誕生
「状態はどうだい」
彼はモニターを見つめるひとりの部下に話しかける。返ってきた言葉は期待通りの物だった。
「良好です」
「よかった。でなければ困るからね」
眼鏡の位置をくいと正して目の前の水槽を見上げる。中は培養液で満たされており、そこに浸して籠めているそれへと養分を与えていた。このケースは胎内を再現しているいわば人工の子宮だ。
「波長に見合った表情をしているね。とても心地が良さそうだ」
「あら、私にはそうは見えないけど」
突然の声に彼は振り返る。よく見知った女性が扉の前に立っていた。
「ケイス。どうしたんだい、君がここに来るなんて珍しい」
「さすがの私も少しは気になってね……今日だったでしょ? 完成は」
「もうまもなくだよ……ヒトマルマルマルちょうどを予定している」
「あなたのその上機嫌さを見るに順調みたいね」
「問題は無いよ。あとは定刻になったら予定通り解放するだけだ」
「そう……ならこれで戦局は大きく変わるわね」
「間違い無く」
「……開発は成功という事で、安心したわ……それじゃあ私は行くわね」
「あれ? ローンチには立ち会わないのかい? そのために来たのでは?」
「私は忙しいの……上は二号機の開発に向けてもう動き出しているわ。何て事、私が主任ですって」
「それはそれは真っ当な人事だ。いい素体が見付かるといいね」
「そうね……それじゃあ」
ヒールの音を鳴らしながらケイスは部屋を出ていった。
そして少し時間が経ち、定刻が訪れる。
「5……4……3……2……1……パージ」
彼の合図と共にケースから培養液が抜かれ、その中身が部下によって取り出された。それはそのまま用意されていた簡素なベッドへと運ばれ、ホースに接続される。
「酸素注入」
やがて初期設定が完了した所で、ベッドの上のそれは静かに体を起こした。彼はにこにことしながら優しく彼女に語りかける。
「Hello,world.よく生まれてきてくれたね……月の様に優しく、さまよう僕達を導いてくれ……この混乱の時代を終わらせ、Light Up the New Age……それが君の役割だ」