心
町は一瞬で混沌と化した。今の今まで穏やかな日常を送っていた人々は悲鳴を上げ次から次へと建物の中に逃れていく。轟音を立てながら上空を翔けていく戦闘機を、弾薬の雨を浴びながらルナは道の真ん中で黙って見上げていた。
「ル、ルナ姉ちゃん何やってんだよ!」
「え……」
「早くこっち来い!」
慌てるミードに手を引かれ彼女は屋内へと避難した。既に隠れていた子供達は皆突然の空襲に怯えていた。
「な、何で急にこんな……ここはまだ不戦地域のはずだろ……?」
「ソンナノ律儀ニ守ル訳無イダロ、今更」
「さっきの……結構近かったよな……! 市場の方じゃなかったか?」
「ここは比較的大きなオアシスの近くだし……水源確保にはうってつけのポイントだとは思うよ」
「ドウスル? ルナ」
「何が?」
「何ガッテ……爆撃ダゾ」
「それが?」
「……イヤ、オ前ハドウスルンダッテ聞イテルンダ」
「どうもしないよ? 殺すのはもう嫌だし」
「……」
一旦空襲が収まった所で一行は避難壕へと向かう事にした。町の外れに山を削った大きな洞穴があるのだ。人々は皆そこを目指してここから去っているだろう。
ちょうど道のりを半分ほどまで進んだ時だ。
「よし、ここらで半分くらいだ。皆落ち着いて走れよ! ちゃんと全員いるな?」
「……ケ、ケンジ……」
「? どうしたヒダン」
「……き、気のせいかもしれないけど、ひ、ひとり少ない気がする……」
「!? だ、誰だ!? 誰がいない!? おい皆一旦止まれ! 人数を数える!」
ケンジの掛け声で皆は一斉に足を止めた。彼はすぐにこの場にいる人間を確認していく。
「……! ス、スージィがいない……!」
「家を出る時は確かにいたよ」
「ぬいぐるみを忘れたって言ってたな」
「え?」
ミンクが首を傾げて思い出す様に言った。
「家の中にぬいぐるみを置いてきちゃったって。ずっと気にしてたよ」
「……! ま、まさか……!」
いつの間にかひとりで取りに戻ったのかもしれない。
「お、俺は一旦スージィを捜しに家に戻る! 皆は早く避難壕へ……!」
「待テ、リーダーノオ前ガ離レテドウスル。オ前ハコノママ全員ヲ引キ連レテ行ケ」
「じゃ、じゃあ誰がスージィを捜しに……!」
「私が行くわ」
ルナが名乗りを上げた。
「ル……ルナ……!? それこそ危ないだろ! 女の子なんかにそんな事やらせられるか!」
「この中では私が一番安全に遂行出来ると思うけど」
「何馬鹿な事言ってんだ!」
「あ、ああええと……皆にはお世話になったから、少しでも恩返しを」
「それは今じゃなくていい!」
「頑固ダナオ前」
「わかったわかった! じゃあおいらも付いていくよ! それで少しは安心だろ? ひとりよりはふたりの方がいいに決まってるしね」
ミードがふたりの間に割って入ってきた。
「いやそれでも……!」
「ケンジ、ここで言い合ってたらこのまま皆死んじまうぞ」
「……わかったよ! 絶対無事に帰って来いよ!」
「任せときなって! ルナ姉ちゃんはおいらが守るぜ!」
結果的にケンジが折れ、ルナとガルダはミードと共に来た道を引き返し始めた。もしかしたら途中でスージィと合流する事が出来るかもしれない。そんな期待を抱いてもいたが結局それは叶わず、爆撃をやり過ごしながら住処のすぐ目の前まで戻って来る事が出来た。
「……屋内に生体反応……」
「え? ……あっ! スージィ!」
ちょうど家の中からスージィが出てきた。手にはいつも一緒だったウサギのぬいぐるみを抱えている。昔母親から貰った大事な宝物である事を彼女はルナに語っていた。
「スージィ何やってんだよ! 早く来い!」
「ぬ―――るみ―――てたの!」
「!?」
耳をつんざく様なエンジン音が突如沸き起こる。ルナは反射的にミードの体を引き寄せ、彼の目と耳を塞ぎその場に倒れ込んだ。
「伏せて!」
次の瞬間、彼女らの周りに爆炎が上がった。数秒の後立ち上がり顔を上げると、そこには爆撃によって変わり果てた子供達の家の残骸があった。目を開けたミードはその惨状に愕然とする。
「……! な……スージィ……?」
彼は足元に転がっていた何かに気が付いた。焼け焦げたウサギのぬいぐるみだ。大事そうに両手に抱えられていた。だがその両手の、肘から上はどこにも無い。
「……!」
この時、ルナの中の動力炉が激しく燃え始めた。
「ガルダ、私、また動作がおかしくなっちゃったみたい」
「……人ハモウ殺サナインジャナカッタノカ」
「そのつもりだった……でも、何だろう……何かが満ちていく感じがする……擬似体液が器官内で漏れてるのかな……変だね、失ったのに満ちていくなんて」
「オ前ガ変ナノハ今ニ始マッタ事ジャナイダロ」
「そうだね」
この時ルナはまたひとつ進化を遂げた。「失った事を初めて手に入れた」のだ。軍を脱走し、任務以外で初めて人間のコミュニティーの中に入り、経験を得た。そしてその思い出を変貌を遂げた現状の視覚情報と対比する事で「喪失」を学習したのである。
「ガルダ、しっかり掴まっててね」
彼女は翼を展開した。それを見たミードは更に恐怖で震えた。
「……ル、ルナ姉ちゃん……? な、何だよそれ……」
「大丈夫、君は殺さないから……もちろん他の皆もね」
「…………は…………?」
「これより迎撃行動に入ります……本地点に攻撃を仕掛けてくる全ての存在を標的と定め……駆逐します」