり全力を出す必要などなかったのではないか? こうも簡単に終わってしまった』
「あ、アハハ……」
俺もまさかこうなるとは思ってなかったよ。
もがき苦しむインプはやがて動きを止め、ピクリとも動かなくなる。
動かなくなったのを確認した俺は形成されていく『門』へと視線を向ける。
召喚しようとする悪魔がいなくなったためか、『門』は存在を保てず、消滅しようとしていた。
このまま置いておいても大丈夫そうだな……。
『いや、念には念をだ。少し形成されたところなら、ゴブリンなどの小さい奴なら出てくることも可能だからな。壊して止めてしまう方が安全だ』
「なるほどな……」
ベリアルがいうのだから間違いないだろう。
カタストロフに魔力を回し、再び炎を纏うと『門』目掛けて振るう。
『門』に斬られた跡ができ、そこから煉獄が溢れ出すと、門を焼き尽くしていく。
それと同時に『異界』が消え始めているのに気付く。
『異界』が消えれば、俺は現実―――人間界の方へと戻る。
その時のこのままの恰好で居れば……うん、間違いなく変な目で見られるに違いない。
とりあえず、解除しないといけないな。
『了解だ』
俺の思考を読み取ったベリアルが声を出すと、俺の体は一瞬だけ炎に包まれる。
その炎はすぐさま俺と分離して、散布すると同時にその中からベリアルが姿を現した。
解除する時は焼ける様な痛みはないのだから、大助かりである。
もし、解除する時まであの感覚を味わうことになっていたらと考えるだけでも身震いしてしまう。
そして、『異界』と『門』が完全に消滅すると道に人が現れる。
無事、任務完了ということだろう。
ベリアルも満足しているのか、笑みを浮かべながら俺を見てくる。
「初めてにしてはよくやった方だ。レンがパートナーでよかった。これからもよろしく頼むぞ?」
「あぁ、よろしくな」
ベリアルの言葉に俺は頷いてみせる。
そうだ、戦いはこれだけじゃない。
魔界から来ようとする悪魔の進行を止めるための戦いがこれから始まるんだ。
そのためにも、俺のやるべきことは……うん。
「とりあえず、お金とか、衣食住……どうしようか?」
「……」
コレの解決だろうなぁ。
だって、ベリアル黙り込んでるし、自信満々なハズなのに、冷や汗ダラダラ流してるし。
こういう時どうするのか、ソロモン王から聞いてたりしなかったのかな、ベリアルは……。
俺が思わずため息を吐いた時だ。
「なら、その問題……私が解決いたしましょうか? 『煉獄の特異点』様。それと『ベリアル』様」
「え……?」
声がした方を見ると、そこには一人の女性が立っていた。
腰まである長い黒髪を持ち、清楚さを感じさせる女性は俺たちの方を見ながら、笑顔を浮かべていた。