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月光

〈ルナ! 聞こえるかルナ!〉

 打開策を必死に考えていたルナの耳元に司令部からの通信が入る。声の主はナオトだ。

「はい、聞こえています……!」

〈一体どうした? 何が起こっている?〉

 ルナのハッキングによって司令部はエフェス体内の映像をモニタリングしているが、音声は拾えていない。彼らからしてみれば彼女が今どういった状況に置かれているのか詳細がわからないのだ。彼女は先ほど男から聞いた内容をかいつまんで説明した。

〈iの世界……精神的空間みたいな物なのか……!?〉

〈爆発まで、残り10分です〉

 AIのアナウンスが残り時間を告げる。いつの間にかもう五分が経っていた。

「……何も有効な手段を思い付きません……! 私は、壊すだけしか出来ないのに……!」

〈エフェスの基幹プログラムへのハッキングは?〉

「先ほどからずっと続けていますがそれらしい物は何も……やはり『精神接続』が鍵の様です。電算処理だけではどうにもなりません……!」

〈……〉

 ナオトは黙り込んでしまった。彼女を作り上げた天才科学者でもこればかりはお手上げの様だ。iの世界なる物についての知識はさすがの彼も持ち得ていなかった。

「ア~ア、最後ノ最後デ負ケカ」

 ガルダが諦めた声を出した。万事休すなのか……。

〈……ひとつだけ、可能性がある〉

「……?」

 インターカムの向こうでナオトが再び口を開いた。やはり天才、何かを思い付いた様である。

〈コロン・システムだ〉

「……それが何か……」

〈君も知っているだろう、コロン・システムは君をあらゆる環境に適応させる事が出来るシステムだ。iの世界……それが疑似宇宙だろうが精神空間だろうが何だろうが、言ってしまえば所詮は科学によって作られた物だ〉

「……!」

 ルナは彼の言わんとする事を理解し始めた。

〈たとえそれが今この現実と位相がずれていたとしても、科学で生み出された環境(・・)なら、同じく科学によって作られたコロン・システムで解析出来るはずなんだ。iの世界へ干渉出来る様にアップデートする……それが唯一の可能性だ〉

「……了解しました。ガルダ、演算補助をお願い」

「ワカッタ」

 ルナはエフェスのシステムへのハッキングと並行しながら今いる心臓部の空間の解析を開始した。電磁場、量子場……この空間に存在するあらゆる物質、その密度、重力、光……この場の空間構造を電算処理し、脳内で仮想計算(シミュレーション)を重ねていく……これによっていずれはiの世界へと辿り着く式を導き出す事が出来るはずだ。

「なっ……何をしている!」

 男が不審がり飛びかかってくるが、彼女は一瞬でその両腕を切断した。

「うあああああああああっ!!!」

「邪魔をしないで下さい」

〈爆発まで、残り5分です〉

「……! 見えた……! ガルダ!」

「ホラヨ」

 ルナの脳内にガルダの演算処理のデータが送られてくる。解が出た。

「iの世界の座標を固定……(みち)が見えた……適応開始」

 自らのアップデートをすると同時に、彼女は両腕を荷電粒子ライフルへと変化させエネルギーのチャージを始める。

〈爆発まで、残り3分です〉

「ルナ、焦ルナヨ」

「わかってる……調整が難しい……! アップデート終了まで残り2分」

 刻一刻と爆発までの時間が近付いていく。

〈爆発まで、残り60秒です。59……58……〉

「アップデート終了……! これより最終調整に入ります」

 全ての準備が整ったのは爆発まで残り30秒となった時だった。

「調整完了……照射!」

 そう叫んだ彼女の両腕から放たれたのはきらきらと輝くまばゆい光の粒だった。粒子は雨の様に人柱が眠るカプセルへと降り注いでいく。


「! ……おお……!」

 司令部でその様子を見ていたナオトはそのあまりの美しさに思わず声を漏らした。

「……何て綺麗な……まるで……」

 まるで月光。暗闇で彷徨える人々を照らし出し導く、妖しく艶めかしい、しかし優しさに溢れた、月の光―――。

 その光は位相の壁を超え、iの世界へと到達した時には電磁波へと変わり人柱達の脳波へと干渉する。それはつまりiの世界への精神接続の切断を意味するのだ。


 アナウンスが残り10秒を知らせた時点でアラートが突然鳴り止んだ。生体要塞エフェスは機能を停止し、沈黙した。

 そして、戦争が終わった。

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